第二部
ゼロは光の溶けた視界を命一杯に広げた。
目の前に広がる世界には赤く燃える火山のようなところや一面を白い世界で覆う氷山の一角のようなものが見える。
そして、ゼロの視界の先には広い大地に青々と茂った草原のような場所が━━━
「また、このパターンかよ!」
相変わらず捻りのない空中落下にゼロは嘆息した。捻りも何も地面へ激突しそうになっているのに悪態を吐くほど余裕があることからゼロの精神はかなり参っていることが想像できる。
しかし、今回落下を迎えているプレイヤーは彼だけではないらしい。そこらかしこにも落下途中のプレイヤーが見える。
「うわーーー!!」
こちらも捻りのない悲鳴が所々から風切り音とともに飛んできた。
この時、ゼロの数十メートル先に一人の草属性のプレイヤーの姿があった。彼女の悲鳴は甲高く耳を塞ぎたくなる程の轟音であったが、ゼロの次に起こそうとしているアクションのためには手を耳などにさく余裕は無い。
ゼロはバランスの取りにくい空中でどうにか脚を地面へと向け、腕は空をきるように平行に保った。
そして、ゼロの脚に地面が触れた瞬間。脚のバネを上手く曲げて落下の威力を殺しながら次に手を地面に据え大きく押した。この時、脚も跳躍するように跳ねらせ、バクテンのように身体を仰け反らせたゼロは最後に宙を舞っていた脚を優しく〈ドシン!〉地面へと着けた。
「ハァー。」
ゼロは溜め息を尽きながら先ほどのプレイヤーの方を向き直った。彼女はまだ落下中のようで手足を端つかせている。
このままでは危険だと判断し、ゼロは脚を彼女の方へと向けたが、その脚はブレーキを掛けたかのように急に止まってしまった。
「はあ?」
溜め息ではなく驚きの声を漏らしたゼロはその驚愕した情景をただ見守った。
草属性プレイヤーはキレイなピンク色のクッションの上へ落下していた。弾力的には布団に近いかもしれない。一命を取り留め彼女は安堵の声を漏らす。
しかし、彼女の思考はすぐに別の疑問へとたどり着いた。それはこのクッションがこれでもかと言うほどヌレヌレなのだ。
いや、彼女はクッションに着いた手を上へ持ち上げた。するとその尾を引くように透明な質感のヌルヌルが線を持って垂れていく。
バクン!!
そんな音が聞こえた気がした。彼女は薄暗い闇の中でまるでトイレの流水のように流れるヌルヌルに導かれ、クッションの下に続く穴の中へと落ちていった。
ゼロは動いていた。左腕のディスクから引き出したカードはウェポンカードだった。
『weaponカード!!』
左腕のデバイスが猛るように唸りを上げる。
ゼロの右手の中で神々しく発光したカードは次第にその形状を変えていき、そのまま飛び付くようにゼロの肩から下半身辺りをクロスさせるように巻き付いた。
その紐のようなモノから菱形状で漆黒に彩られた小さな凶器が6本ほどぶら下がっている。
ゼロは固定されているらしいそれから乱雑に二本剥ぎ取り両手に構える。
その角を鋭利なモノとした全長30センチ程の凶器はほどなくして黄緑色をした植物型モンスターの腸〈はらわた〉に穿たれた。
ゼロの素早い手付きで十文字型に切り開いた瓜のようなお腹からはドロッとした粘液と共に沢山の異物が溢れ出してきた。
そんな続々と排出される異物の中にこれまでよりも大きめなモノが含まれていた。
植物の中で消化の最中だったのか、その物体の腕、顔のマスクは溶けていて、そこから本来見えるべき筈の肉の姿も見えなかった。ゼロに見えたのは焼けたようにプスプスと鳴る骨の姿。
彼女はまだ意識があるようでテンポ感の無い途切れ途切れの息を吐いている。
「……私を……殺して……。」
それが彼女の出せる命一杯の力だったのだろう。彼女は自分の肉の溶ける痛みに必死に耐えてはいるが、身体が上手く動かせずピクピクと痙攣しているだけだった。
ゼロは彼女の横へゆっくりと膝を付き、彼女に声が聞こえるように耳元で囁く。
「……本当にいいんだな。」
彼女は返事こそしなかったが一度だけコクンと首を動かした。
ゼロは躊躇いなくその刃をプレイヤーの首筋に当てるとシュッと素早い剣技で相手の首を切り裂いた。
彼女は即死だった。
彼女の体が白い粒子となって空を飛んでいく。
ポン!!
