第四部
イベント終了4日前の深夜━━━
闇属性のプレイヤーは一人、夜の森を歩いていた。プレイヤーの周りには無数に輝く赤い閃光がちらほらと見える。プレイヤーはそれを知ってか知らずか堂々とその獣道を通り抜けていた。
プレイヤーが進む道の先には岩の上に居座る男の姿が見える。しかし、光のないこの真夜中では男が何属性なのかは分からない。
男は闇属性のプレイヤーに尋ねた。
「こんなモンスターだらけの場所に呼んで今度は何をする気だ。」
男は場所の指定こそ受けたものの何をするかまでは聴かされていないようだった。
そんな男にプレイヤーは言った。
「いやー。このイベント期間でのキミの活躍に感謝していてね。だから今日はそんなキミにプレゼントを贈ろうと思たんだ。」
「……プレゼント?」
男はあからさまに不信感を露わにしたが、闇属性のプレイヤーは続ける。
「そうプレゼント。ああ、何も心配いらないから副作用もないし。」
プレイヤーのたった一言により男の顔から警戒の色が薄れていった。それほどまでの信憑性が闇属性プレイヤーにはあるらしい。
「そうだな。これは単純にパワー増強剤だと想ってくれればいいかな?実はね。ボクのコミュニティーの幹部達はこのカードを全員持ってるんだ。だから頑張ってくれたキミにはプレゼント。」
そういうと闇属性のプレイヤーは既に握られていたらしいカードを一枚、男に向けた。
男も岩の上から飛び降りてそれを受け取る。
「本当にこんなカードで強くなれるのか?」
男の言葉は疑問符を浮かべながらも内心では期待と歓喜が満ち満ちと増幅していた。
「ふふ。何か待ちきれないって様子だし、その力、一回試してみる?ちょうどいいターゲットを見つけたんだ。」
「相手は?」
男の返答は早かった。血の匂いに集る獣のように男の瞳は輝く。
「誰だ!」
敏感に敵の気配を感じた光属性の男性は周囲を見渡した。
すぐそこには仲間とおもわれるプレイヤー達が雑魚寝状態で寝息を立てている。
どうやらこのチームは交代で見張りをしているらしかった。
「どうしたの?」
まさに寝起きという定の氷属性の女性は不信に周囲に目を配る男の姿を見て、すぐさまスイッチを切り替える。
「本当にどうしたの?」
男は真剣な様子の彼女に今度は返事をした。
「実はまだ分からないんだが、嫌な気配を感じたんだ。モンスターじゃない何かがこの近くにいる。」
「それって他のプレイヤー?」
「そうかもしれない。なんせ俺達のチームは一位だ狙われる可能性も一番高い。レアはみんなを起こしておいてくれ俺はちょっと辺りの様子を見てくる。」
レアと呼ばれた女性は一度頷くと素早く行動を開始した。近くにいるプレイヤーから順々に起こしていき、自分もすぐさまカードを引く。
その間に男も前方の茂みの方へと駆けていった。何が起こるか不明の中、何の躊躇いもなく危険な場所へと駆ける男には自分の力に相当の自信があるのだろう。
だが、決着はついたようだった。
「うぎゃゃぁあああ!!」
先ほど茂みに入っていったプレイヤーの悲鳴が残る四名のメンバーを奮い立たせた。
それぞれのプレイヤーは手に取ったカードをスキャンする。
『『weaponカード!!』』『『skillカード!!』』
猛デバイスに呼応するように出現した武器を二名のプレイヤーが手に取り、光属性プレイヤーは左手に宿った光の球を天高く放り投げた。
球はある一定の地点に到達すると上昇を止め、そのまま宙に浮遊した状態になる。
光の球から発せられる光が辺りを明るく照らした。
しかし、照らされた先にあったのは無数の裂傷により赤く着色された光属性のプレイヤーの姿だけだった。
粒子となって場に消えていないところをみると生きていることは間違いないが、それでもここで治療をしなければすぐに死んでしまうことは容易に想像できる。
水属性のプレイヤーが血だらけのプレイヤーのもとへと駆け寄った。
