第三部
今、ゼロ含め四名のプレイヤーはあるモンスターと対峙していた。
モンスターは二本の角と異様にしゃくれた顎を持つ四足の獣型モンスターである。ゴツイ仮面に生えた二本の角としゃくれた顎は見方によれば三本の槍のようにも見える。モンスターの背中には凹凸の装甲が見えた。
「ヒエイさん!お願いします!」
「は、はい!」
ヒエイと呼ばれた炎属性プレイヤーは自身の身に巻き付くようにうねる炎を誘導させ、二本の角と異様にしゃくれた顎を持つ獣のモンスターの動きを封じにかかっていた。
蛇のような炎はモンスターの周りをクルクルと周回し、モンスターがひとたびその包囲から抜け出そうとすると体を鞭のように振るい迎撃する。
「レオ!」
「わかってる!命令すんな!」
レオは両手に持った棍棒を構えながら動きの制限されたモンスターへと突撃していった。
しかし、モンスターも狙いをレオに定め鋭利に尖る三本の突起物をレオへと向ける。
「そうはさせない!」
『skillカード!!』
風属性のプレイヤー〈ベッキー〉は手を地面へと接触させるとそこに自身の紋章を展開させた。さらに紋章はモンスターの足元にも出現する。
突如モンスターの足下から発生した突風がその脚を絡め捕るように靡き、モンスターをそのまま突っ伏すような体勢へと崩した。
そんな無防備に近いモンスターに突撃していくレオは相手の胴へ直接攻撃を狙わず、まず最初にその鋭い三本の突起物を根元から粉砕した。
モンスターは痛みに身体を奮わせながら先ほどまで拘束されていた風を意に返さず、血走る瞳孔をレオへと向けると持てるべき全ての力を持ってレオの胴体に体をねじ込ませた。
しかし、レオの胴体には既に鋼鉄の装甲が装備されている。豪快な破壊音こそ聞こえたが、ダメージは装甲を砕かれることだけですんだ。
モンスターは動いたことでヒエイの追尾型の炎を受けるが全くどうじる様子がない。それどころか炎によって怒りを頂点まで高めたモンスターはまだ、体勢の崩れたレオへと追撃に掛かった。
「ウオオオオォォォォ!!」
そんなモンスターの側面部へ突撃したのはゼロだった。両手に握る刀がモンスターの無防備な胴へと深々と刺さる。
モンスターは一瞬のよろめきを見せたが、瞬時にターゲットをゼロへと変え、自身の体を大きく揺さぶりゼロを振り払いに掛かった。
ゼロはそんな絶叫マシンさながらの遠心力を受けながらも刺した刀を決して放さず、仕返しとばかりに刀をモンスターの体の奥深くへと入れていく。
暫くその均衡が続いていたが、当たり前のようにモンスターの動きは鈍いモノとなり始め、終いには眼にあった血の気も引いていた。
ゼロはそのタイミングを見計らい刀をなぎ、上空から攻めに入ったレオの一撃がモンスターの首もとに直撃するとモンスターは光の粒子となって消えていった。
ブン!!
