ゼロ 其の肆
さなちゃんの誕生日から数日が過ぎ、テレビではある報道が流れた。
それはとある山中の小屋から全裸姿の少女の死体が発見されたとのことだった。
身元はすぐに割れ、それがさなちゃんであることが判明した。
犯人の男もすぐに捕まったそうだが、その男の供述では自分が殺したのではないという。
確かにさなちゃんの遺体には死に直結するような原因は診られなかったそうだが、そんなものは関係ない少女誘拐に暴行。これだけでも充分な犯罪を犯していることは事実なのだ。
そしてその男の供述にはもう一つ不審なものが含まれていた。
━━━「あの子に、ゲームに殺される!」━━━
この報道から数日後、加害者のこの男は刑務所で謎の死をとげている。
僕はさなちゃんの葬式に出た。クラスの皆は涙を流していたが、何故か僕にはそれが出ない。
そんな僕の前に立ったのはこうすけだった。
こうすけは僕を睨み付けその拳を大きく振りかぶる。
何がこれから起こるのか僕にはなんとなく想像がついた。僕はそれを承知でなんの抵抗もなくこうすけの拳を頬に喰らった。
「………っ。」
まだ男に殴られて完治していないところから湿布越しにキリッとした痛みが走る。
僕は簡単に地面に倒れた。そしてその上からこうすけは僕に跨がり僕の胸ぐらを掴むと吐き捨てるように言った。
「お前のせいで、さなちゃんは死んだんだ!返せ、返せよ!お前があんなプレゼントを贈らなかったらさなちゃんはまだっ、まだぁあ!!」
こうすけの拳がさらにぼくの心を抉っていく、痛みは外面ではなく内面、精神的に僕を追い込んでいった。
「お前ら何をやってるんだ!こうすけ!やめろ!」
僕を殴りつけていたこうすけを引き剥がしたのは僕たちの担任である大崎先生である。大崎先生も大人として子どもたちに心配を掛けないよう涙を押し殺しているようだったが、その目に浮かんでいるものは隠しきれていなかった。
僕は痛みを噛み締めながら状態を起こした。
そんな様子を生徒たちは涙目で見守っている。
押さえきれない憤りをぶちまけるようにこうすけはまた叫ぶ。
「キリヒコ!俺は、絶対にお前を許さないからなぁ!」
そんな騒動を起こしてしまったので、僕とこうすけは葬式を途中で閉め出されてしまう。
僕は隣を歩く母の手を掴みながら小さく言った。
「………ごめん、なさい。」
鼻を啜りながら言う僕に母は何も言わず僕をその胸に抱いてくれた。
それから僕は学校には行かなくなった。ずっと家に引きこもり、母が部屋の前に置いてくれる料理を食べるのとトイレに行くぐらいしか動くことはない。
ただ、僕は勉強だけはしていた。机と向き合い。ひたすら勉学に励む。
理由は特になかった。でも、何かをやっていないと自分が自分でいられないような気がして怖かったのだ。
小学6年生の終わり頃、相も変わらず引きこもりの僕に来客者が来た。
「こんにちはキリヒコくん。」
それは僕の担任だった大崎先生であった。
大崎先生はこうやって時折、僕の家に訪問に来てくれていた。それは僕を学校に連れ戻すというものではなく学校ではこんなことがあったなど何の当たり障りのない日常の話しを僕に聴かせてくれていたのだ。
しかし、今日の先生の様子は少し違った。
それというのも僕はまだ進路のことを決めていなかったためだ。
「そろそろ、中学校の方は決まったかい?」
先生は僕を諭すように優しい口調で言った。
それに対し僕は気力の失った目を先生に合わせることなく下を向きながら言う。
「……はい。」
先生はその言葉に少し驚きを見せていた。
「それで?」
「こことは違う離れた中学校に進学しようと思っています。お母さんたちもそれを許可してくれました。」
「そうか。」
「そして実は僕、引っ越しするんです。お母さんたちが僕のためにって言ってくれて………。」
先生はその事について深く言及せずに話しを進めた。
「分かった。キミの進路だしっかりとやっていけるのであれば俺からは何も言うことはない。だが、それでもお前が駄目だと言うなら………」
僕は一瞬、体を震わせた。言い表せない恐怖が僕を叩く。
「………俺のところにこい。」
「えっ………。」
「だからといって手を抜いていいことにはならないぞ。向こうで努力して、それでもダメだった時の話だ。」
大崎先生は一回鼻で笑うと「頑張ってこいよ。」と僕の頭に暖かい手を当ててくれた。
小学校最後の日も僕は家で過ごし、そしてついに引っ越しの日を向かえた。
僕たちの見送りにはお父さんとお母さんの知り合いの人が大勢いた。
僕は辺りを見回し自分の知り合いが誰もいないことを確認すると電車に乗り込もうと足を踏み入れた。
「キリヒコくん!」
僕はその声を聞き、振り向いた。もしかして彼女が!と思ってしまったが、そこに立っていたのは一人のおさげ髪の少女だった。
僕はその顔に見覚えがあった。僕の知っている時とは髪型が違っており、見た目も可愛いいというよりも大人っぽくなっていたが間違いない。
「もしかして………なっちゃん?」
「キリヒコくんが遠くへ行っちゃうっていうから!それで、わたし、その!」
慌てていて上手く言葉を繋げられていないなっちゃんに僕は落ちつくように促した。
なっちゃんは深い深呼吸を一つ吸い、また大きく吐き出す。
なっちゃんは真剣な目を僕に向けた。それは恋する乙女の真剣な眼差しだった。
「私、キリヒコくんの事が好きです!付き合って下さい!」
僕はなっちゃんのその言葉に目を丸くした。だってなっちゃんは僕の中ではいい友人で、そして仲間だったのだから。
僕も真剣な瞳をなっちゃんにぶつける。彼女はその目を見て少し顔を朱に染め俯いてしまった。
「ごめん。なっちゃん。」
僕はなっちゃんに真剣に僕の答えを述べた。一体彼女はこの時、どんな表情を見せていたのであろう。それでも顔を上げた時の彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。
「そっか!でも、向こうに行っても元気でね。」
「うん。」
僕はそういうと後ろを振り向かずに車内へと入っていく。なるべく彼女をみないように、彼女の逃げ道を塞がないように。
プルルルルルー!!
