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バスター・プレイヤーズ  作者: 16104
プレモンMB
2/30

第三部、第四部

~第三部~




椅子の上で目が覚めた時、キリヒコの気分は最低だった。


手足は震えているし、あの獣人の姿を思い返しただけで吐き気も出てくる。


何よりも手に残る刀の重みと獣人を斬った感触が鮮明に身体に刻みつけられていた。


キリヒコは現時点の周りの情報を知るために周りを見回した。


そこから得た情報は今がゲーム?の中に入った時から一分程しか経っていないということとさっきまで握り締めていた筈のデッキケースが無くなっていることだということだった。


結論から言うとただ夢を見ていたと言えなくもないが、ダンボールに入っていたもう一つの方のカードは未だ健在でキーボードの上に乗っかっている。


しかも、さっきとカードの記載情報が変わっていた。


正確に言えば内容が増していたという方が正しい。


カードの表面、ゼロという固有名詞しか記載されていなかった所に、新たに増加された文字。


レベル、対戦回数、勝利回数、敗北回数、所持カード数など細かい文字で細かく記載されている。


キリヒコはパソコンの画面に視線を向けた。


画面は『プレモンMB』のトップページに戻っていたが、こちらには至った変化は観られなかった。


「ハァ~。」


キリヒコは深い溜め息を一つして、今日はさっさと眠ることに決めた。


制服を脱ぎ捨てベッドイン。


今日は半年分の疲れをどっと受けた気分だった。


なので、自分でも驚く程すぐに深い眠りにつくことが出来た。


途中、母にご飯はいらないの?と言われた気がしたが、今のキリヒコにはそんな元気も残されていない。




その日の朝は何の変哲もない。いつもの平凡な朝だった。


目覚ましで起き、昨日、ハンガーにも懸けずに放置していた制服を拾い上げ着た。


リビングにはいつものように母が準備してくれた朝食があり、いただきます。と言って咀嚼を始める。


食べ終えると食器を流しに置いて家を出た。


もちろん、鍵を閉めることを忘れない。


ただ、違うことがあるとすればとてつもない疲労感に襲われていることだろう。


自転車で登校していてここまで辛いと思った日は初めてかもしれない。




キリヒコは教室に着くといつものメンバーの所ではなく、自分の席に真っ先に向かった。


理由としては昨日ゲームをしていなかったワケを聞かれるのが嫌だったのと人と話す程の力がでなかったのが大きい。


しかし、そのメンバーはキリヒコを見つけるや一目散にこちらに向かって来た。


そう、いつものメンバー、柏木騰貴と覇間遭乍。


「よう。キリ!何だよ元気なさそうじゃん。昨日、ゲームにもログインしてねーみてーだし、何かあった?」


ソウサクも首をコクコクと頷いている。


「いや、何でもないよ。ちょっと疲れてて寝ちゃったんだ。」


実際、家について変な事が起きて、疲れてそのまま寝てしまった。


その変な事も結局一分程度のものだったのであながち間違えとは言えない。


「なら、いいんだけどサ。あ、そういえば今日、数学の小テストあるの知ってた?」


「え、まじかよ!勉強してなかったー。」


小テストは濱名家〈キリヒコ〉にとっては一大イベントと言っても過言ではない。


このテストは日頃、ちゃんと勉強をしているのかを計るイベントであり、ここでも悪い点を取るとゲームに制限が掛かるか、下手をすると禁止まで発展してしまう。


なので、キリヒコの日常とは毎日、私闘の繰り返しなのである。


「でも、キリ君なら大丈夫だよね。学年順位も悪くないし。」


「何言ってんだよ。俺だって勉強して点数取ってんの。じゃないとゲームが……ゲームがぁああああ!!」


突然、頭を抱え込んだキリヒコにソウサクはごめんなさいと謝罪の言葉を述べた。


「てか、数学の時間って何時間目!?」


「ん?あーと、ああ、一時間目らしいよ。」


ーーー死んだ。


今にもチーンとどこかで聞こえて来そうな程、その時のキリヒコの顔は消沈していたとゆう。byトウキ




それは突然起こった。




数学の教師が問題を配布してくる。


皆は特に合わせた訳ではないのに一枚取ると後ろへ後ろへと問題を回していく。


この時のキリヒコの頭は朝に比べて大分落ち着きを取り戻していた。


朝は話す力も出なかったのに、今ではテストに集中できるほどの回復。


持つべき者は友だと、言わざるを得ない。


ピリリィリリリーーーー!!!