モンスターの撃破と同時にゼロ達の目の前に現れたのは《70ポイント》という文字列だった。しかし、それもモノの数秒で消える。
ゼロは息を整えてから言う。
「皆さんお疲れ様でした。」
「いやー。ゼロくんお疲れ。」
「本当に助かってる。ありがとうね。ゼロくん。」
ゼロの下へと駆け寄る二人のゼロへの信頼度は相当に高い。ここまでの3週間と数日、彼らは先程のようなチームプレーをこなしてゆき、着実にポイントを稼いできた。確かにモンスターの中には強敵が多数いたが、それでも仲間を裏切る事なくチームとして皆をひきいてきたのはゼロだった。
的確な敵の分析と仲間の力を充分に発揮させる戦略に最初仲間は恐怖と敬遠的な視線を向けていたが、それでも諦めず献身的にチームを纏めようとするゼロに心を打たれ、少しずつ結束が生まれてきた。あの人の指図を一番嫌いそうなタイプのレオでさえ闘いのことに関してだけはゼロの話を聴いてくれている。
「それにしても……。」
ベッキーは視線を空中に向けた。そこにはプレイヤーリストの他にもう一つ新たな項目が設置されていた。それは即ちこのイベント内におけるチーム全体ランキングである。チーム名は勝手に決められておりゼロ達のチームは『093』番だ。
「私達のチームがまさか20位以内にランクイン出来てるなんて信じられない。」
ゼロ達のチームは14位となかなかの高ランクに族していた。確かにこれでは上位ランクの報酬を受け取ることは出来ないが、参加報酬は基本的にそのイベント参加費用の返却プラスアルファーにオマケがついてくる仕組みとなっている。なのでまさにイベントクエストとはレベルアップに最適なものと言えるのだ。
そう。これがただのゲームなのならば
━━━ここからだな。
ゼロは目の前にいるメンバーの顔を眺めながら言う。
「今日はこの辺にしておきませんか?もうすぐ暗くなると思うので……。」
深夜の戦闘で出現する夜行型のモンスターは基本的にレベルが高い。確かにその分ポイントが大きいというメリットはあるが、リアリティを追及されたこのゲームには光源など一切存在しない。つまり、基本スペックはただの人間であるプレイヤー達に完璧といえる視界を手に入れるという手段は不可能に近いのだ。それこそプレイヤーの固有スキルがモノを言う。
しかし、このメンバーの中で光力系のスキルを持つものといえばヒエイのみ。しかもヒエイの能力には火力が少なく囁かな光源しか生み出すことができない。
ゼロの考えは仲間を失うリスクをとことん避け、勝てる闘いをしていこうというものだった。なのでこの提案を持ち掛けてみるとみんなあっさりと了承してくれた。もう少し議論が行われるかとも思っていたのだが、おそらくゼロが最初に見せた行動がチームの中の不安を煽り、武力による支配のような形で強制的に意見を呑ませてしまったのだろう。
しかし、安全面を踏まえても多少強引に仕切らせてもらうほかなかったとゼロは思う。
だからこそ作戦は成功し、仲間一人欠けることなく、そしてチームが上位へ行くこともできたのだから。
「そうですね。カオスくんのことも気になりますし、私は賛成です。」
「私もその意見に賛同するわ。」
「あとは………。」
ゼロは視線を斜め左の木に体を預けているレオへと向けた。
「………勝手にしろ。」
そう言うとレオは歩みを進めた。もちろん、目的の場所はゼロ達と一緒である。
そんなレオの態度に残り二名は不満の眼を向けるが、それを口に出すようなことはしなかった。少なくとも彼らもチームとしての関係を崩してはいけないと理解しているのだと思う。
ゼロ達はレオに付いていく形でその場を後にした。
「カオスくーん?」
ヒエイがおっとりとした優しい口調で声をとある洞窟の中へと入れた。
暫くの沈黙のあと洞窟内からひょこりと姿を現したのは無属性の小柄なプレイヤーだ。
小柄なプレイヤーは一回コクンと頷く姿勢を見せるとそのままそそくさと洞窟の中へ消えてしまう。
ゼロ達はその後を追うように洞窟の中へと入っていった。
中は暗闇で何も見えなかった。静まり返ったそこには生物の息吹を見ることができない。
だが、ゴツゴツとした地面を突き進み暫くすると洞窟内に少しだけ変化が起こった。
暗闇の中にほんの少しの光が差し込む、さらに進むと奥から黄緑色の光が見えた。
光の奥にあったのは自然的に吹き抜けた円型の空間だった。
風の流れも感じられない閉鎖的空間ではあるもののその広さは、大人4人、子供1人入っても充分すぎるほどに広い。