上空のディスプレイも彼女の死を肯定していたが、どうやら亡くなったのは彼女だけではないらしい。
急速なスピードでこのゲームに参加したプレイヤー達はそのディスプレイに刻まれた自身の名を青く染めていく。
「…………。」
ゼロは歯をかみしめた。
━━━ゲームは既に始まっている━━━
ガヤガヤと世話しなく聞こえてくるのは人と人との話し声だった。
ここはイベントクエスト中央にある王都の庭園である。
イベントクエストとは通常のモノとは違い紛いなりにもストーリー性があるのだ。
だが、そこで問題なのはストーリーがどういうモノなのかということではなく。このイベントはどういうクエストなのかを理解しなければならないということにある。
例えば、プレイヤー同士で殺し合いをして生き残った者の勝ちやポイントとなる何かを手に入れそのポイントが最も高い者の勝ちなどである。
全てのプレイヤーは等しくこのゲーム状でのルールを知らない。だからこそ情報が必要なのだ。このゲームを生き残る為にも……。
ゼロは庭園を区切るブロック塀に腰掛けていた。ミイナからの情報により、この王都がストーリーの始まりの場所らしい。
おそらくここにいるプレイヤー達も同じ理由でここにいる筈だ。
しかし、人数的にいえばゲーム参加者の数が少なく見える。もしかしたらこの王都にいるだけでイベントの情報が手に入るのかもしれない。つまり、他のプレイヤー達もゼロの見えざる所でイベントの始まりを待っているということだ。
パーパララッパッパー!!
高らかなメロディーとともに王都中央に備えられた城の中から王様の雰囲気を纏うポチャリな厳つい男が王冠を頭に乗せマントを翻しながら姿を現した。
男は一度広場へ一礼すると顔に似つかない落ち着いた声で語り始めた。
「わが王国は今、未曽有のピンチに脅かされております。それというのもこの国には近年稀に視ない程のモンスター達が進行し、この近隣にある食物や動物達を食い荒らしてしまったためです。我々国王群もモンスター討伐のため英姿を集い対抗しましたが、奴らの前には歯が立たず、我らが仲間達が涙を飲み死んでいきました。なので我々は今日この日を持ちプロのモンスターハンターとされる方達を集わせていただきました。ハンターの皆様にはここで5人一組のチームを作って貰い。モンスターを討伐して来て貰います。勝手ながらではありますが、チーム分けは我々の方でさせていただきました。もちろん報酬もあります。それはモンスターのレベルに応じたポイントを皆様に配布させていただき、それにおおじた報酬とさせていただきます。最後となりましたが、皆さん。━━━」
王様は一呼吸置いた。
「━━━頑張ってきて下さい。」
王様の言葉と同士にゼロの頭上からテレポートの紋章が姿を現した。
おそらくこれにより、強制的にチームで分ける魂胆なのだろう。
ゼロは何の抵抗を見せることなく黙ってその紋章を受け入れた。
目の前に居たのは四名のプレイヤーだった。左から風、鋼、炎、無属性。
ゼロは塀へ寄りかかった格好のままの状態で後ろに生えた木に体を預けていた。
しばらくの間、沈黙が続いた。それもそうだろう。何の縁もゆかりもない、しかも正体も不明なもの達を誰が信用できるだろうか。しかし、それでもここにいるメンバーは同じ目的を抱えたチームなのである。
だが、ゼロには一人だけ見覚えのある顔があった。左から二番目のガタイのいい大男は腕を組ながら執拗に足を鳴らしている。どうやら大分苛立っているらしい。
ゼロは溜め息を尽きながら自分のデバイスの方へと視線を移し、それに刻まれた紋章へと語りかける。
「ミイナ、このイベントのルールを訊かせてくれ。」
その言葉が皆にも聞こえたようで三つの視線がこちらを向いた。
返事は瞬時に返ってきた。
『はいゼロ様。このイベントの主な仕様はモンスター討伐です。レベルによって異なるポイントを持つモンスターを倒すことでそのポイントがそちらにいらっしゃるゼロ様含む計五名のポイントとして加算されます。なお、報酬は上位10チーム、さらに参加賞は50チームまでです。』
「そ、それでそのポイントというのはやはり途中で死んだら無くなってしまうものなんですか?」
恐る恐る声を掛けてきたのは炎属性のプレイヤーだった。
他者からの質問であったが、ミイナは嫌な風な声も挙げずこちらもすぐに返事を返す。
『いいえ、これはあくまでもチーム戦です。確かにメンバー全員の死亡はポイントの消失となりますが、一人でも生き残っていればそのポイントがチームメンバー全員のポイントとなります。他にご質問は?』