解答欄の穴を埋めていき、中盤に差し掛かった時、旧式の目覚まし時計のような耳をつんざく音が鳴り響いた。


キリヒコは辺りを見回し音の出所を探す。


しかし、周りをみても他の人は音を気にせず、問題に向き合っている。


先生までも無視しているようだった。


「濱名、どうした?カンニングでもしてるのか。」


こちらを向いた先生は音の事よりもソワソワしているキリヒコに注意を向ける。


「先生。何か音聞こえませんか?こう、ジリリリみたいな。」


「……何を言ってるんだ濱名。音なんて聞こえないぞ。そんなことはいいからテストに集中しなさい。」


ハハハハと周りから野次が飛ぶが、テスト中だ静かにという先生の言葉でシーンと静まった。


だが、目覚ましの音は鳴り響いたまま。


『どうなってんだよ。皆この音聞こえないのか?それとも俺の幻聴かよ。』


キリヒコは頭を抱えながら脳を揺さぶる振動に必死で耐えた。


そこでキリヒコはカタカタカタカタカタカタ!という目覚ましとは別の音が聞こえた気がした。


音の発生源は机の中。


「……っ!?」


そこにあったのは縦9cm横6cm程の小さなカード。


特徴といえばとにかく真っ黒で記載されたゼロという名前とその他の細かい文字。


そう、それは家に置いてきた筈のプレモンMB専用カード。ログインするためのパス。


激しく振動したそのカードから数日前に何度も聴いた女性の声が発せられる。


『パスの承認を行って下さい。クエスト開始時までに認証されなかった場合、強制転移を行います。』


キリヒコにはこの言葉の意味が分からなかった。


目覚まし時計のような音が鳴り響き、家に置いてきた筈のカードの出現。


訳の分からないことが、続いてキリヒコの頭はパンク寸前だ。


『クエスト開始5秒前、4、3,2』


よく分からないまま言葉が紡がれていく、だが、キリヒコにもこれは良くないことが起こることだけは予想が出来た。


『1、』


キリヒコが必死で脳を回転させようとするも、考える時間さえも与えられることはなかった。


『クエスト開始』


カードが発光した。


一瞬の内にキリヒコの視界は真っ白になり、軽い浮遊感が襲ってくる。


そして、ゲームがスタートした。




ーーーーーどこだここ。


ゼロは身体に当たる強風を感じながら大の字の状態で目を開けた。


視界に映るのは学校の屋上とおぼしき所とグラウンド。更には住宅地も見える。


ゴオオオォ。


風の音が体全体を包み込むように聞こえてきた。


「なんだこりゃーーー!!」


ゼロは上空数100メートルの所にいた。勿論、思考を巡らせるよりも先に地面の方が近付いてくる。


咄嗟に頭だけは守ろうと体を丸めるようにしたゼロはショックを覚悟して目を瞑った。


ゴツっ。


鈍い音が鳴り、ゼロは悲鳴を上げることも出来ず、激痛にのたうち回った。


苦しむ身体を押して、一番、痛みを感じる左手側を見る。


左手はあらぬ方向に曲がっており、これがまたゼロにダメージを与える。


苦しみながらも今の瞬間で少しだけここが、どこだか分かった。


ここはキリヒコの通う、滝沼高校の裏庭、さらに格好はあのプレモンMBの時のスーツ。


しばらくして大分痛みが引いた気がした。自分の感覚が麻痺していると思うと少し怖く思ったが……。


左腕を引きずる形で校舎の壁に体を預け。思考を巡らせる。


『このスーツはプレモンの奴だと思うけど、この場所って学校だよな。でもなんであんな所から……。』


『ゼロ様、おはよう御座います!』


左腕から聞こえた声に一瞬、心臓が大きく脈打つのを感じたが、これまた聴いた事のある女性の声だったため。すぐに落ち着くことが出来た。


そしてミイナの出現はここがプレモンMBの世界であることを肯定した。


音は左腕の機械にある紋章のような物から発せられているようだ。


基本ナビはヘルプ画面ぐらいしか登場しない。なので、この事自体は特に気にならなかった。