skillカードを当てようとカードを引くが、現れたのはシールドカードだった。
水属性プレイヤーは歯噛みするも、辺りを警戒しながら10秒後のドローを待つ。
しかし、見えない敵からの第二波が襲ってきたのはその10秒間の間だった。
パァンと子気味よい音を立て後方にいたプレイヤーの首が飛んでいく。しかし、彼の死を残りのメンバーが知るのはその10秒後のことだ。
地属性のプレイヤーは耳を地面に密着させていた。それで人の足音でも聴こうとしているのだろうか不明だが、確かにプレイヤーは敵の存在を認識したようだ。
「サージス、前だ!」
名を呼ばれた水属性プレイヤーは光の届いていない。闇の中を見据える。
そして、土属性プレイヤーは声を発し終えたのと同時に上空から迫った鈍器により脳天から潰された。
上空から投擲されたのはバットのような形をした金属の棒だった。
その光景を見ていたレアはその場に着地した黒い影に武器を向けた。
謎のプレイヤーも光の粒子となって消えたプレイヤーの残骸から棍棒の柄を握り締める。
しかし、謎のプレイヤーはすぐさま踵を返すと無防備に背中をさらすプレイヤーと赤く染まったプレイヤーへと駆けていった。
レアもその後を追おうと走り出すが、一歩遅れたこの状況では間に合わない。
「サージス逃げて!!」
レアの決死の叫びはサージスへと届いた。しかし、彼が後ろを振り返った瞬間に見えた物は赤色の壁だけだった。
サージスの顔が吹っ飛ばされる。ヒットさながらに飛んでいくさまはレアに恐怖心を煽った。
棍棒が地面に叩きつけられたのと同時にレアはその変化を悟った。
本来なら後ろで待機していた筈のプレイヤーの姿が見当たらないのだ。
この瞬間に彼女は自分達の敗北を知った。
イベント終了4日前、昼頃━━━
いつも通りに昼間の戦闘を終えたゼロひきいるチームは頭上のディスプレイを見つめていた。
ベッキーが眉ねを寄せて話す。
「ねぇ、やっぱりこれおかしくない?」
ベッキーのその突拍子もない質問はメンバー全員の意見と一致していた。
「確かにそうですよね。さすがにこれは……。」
ヒエイもくぐもった口調で話している。
そんな不安を煽るように微笑を浮かべながらレオは言った。
「何今ごろ言ってんだよお前ら。このゲームではよくあることだろ。上位者を狙ったバトルはな。」
その言葉に二人はショックを隠しきれなかったようだった。それもそうだろう現状を考えれば尚更である。
「で、でも。ランキング一位と二位ですよ!なんでそんな強い人達が負けてるんですか?」
その質問に答えたのはこの事を知っていたように沈黙していたゼロだ。
「ヒエイさん。理由には何点かありますが一番の理由はこのクエストがランキング式ということです。」
ヒエイはハテナマークを浮かべポカーンとしている様子だった。
「考えてみて下さい。このクエストで一番大事なのは何ですか?」
「それはやっぱりランキング一位を目指すことなのではないですか……。」
「その通り。ではそのランキング一位を目指す為には何をしなければなりませんか?」
「え、それはモンスターを狩ってポイントを手に入れるんじゃないのかな……。」
「……プレイヤーの殺害ね。」
真剣な眼差しで話に加わったのはベッキーである。ヒエイはその言葉に驚愕していたが、そんな彼の言葉を待たずに彼女は続けた。
「考えてみれば簡単だわ。このゲームで重要なのはポイントに関するルールの方なのよ。」
「……ルール?」
「ほら、あったじゃない。ポイントに関してのルールの一つにポイントはチームとしてのポイントであり、チームメンバー全員が死亡してしまえば無くなってしまうっていうの。」
「……あ!」
ヒエイもここまで来てようやく気づいたようだ。しかし、真実を知ってしまったからこそその体は怯えているようにみえる。
「そう。つまりこのゲームで重要なのはポイントを稼ぐことじゃない。誰が生き残るかなのよ。……そうよ。そもそもこのゲームの本質はこういうものだったもの。」