光の方は苔が発光していて黄緑色の明かりを灯している。一つ一つの光量は少ないがそれが空間中に敷き詰められているとすれば話は別だ。
外の薄明かりよりこの洞窟内の方が朝日のように眩しい。
そんな空間の一角に腰を下ろしスケッチブックに何かを書き留めているのは先程のプレイヤー『カオス』だ。
カオスは一日の大半を執筆作業に費やしていた。そしてそれにより生み出された何かは今もカオスの横に置いてあるスケッチブック5冊と手元のブックに全て収まっている。
ゼロはそれぞれメンバーが適当な場所へ腰を下ろしたのを確認し、言葉を発した。
「みんな聴いてください。今日はこのまま休み、明日もまたいつも通りの時間に出発したいと思っています。ちなみに今の段階で大きな怪我をしている人はいませんか?」
「ありません。」
「大丈夫よ。」
「…………。」
フルフル
みな一様のアクションを取りゼロに伝える。
「分かりました。それではここからは自由時間にしてください。今日はお疲れ様でした。」
その言葉を聴くとレオはすっと立ち上がり洞窟の出口の方へと向かっていく。
「レオさん。くれぐれも………。」
「分かってるよ。遠くに行くなだろ。」
レオはゼロの言葉を中断させるとそのまま穴の奥へと消えていく。
ゼロはそれを最後まで見送ると正面へと向き直った。
ヒエイは今日の戦闘の疲れを取るために壁の方を向いて横になっていた。
ベッキーも壁に寄りかかり寝息を立てている。
ゼロはそんな二人を見やりながらとある一角へと歩を進める。
「カオスくん。隣いいかな?」
カオスはちらりとこちらを向くとコクンと首を動かした。
ゼロはそれを肯定と見なし、カオスの隣に腰を下ろす。
暫しの沈黙のあとゼロが口を開いた。
「カオスくん。今日、プレイヤーとの戦闘があった?」
カオスの執筆作業が一瞬止まる。しかしそれは本当に一瞬ですぐに手を動かし始めた。
「…………何でわかったの?」
「やっぱり来てたのか………。でも、本当に怪我はしてないんだよね?」
「質問してるのは僕。」
カオスは完全に手を止めると今までに視たことのない関心を持った瞳をゼロへと向けた。
「そうだったね。えーと。この洞窟の入り口付近に昨日まで無かった戦闘の跡が残ってたっていうのは駄目かな?」
「でも、モンスターとの戦闘の可能性もある。」
「実は前にナビから訊いたんだけどここに生息するモンスターって陸上系のみらしいんだ。そして、俺が勝手に決めさせてもらったこの場所の近辺のモンスターは比較的レベルの低いモンスターばかり。少なくとも斬撃系のモンスターはいない筈だ。でも、あった傷の中に深い切り込み線があった。確率的にはモンスターの可能性も無くはないけど。一番確率の高いプレイヤーの確率を訊いてみたんだ。」
カオスはゼロの話を最後まで聞き終えるとまたスケッチブックに眼を戻した。
「やっぱり、ゼロお兄ちゃんはスゴいね。そこまで考えてここを選んだんだ。二週間近くも僕をここに居させたのもよく知らない僕のレベルを測るためかな?こんなことならレオ兄ちゃんを殺そうとしなければよかった。」
カオスは溜め息混じりに声を漏らす。しかし口調はいつものままだ。
「カオスくん。人を殺すだとかそんな簡単に言ったらダメだよ。これはゲームじゃないんだ。キミには厳しい話かもしれないけど。このゲームで死んだら現実でも死んでしまうんだ。だから…………。」
「人を殺すような人になるな。ですか?」
カオスの言った一言にゼロは面食らってしまう。それはいままさにゼロの発しようとした言葉そのものだった。
カオスは深い闇を湛えた眼をスケッチブックへと向ける。
「駄目だよ。お兄ちゃん。これはゲームなんだからもっと楽しまないと。そして人を殺す殺さないじゃないんだよお兄ちゃん。ゲームは勝ち負けだけなの。だからね。僕は勝つんだ。このゲームに。」
カオスは辺りのスケッチブックを回収すると立ち上がった。
「お兄ちゃん。大丈夫だよ。お兄ちゃんが心配なのなら僕はずっとここにいるよ。このゲームが終わるまで。」
カオスはスタスタと洞窟の奥へと向かって歩いていく。以前、カオス本人から聴いた話では暗いところでないと眠れないらしい。
「あ、そうだ。お兄ちゃん。」
カオスはこちらを視ずに言う。
「また今度、遊んでね?もちろんゲームで。」
ゼロはカオスの後ろ姿を最後まで見送った。
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