まぁ、この世界をゲームの世界と認めてきてしまっていると言われれば返す言葉もない。


「ミイナか。なぁ、これってなんなんだよ。」


いろいろ訊きたい事があり過ぎてまとまりの無い質問をしてしまった。


しかし、これだけでゼロが何を知りたいかを察したのかミイナは説明を始めた。


『今、ゼロ様はクエストを開始しています。ここでモンスターと戦い。勝利すれば経験値が貰えるという仕組みです。』


「でも、こういうのってプレイヤーがクエスト行うかどうか決めるもんじゃねーの。こんな突然呼び出されてこんな怪我もするしよ。」


『あれ?ゼロ様、チュートリアルを行ったんですよね?その時説明されなかったんですか?』


「チュートリアル?」


ーーー確かこのゲームに嫌気が挿して途中で止めたんだっけ。


「すまん。実はあんま話聞いてなかったんだ。余りに突然だったから頭に残ってなくて……。」


それっぽい理屈をいうとミイナは納得してくれたようで、丁寧に説明を始めてくれた。


『では、一からというのは長くなってしまうので今、この場で必要な情報だけ伝えますね。

クエストは全属性ランダムで選出されたプレイヤー一名ずつ。計十一人で行われるものです。

えーとゼロ様、戦い方のレクチャーは受けましたか?』


「ああ、カードを引いてスキャンして出すって奴だろ。」


『はい。容量はそれと全く同じで、敵モンスターを倒して経験値を稼いでいきます。

あとカードは10秒に一回引けるようになるというルールもありますのでお気をつけ下さい。

フィールドにつきましてもランダムに決まることになっていてどこで戦うのか分からないという状況から始まります。』


「フィールドはランダムで決まる?でも、プレイヤーがいきなり空から落ちるなんてことあるのか?」


『それはパスを承認していなかった時に発生するペナルティーです。空から落ちるだけでなくいきなり、土の中に埋まった状態からスタートという事もありますね。承認するにはマイページからログインするしかありません。』


ーーーあっぶねー下手したら生き埋めからスタートってもう詰みゲーだろうが。


ミイナは更に携帯からでもプレモンMBは携帯からでも開けるので外出の際はそちらをお使い下さいと付け加えた。


『あとは、ああ、あの上空のボードを見て下さい。あれがこのクエストの参加者一覧になります。』


ゼロは上空を見た。そこにはディスプレイのような物が展開されていて、プレイヤー名が属性ごとに一名ずつ書かれ、さらに下の方には時間が表示されている。


数字が増えていることからこのゲームスタート時からの時間を指していることが分かった。


『炎・テラー

 水・ブルーオー

 氷・バルーン

 草・ミョルニル

 風・スカイ

 雷・ハギナミ

 土・ゴッド

 鋼・モリヤマ

 光・ライダー

 闇・ナガノ

 無・ゼロ    


          10:43秒    』


十一人のプレイヤーの名前は氷、土属性が青色でその他の色は黒だった。


『プレイヤーのスーツは統一されていますが、それぞれ属性色のスーツを着ているので判断は基本スーツになりますね。あとヘッドも違います。』


ポン!


黒色だった草属性がいきなり点滅したかと思うとその黒かった名前が青に変わる。


「あれは?」


『青で書かれた名前のプレイヤーはゲームオーバーになった方です。』


「ゲームオーバー……。具体的にどうしたらゲームオーバーなんだ?やっぱりデッキアウトとかか?」


『いえ、このゲームにデッキアウトは御座いません。ゲームオーバーは至ってシンプル。このゲームで死んでしまうとゲームオーバーになります。』


「……死んだら?」


軽い感じで言われてしまい。少し目眩がしそうになったがどうにか正気を保とうと頬を叩くもそこにあったヘルメットを叩いただけで脳を余計揺らしてしまって逆効果にしかならなかった。