ガッシャン!
電車が出発した。その揺れに身を委ねながら僕はホームを見つめる。
沢山の人たちがそれぞれの知り合いに手を送りあっているなか、僕はそいつを見つけた。
そいつは僕に中指を突き立てながらそれでも口を開いていた。
「じゃあな」
僕はそれを見て、少しだけ涙腺が緩んでしまった。一滴だけ流れた涙は服のシミとなってすぐに消えた。
俺は高校生となっていた。あの時のことは今でも忘れていない。
高校入学から三週間、クラスのみんながそれぞれに気の合う仲間と談笑している中、俺はケータイのゲームを進める。
俺は友達と呼べる者こそ少なかったが、それなりにのんびりまったりとした日々を送っていた。
━━━「お前のせいでさなちゃんは死んだんだ!」━━━
「………っ。」
こうすけに言われたこの一言は今でも時々思い出す。
そして、この言葉に吊られるようにあの夜にさなちゃんの見せた顔を思い出してしまうのだ。
「ねぇ。キミ、もしかしてプレモンやってるの?」
突然声を掛けられとっさに俺は首を横に向けた。
「ん?まぁ………そうだけど。」
「わー。やったー!クラスの中を探したんだけど中々やっている人見つけられなかったんだ。嬉しいよ。」
そんなウキウキ笑顔を向けてきたのは小柄で童顔の一見中学一年生の男の子だった。たしか名前は……。
「覇間くん?だっけ……。キミもプレモンやってるの?」
「うん。楽しいよねプレモン。僕、中学三年生でこのゲーム始めたんだけどなかなか強くなれなくて………それで、もう一人の友達と一緒に闘ってやっと強くなれたんだ。」
「へー。」
俺は呆然と少年の顔を見た。こんなに楽しそうにゲームの話をする奴は見たことが………いや、一人いたな。
「どうかな?ケータイでもやってるってことはモンスターの育成でしょ?そこまでやり込んでるってことは結構強いのかなぁーなんて。」
「強いかどうかは知らないけどそれなりにはやり込んでるつもりだよ?」
「それは頼もしいよ!実はやろうとしてるクエストのモンスターが強くてね。二人だけじゃ倒せなかったんだ。それにプレモンって4人でできるでしょ?だから一緒にやってもらえないかなーて。」
懇願するように純真な目を俺に向けてくる彼に俺はできないよと断ることはできなかった。
━━━チームプレーなんて久し振りだけど出来るかな……。
俺はそんな軽い不安を覚えたが、おそるおそるという形で覇間に言った。
「………もし、誘ってくれてるんだったらやりたいかな?」
「大歓迎だよ!あ、そうだ。改めて宜しくキリヒコくん。僕は覇間遭乍。覇間って名字嫌いだから良かったらソウサクって呼んで?」
そう言うとソウサクは未発達か!とツッコミたくなるほどの小柄な手を俺に差し伸べてきた。
俺もそれを受け取る。
「じゃあ、宜しくソウサクくん?」
ソウサクは仲間ができたのが相当嬉しいのか目を爛々と輝かせながら言う。
「よし!これでメンバーは揃った。じゃあ早速今日できるかな?」
「ああ。」
「じゃあメールアドレスを教えて。今日の8時頃から隣のクラスのトウキくんとやる約束してるからそれぐらいの時間になっちゃうかもしれないけど時間は僕が連絡するからそれでお願いできる?」
「分かった。時間になったらメールちょうだい。」
「ありがとう!」
━━━な、なんだか元気な奴だな。
俺は辛いあの過去を払拭してくれたソウサクに感謝の気持ちを送りながら、皮肉っぽくそう心の中で呟いた。
こうして俺とソウサクとトウキは出逢ったのだった。
ゼロ編終了です。ここまで読んでいただきありがとうございました。