「じゃあ、僕らのやってきたことは無意味じゃないか……。強い奴だけが生き残れるルール。そんな理不尽があっていいんですか……。」
俯き沈黙を続けた二人にゼロは声をかける。
「確かにこのゲームは理不尽で平等ではないと思います。でも、俺はそれだけだと思いません。だって、みんなここまで一緒に闘ってきた仲間でしょう。それに少なくともこのゲームでは一心同体に等しい。だからみんなの力を合わせてこのゲームをのりきり合わせてましょう。どんな敵が現れても俺たちなら勝てる筈です。」
ゼロの言葉に二人は耳を傾けたが、その心情は不安と恐怖で一杯だった。いつ襲われるか分からないというスパイスも効いているのだと想う。
「相変わらずの偽善的言葉だな。ゼロ。ムシズが走るぜ。流石は『最強最弱のプレイヤー』。殺さない程の力があるのにそれを行使せず、闘いは全て引き分け。なだけあるわ。」
「……何が言いたい。」
流石のゼロも不快の目をレオに向ける。しかし、その挑戦的態度が致命的ミスであったとゼロは後悔することとなる。
「何が?ハッ!何がつってもそんだけの力がありゃーテメーは大丈夫なんだろうなってだけだよ。どんなに自分が受け身の姿勢を取って死に近付いてくようなことがあっても生きていられるっていう自信がさー。だけどよ。そんな方法使って生き残れるのはつえー奴だけだろ?俺が一番訊きてーのはテメーはそうやって人を見下すのが好きなのかってことなんだよ!」
「そんな訳ないだろーが!」
あまりに突拍子のないことにゼロは声を荒らげることしか出来ない。現実世界でまだ高校生の彼には冷静に物事を対処できるほどのスペックは備わっていなかった。
「そうだよレオ君。ゼロ君が私らを見捨てる訳ないじゃないか!」
「そうよ。それにあんたは強い彼に嫉妬しているようにしか見えない。男のくせに子供みたいなんて笑えるわ。」
二人の言葉をレオは黙って呑み込んだ。以前の彼ならここで怒り心頭の筈なのだが、その様子が視られない。彼の中に明確な変化がもたらされているのは間違いなかった。
しかし、その変化を読み取ったのもゼロだけだ。
「くっくっく。まあ、お前らはお気楽に楽しんでればいいさ。……なあ。ゼロ?」
ゼロは無言でレオを見据える。
その様子にレオはまた渇いた笑いをこぼしながら基地とは別方向の場所へと進んでいった。
「あんたなんてもう戻ってくんじゃないわよ!」
その態度に怒り心頭のベッキーは不満の全てをこの一言に込めたようだった。叫んだあとの彼女は肩で息をしながらもスッキリした様子に見える。
「ところでゼロ君。これからどうする?」
まだ不安の拭えないヒエイは少しトーンの落ちた声でゼロに問うた。
「少し危ないですが、基地の場所を変えましょう。今のレオの様子は明らかにおかしかった。彼が何か仕出かすかもしれません。」
「そうね。これであいつが戻ってきても誰もいない状態にしましょ。泣いて帰ってきた後のあいつの顔が目に浮かぶわ。」
何かの糸が切れたようにレオの悪口を漏らすベッキーは相当根深く彼を嫌っているらしい。
「ヒエイさんはどうですか?」
ヒエイは俯きがちに首を振った。
「すみません。私、その道中に他プレイヤーから襲われると考えたら震えが止まらなくて……。」
確かにヒエイの体は震えている。恐怖に体が動かせないといった様子だった。
「分かりました。でも、明日の午前には出発させて下さい。ここではおそらく移動した方が生存率が上がります。」
「……ハイ。」
空返事だったがそれでもヒエイは承諾してくれた。ベッキーも彼を責めるような事はせず優しくそれに同意した。
「では、今日一日はあの洞窟に立てこもりましょう。動くのは明日の朝に。」
ゼロ達は自身の基地へと戻っていった。
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