ミイナの説明は続く。


『いえ、死ぬといってもこの世界での死。つまりHPが0になってしまったらアウト的なものなので……。現実の世界でも身体に害はないので大丈夫ですよ。』


ーーーHPだと。そんな表示どこにもねーじゃねーかよ。もし、チュートリアルの時のあれが死なんだとしたら、このゲームでの死ってゆうのはつまり……。


ドックン、ゼロの意志とは関係なく心臓がドクドク脈打つのを感じる。


『えーと話を戻しますね。青はゲームオーバー。そして、もう一つ。

ゲームは十一人が同時に行い。先にモンスターを倒した討伐者だけが名前が赤く変わります。

討伐者となった方は、より多くの経験値を手に入れることが出来ます。

勿論、このゲームをクリアすれば同じフィールドにいるプレイヤーにも平均的な経験値が手に入ります。

多分、今必要な情報はこのくらいだと思いますけど何か質問はありますか?』


「今は一つだけ確認だ。勝利条件と敗北条件しか聞いていないんだが、これには時間制限はないのか?」


『はい!ありません。勝つか負けるか。私有を決するまで続けて貰います。もちろん何万時間でも……。』


ーーー無制限の狩りーーー


『あ、そうでした。このゲームの一時間は現実世界の一分に相当します。

この間の間、体は石のように固まって動かなくなっているのですが、何兆時間もここにいたら。現実世界では立ったままミイラ化してしまうという可能性がありますね。』


ポン!


ゼロはディスプレイを向くと新たに青く名前の変わる属性があった。ーーー光属性。


一筋の汗が頬を伝った気がした。


『他にご質問はありませんか?』


ゼロは折れた左腕を気にすることなく無意識の内に立ち上がった。



~第四部~



体育館裏


そこで風属性・スカイは今回のターゲットを発見していた。


見た目は虎に似ている。特徴といえばやたらと前脚が大きいことだ。


虎は地面に顔を近付けて何かをしていた。


何かというのは虎の背中しか見えない今のスカイには知るよしもない。


ただ、クチャクチャという粘着いた音が聞こえてくるのは確かだった。


敵はまだ何かに集中していてこちらに気付く様子がない。


壁を背にスカイはカードを引いた。


それはスキルカードと言われるカード。


モンスターの力を少しだけ手に入れることが出来るカード。


それを見たスカイは自分の頬が緩むのを感じながらその虎の背中に対峙した。


虎はまだ気付いていない。やれる!


『skillカード!!』


機械から発せられた声に呼応するように元から左手に持っていた剣に風が集束し始める。


さらに剣を軸に小台風のような物を展開させる。


「くらえーーー!!!」


…………。


スカイは剣を振りかぶりまさに今、絶大な一撃を虎にぶつけようとした。


しかし、スカイの攻撃が発動することはなかった。


スカイは背筋をピンとさせながら、突っ立ったままの状態だ。


先ほど何か硬い物が背中にぶつかってきた気がするのだが、なかなか後ろ振り返ることが出来ない。


それどころか、体中の力が抜けていくのをスカイは感じていた。


スカイは状況を理解していないまま、ゆっくりと自分の胸元を見た。


そしてスカイは理解した。


心臓のある辺りを中心にナイフのような物が三本突き出している。


ナイフが勢いよく抜かれると開いた穴から血液が流れ始める。


重力に逆らうことが出来なくなったスカイは倒れ……。




ポン!