「……いえ、ありません。ありがとうございました。」
ナビに対して礼を言うのも変だと想うがきっと彼は常日頃からそういう礼儀作法を徹底しているようだった。
その後も暫く沈黙。ミイナはそれを肯定と受け取り最後の説明を続けた。
『最後にこのイベント期間は1ヶ月となりますので。では、何か他に質問があればその時によんでください。』
デバイスの向こうで彼女はお辞儀をしていることだろう。その言葉をかわぎりに通信も途絶える。
最初に口を開いたのはゼロだった。
「とにかく、1ヶ月の期間もあるのでどこか俺達の陣地になるような所を捜しましょう。そこを拠点としてモンスターを倒せば多分上位に食い込める筈です。」
ゼロの発言に首を縦に振ったのは風属性の女性と炎属性の男性だった。
「おい?なんでテメーのチームみてーになってんだよ?あぁ?ふざけんてんじゃねーぞ!」
鋼属性のプレイヤーはゼロが最初にあった時と何も変わっておらず一方的な圧をこちらに向けてくる。
ここで争ってもいい結果は生まれない。ゼロにはその最悪の結果が見えていた。なのでゼロも敢えて反抗はせず言葉を紡ぐ。
「ごめん。」
男はそれを自分の勝利だと過信したのか次に目を付けたのは先ほどから全くこちらの話しに入ってこなかった無属性プレイヤーへと向けた。
そのプレイヤーは身長130センチ程の小学生ぐらいの体格だった。肉付きもよく見えずその体は細い。その目の前に立つ男と見比べてしまえば天と地ほどの差がある。しかも少年はしゃがみ込みながらどこから入手したのかスケッチブックに何かを描いているらしい。
「おい!テメー訊いてんのか?しかとしてんじゃねーぞ!」
男は地団駄を踏みながら怒りを少年にぶつけていたが少年は気付いていないのかそれとも興味がないのかスケッチブックの中へと没頭し続けたままだ。
それがまた彼の逆鱗に触れた。
「ふざけんなっていただろーがぁあ!!」
男は右の蹴りを無防備な少年の横っ腹にあてた。痛みの声こそ聞こえないが、少年はスケッチブックと共にフィールドの地面を滑る。
男はスッキリとした声でつげる。
「ハ!これで分かったか俺に逆らったらどうなるのか。テメーらもだぞ、俺に逆らったらその時は俺が直々にお前らを殺してやるよ。」
男は自身のデッキからカードを一枚引き、それをピラピラとさせながら話す。
ゼロはそれをくだらなそうに見ていたが、他の二名には効果があったらしい。その足は震えている。
「おい!何勝手なことしてんだよ!テメーだよ。デカい方の黒男。」
ゼロはスケッチブックを拾うとそれについていた汚れをパッパとはらい少年の元へと足を動かす。
手を地面に付けハイハイのような体制の少年は男を睨み付けているようだった。しかし、男の興味は今少年の方にはない。
「これ、君の大事なものなんだよね。」
そんな様子の少年にゼロはスケッチブックを手渡した。少年も視線をゼロへと向け、それを受け取った。
「……ありがとう。」
少年はか細い声であったが、確かに礼をゼロへと言った。
「どういたしまして。」
優しい微笑みを少年へと向けたゼロだが、フェイスマスクがそれを遮った。
その様子を面白くなさそうに睨む男は未だに怒鳴り声をあげていた。
「よーし!分かった。分かったぜ?テメーだ。テメーから殺す。覚悟しろやーーーーー!!!」
『weaponカード!!』『skillカード!!』
二つの声が重なる。と同時に決着はついた。
鋼属性は二本の棍棒を構えている。そして、ゼロは紅い瞳を男に向け、その首筋に黒光りした小型の凶器を立てながら続けた。
「俺の行動があんたの気に障ったんだったら誤るよ。でも、あまりに度が過ぎる行動をするんだったら俺は容赦しない。」
「くっ……。」
男は呻き、その武器から手を放した。ゼロもそれを見やり武器をしまう。そのやり取りを見続けていた傍観者の二名は呆然としている。
ゼロはみんなに言った。
「まずは自己紹介からしませんか?」
その声に応えるように皆が一同に集まった。先ほどまでえばっていた鋼属性の彼も毒気を抜かれたかのようにその輪の中へと入った。
━━━それにしてもこの子。さっきは凄い殺気を放ってたよな。
ゼロは隣に立つ少年を見た。
━━━多分、あのままだったら鋼属性の彼の方が……。
ゼロは一抹の不安を抱えながらもゲームの攻略へと脳を切り替えた。
バトルスピリッツソードアイズ楽しみです。