ゼロは嫌な予感がしながらも上空のボードを見上げた。


既にゲーム開始から15分ほど経っている。


さらに今脱落したプレイヤーは風属性・スカイ。


これで生存しているプレイヤーは6名となってしまった。


ゼロは立ち上がってからずっと校舎周辺を調査していた。


勿論、モンスターを捜すのが目的である。


しかし、なかなか標的は見つからない。


そうこうしている内にゼロの左腕は完全に腫れ上がり、自分ではもう直視出来ないぐらい痛々しいものになってしまった。


なので、まずは手当てからしようと保健室へと向かっているところである。


校舎の中は人の気配がまったく無く、こんな格好のゼロでも恥ずかしさを感じずに廊下を歩くことが出来た。


保健室には鍵が掛かっていたが、カードを引いて刀を出すと思い切り振り切った。


刀の鋭さがドアの強度をなんなく切り捨て、斜めに真っ二つになったドアはドゴンと大きな音を立てて崩れた。


保健室の中のものは現実世界と全く同じ物、場所に置かれている。


ゼロは包帯がどこにあるか知らなかったためもう少し時間が掛かると踏んでいたのだが、そこら辺をあさってみると以外と簡単に見つかった。


治療法は授業でやったことはあるが所詮は素人の治療、自分でも上手く出来ているか分からず、とにかくこれでいいかとそのまま放置することにした。


ゼロはこのゲームを始めて初めて自分の顔を見た。


そこに映っていたのは頭の両側に軽い唐突が見れる。全体が黒く彩れた白いマスクと黄色い水晶のような眼が特徴の顔。


いや、ヘルメットのようなもの。それは仮面を付けたヒーローを彷彿とさせた。


包帯で巻く前に残りのカードは引いておいた。残りと言っても一枚しか入っておらず、少し寂しく思った。


カードにはシールドと書かれている。


「おい、ミイナ。カードの種類ってどれぐらいあるんだ。」


『ゼロ様が今持っていらっしゃるシールドカードの他にウェポンカード、スキルカード、サモンカード、モンスタースキルカードがあります。

なお、サモンカードとモンスタースキルカードは激レアとなっており、レベルアップ報酬として入手することが出来ます。』


「つまり、基本になるのがウェポン、スキル、シールドカードってわけか。」


『はい。更に基本カードでも、通常タイプや永続タイプなど種類がございます。』


話を聞いてるだけで嫌になってきそうな設定だった。


内容は理解できるが、これが命懸けのモノとなると話は別。


楽しむべきカードゲームのルールが根本から覆されていくそんな感覚だ。


━━━俺は何をしているのだろうか?


ふとそんな思いが頭をよぎった。


ボカァァァーーーーーーンンン!!!!


しかし、その思いは強烈な破壊音によってかき消されてしまう。


破壊音は保健室の外側の壁が破壊され、さらに向かいの壁を突き破った音だ。


しかも一瞬ではあったが、ゼロは自分の目の前を黄色いモノが飛んでいくのを確かに見た。


「うーし!さっさと倒れろやモンスター!」


声からして男性であろう。物が飛んできた方の壁から黄色いスーツを着た人が現れた。


その人の胸部にはゼロと全く同じ箇所に金属のプレートのような物が覆われていたが、腕、脚にはプレートとは比べ物にならない強固なイメージがつくパーツ。


まさに鎧と呼ばれるであろう装備が備わっている。


顔は獣をイメージさせる牙のような物が上下二本ずつ観られた。


そいつはゼロの姿に気付くと


「あり、無属性の奴か。しかもその怪我……新人か?」


「なんで……。」


ゼロは声に出そうというところで言うのを止めた。


本来なら何故、無属性でしかも新人なのが分かったのか聞こうとしたのだが、無属性なのは色で判断できるとミイナは言ってたし、常連ならばこんな怪我をしないだろうと践んでの事だと気付いたからだった。


「……えっと、そちらは雷属性の方ですよね?」


「あーいいよいいよ。そんな敬語。しかもこのゲーム老若男女問わずいるからもしかしたらあんたの方が年上かもよ。」


雷属性の男は視線をゼロの左腕の方に向けると


「それよりその治療……。医者でもやってんの?」


「いや、高校生です。」


「へー。今時の高校ってそんなの教えてんだ。」


「グアアアアアアアア!!!」


体が揺れているんじゃないかと錯覚するほどの音がさっき物が飛んでいった方から聞こえてきた。


「うっせーな。ああ、あれが今回のターゲットな。デカくて虎みたいだぜ。」


薄く笑いをしながら前方に歩を進めていく雷属性の男。


「あのすみません。名前を教えて貰っていいですか?」


「そうだな。んー。ここは一応ゲームだし、プレイヤー同士はプレイヤー名で呼び合うのが主流なんだ。んで、俺はハギナミな。」


「はい。ハギナミさん。俺はゼロです。よろし………。」


「グアアアアアアアア!!!」


穴から虎のようなモノが飛んできた。そいつは大きな前足のようなモノを思いっ切りぶん回してハギナミを今度はハギナミの入ってきた穴の方へ吹っ飛ばす。


ハギナミは手をクロスして攻撃をガードしていたように見えたが余りの威力に推されたようだった。


「グオオオオオオ!!!」


虎は狂ったように叫びながらハギナミへの追撃の為に駆けていく。


初速が速すぎてまるで消えたかのようにその場からいなくなった。


ゼロは見えない手が押したかのような挙動で穴へと駆け寄り覗きこんだ。


「ウラアアアアーーーー!!!」


そこにはハギナミのパンチが虎の鳩尾を抉っていく瞬間があった。


虎は一瞬怯むも、まるで意に介した様子もなく次の攻撃を繰り出していく。


ハギナミは一通りの攻撃を交わしたあとカウンターの要領で後ろ回し蹴りを相手にヒットさせた。


「なっ!?」


ゼロは見た。ハギナミの一撃を喰らった虎が宙を舞う瞬間を。


身長的には大差は無いが大きさは確実に相手の方がデカい物理的に考えられない光景だった。


ハギナミの動作には無駄がなかった。蹴りを放ち終えたのと同時にカードに手をつける。


そのまま抜き去り、カードには一瞥もくれずにスキャン。


「skillカード!!」


ハギナミは両の手を天に煽るとそれを一気に振り下ろす。すると、まるでそこに落ちることを予知されていたかのように雷がピンポイントで虎に直撃した。


感電しているのか上手く身体を動かせていない虎に一気に駆け寄るハギナミ。


有無を言わさず、膝を入れ、さらに鋭いラッシュを浴びせていく。そして……。


「オラオラオラオラオラァァァァ!!!」


ドツ!


ハギナミの最後の拳が虎の顔面を捉えた。


ただでさえフラフラだった虎であるが、糸が切れたかのように後ろ側へ綺麗に倒れそのまま動かなくなった。


「ふう……。おい!ゼロ!こいよ。」


「は、はい……。」


ゼロは近くにあった刀をしっかりと持ってハギナミの近くまで行った。


「ハギナミさん凄いですね。あんなに体を動かせるなんて。」


もうなにがなんだか、訳が分からないゼロだったがあんな激しい闘いは初めてみた。


「スゴかねーよ。ん、お前まさかチュートリアルやらなかった口だろ。よく居るんだよなそういうやつ。最初のモンスター倒した時点でやめんの。まあ、倒せない奴もいるかもしれねーけど。」


━━━チュートリアルどんだけ大切なんだよ。ハギナミさんに会えなかったら俺やばかったんじゃ。


「その様子じゃ、図星か?……くっ……まぁいいや。この世界での身体って現実世界と違うんだよ。通常の2倍いや、3倍以上は動ける。最初は動かすの難しいかもしんないけどよ。馴れだな。」


「この世界ってやっぱりゲームの中ってことなんですかね。俺未だに信じられなくて……。」


「最初はそんなもんだよ。俺もそうだった。だが、諦めた。知ってるか?このゲームで死んだ奴って本当に死ぬことがあるんだぜ。」


「え、それって……。」


「不可思議な事件。何年も前から続く事件はこのゲームが発端なんだよ。このゲームで死んだ奴は死ぬ。正確には死なない奴もいるらしいが、まだ死んだことのねー俺には分かんねぇ。」


「その事を警察には話したんですか?」


「ハハハ!話か……。話せないんだよ。このゲームの話。喋ろうとしても口が動かなくなる。呼吸を止めてる感覚かな?とにかく喋れねー。それにゲームで人が死ぬなんて話し警察はもう信じないだろうよ。一時期、流行ったネットゲーム禁止期間。これは!と思ったけど無理。このゲームの本質はあのカードなんだ。あの入場パスみてーなの。あれが有る限りこのゲームは止められない。」


……………。


「ハギナミさん。一つ聞いていいですか?なんでこんな初心者の僕にそんな話をしてくれるんですか?」


ゼロはハギナミに失礼かと思ったが、こんなチュートリアルも碌にやることのなかった一個人に説明するような内容ではないと思ったのだ。


それはハギナミに警戒心を抱いていることに繋がっていそうでゼロは余計に胸が苦しくなった。


しかし、ハギナミは特に気にする様子もなく話を進めてくれる。


「理由は二つ。まず、クエストはまだ終わってねー。理由は単純だ。」


ハギナミは仰向けに気絶したモンスターに親指を突き付けた。


「このモンスターがまだ生きてるからだ。殺すまで終わらないこのゲームの特性だ。そして、モンスターを討伐したらすぐにゲームが終了してしまう。そうしたら、こんなに話すことも出来ない。しかも、クエストのメンバーはランダムで決まる。つまり、個人戦のようなものだ。だから、理由の一つはお前と今の内に話がしたかった。…………そしてもう一つは。」


ハギナミは少し言葉を溜めながら。


「もう、一人でも犠牲者を出したくないんだ。」


「ハギナミ………さん?」


ハギナミの声は少し陰を含ませていたように聞こえた。


「いや、これはいいか。とにかく、これでお前もこのゲームについて多少は知ることが出来たろ。俺にはもうお前を助けることが出来ないが。死なないでくれよ。それと、コイツはプレゼントだ。お前がトドメを刺せ。辛いだろうがレベルアップはカードを新たに入手出来るチャンスなんだ。最初の内はカードのことに集中しろ。」


「ハギナミさん。ありがとうございます。」


「礼はいらないって、それに俺に恩を返してくれるんだったら生きてくれ、そしてまた出会えた時、それが俺のプレゼントになる。宜しくな。」


「はい!」


ゼロはハギナミを背に刀を虎に構えた。その一瞬の出来事だった。


「ふ、………がはぁ!!」


「…………!?」


今まさに虎にトドメを刺そうと刀を突き立てていたゼロにハギナミの聴いたことのない。声色の声が届いた。ハギナミには背を向けていたためゼロにはよく分からない。


「ゼロ!は……やく…トドメを……。」


ブシュ!


水が噴き出したかのような音。


ゼロは振り向く。


そこには崩れ落ちていくハギナミともう一人、赤いスーツを纏った奴。


籠手のような物が装備されており、さらに拳あたりには飛び出た三本のナイフのようなもの先端は赤く湿っていて、リアリティがある。


そう、リアリティが、人を、刺した後に、抜いた、かのような、リアリティが……。


ポン!


音が聞こえた。答えは日をみるより明らかだった。




「なんで。」


赤いスーツは右拳を構える。ナイフのついた拳を。左にもついてはいるが……。


「なんでなんだよ。」


ジリっ。


これは相手が足に力を込めた音。


「なんで殺したんだーーーー!!!」


赤いスーツは動いた。ゼロはトドメを刺そうと突き立てていた刀を前方へなぞるように振るう。


キィンッ!


金属同士がぶつかり合う音が鳴る。


それは相手が左腕の籠手でゼロの攻撃をいなしたところだった。


相手の右拳がゼロの顔面目掛けて放たれる。


ゼロはかわせないと思いつつも悪あがき程度に首をずらした。


するとゼロでも驚く程の反射神経で相手の攻撃をやり過ごす。


ゼロの心臓が跳ね上がる。こんな殺し合いの経験のないゼロには全てが初めてで新しい知識がどんどん脳に記憶されていくのを感じる。


ゼロは距離をとった。もちろん刀で牽制しながらだ。


「ハァ、ハァハァ。」


「…………。」


向こうも今のゼロの行動に驚きというより感心を持った様子で一つ溜め息をつきながら今度は標的を虎の方に変えた。


ソイツは左拳を虎の脳天に突き刺した。


すると虎の体から白い粒子のようなものが次々と出てきて、そのまま空気と溶け込むように霧散していく。


ゼロはこの時、ハギナミの死体がどこにもないことに気が付いた。


しかし、この虎の様子からみてもおそらくハギナミも粒子となって霧散していったのだろうと予想を入れた。


そして、空からこのゲームとは不釣り合いとも言えるポップなミュージックが流れ。


ポン!と空中のディスプレイが鳴る。


変化があったのは炎属性。点滅し、その黒かった名前を自身の属性色に染め上げた。


『クエストクリア』


またあのアナウンスの女性が言葉を進める。


『クエスト生存者5名。討伐者炎属性、テラー。』


「テラー………。」


『討伐者には報酬として経験値3倍となります。』


「それがお前の名前か?」


「…………。」


『マイページへ移行します。皆様、お疲れ様でした。』


フィールドが光始める。その光は次第に強まっていき、何も見えなくなってくる。


しかし、ゼロは最後まで目を離さなかった。そう奴を。


「テラァァアアアアアアアーーーーー!!!」


「…………。」


ここまで読んで頂きありがとうございます。今まで二章投稿でしたが、今度からは一章投稿に変えていきたいと思います。

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