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バスター・プレイヤーズ  作者: 16104
緊急クエスト
13/30

第十五部

モンスターは標的をゼロからグレイザーへと変更したようだ。


その証拠にゼロにトドメをさすことはなく、殺すことに研ぎ澄まされた瞳をグレイザーへと向けていた。


モンスターの羽根が振動し始めた。


これが始まってしまえば、少なくともここにいるプレイヤー達に勝ち目はない。


グレイザーも勿論、そんなプレイヤーの一人に過ぎない。


それでも、グレイザーの闘志は揺るぐことはなかった。それがたとえ、己の手が震えていたとしても、全身から冷や汗のようなものが流れているような気がしても……。


グレイザーは闘う。自分の守るべきモノのために。


モンスターはその一歩を踏み出した。


その足が地に触れてしまえば誰も追い付けない。そんな結果のみが分かっている絶望の一歩。


グレイザーはモンスターとは対照に動くことはなかった。剣を構えながらその蒼く灯った瞳で一点のみを見つめる。


グレイザーには集中力が必要だった。だからこそ、グレイザーはありとあらゆる雑念を棄てさる。


そう、回避するという思考さえも。


そして、モンスターがその絶対の一歩を踏み込んだ瞬間……。


グレイザーの目の前にモンスターが出現した。


モンスターは左のサーベルを天へ向けた状態で静止している。


そして、モンスターはまるで見えない壁に阻まれたかのように後方へと倒れていった。


「……なっ!!」


そんな声にもならない声が門の近くにいたプレイヤー達から発せられた。


とうのグレイザーは安堵の息を吐くと、一呼吸入れて倒れているモンスターへ向かう。


立場の逆転。これはさながら下剋上のようなイメージを彷彿とさせる。


グレイザーのスキルは単純なものだった。


グレイザーの有する氷属性とは基本、防御に優れた特性を持っている。


防御力じたいは鋼属性に劣るがその特質的な防御法が氷属性の魅力だった。


グレイザーの場合もそう、グレイザーは空間を凍らせ、モノの自由を奪うという方法を取っていたが、これは本来の力ではない。


本来は空間を固定することで、そこに最も強力な空間の壁を作りあらゆる攻撃から身を守るという力なのだ。


そして、その効果範囲はグレイザーの視野の範囲。しかも10秒間のあいだ集中して見た範囲のみという制約。


一見、使い勝手が悪そうに見えるが、壁は透明で常人の視界に捉えることは出来ず、しかも、集中することさえ出来れば効果範囲を視界一杯に広げられる強力な能力なのである。


それにより油断したモンスターは自身の速度そのものの威力を受け、今、地に伏しているのだ。




「アイツやったわね。」


ゼロの耳に届いたその声の主はゼロに青く光る手を乗せ、ゼロの傷を少しずつ回復させてくれた。


「……アサミさん。ありがとうございます……。」


徐々に意識を取り戻したゼロはその視界に入ったアサミに途切れるような声で礼を言う。


「今は喋らないで、傷口が開いてしまう。」


「あ、そうだ。あのモンスターは!?」


朧気ながら記憶を取り戻したゼロは反射的にそれを口にした。


傷口の回復と同時に湧き出てくる記憶にゼロ自身の血圧が上がってくるのを感じた。


「大丈夫。心配ないわ。……アイツが……ヤマザキ君があのモンスターを倒してくれた。」


そんなゼロをアサミは相手を落ち着かせるような優しい声音で話す。


それを聞いて、ゼロはアサミの視線の先にあるものを見つめた。


そこには細身の剣を携えたグレイザーことヤマザキさんと今まさにグレイザーに倒されそうになっているモンスターの姿。


グレイザーは剣をなぐようなことはせず、一撃でモンスターを仕留めようと頭部めがけ槍のようにその剣を振るおうとするところだった。


しかし、ゼロは視てしまった。衝撃のあまり一瞬、自分の身体の状態を忘れてしまう。


ゼロの口が開いた。わなわなと震える唇とは裏腹にゼロは全力の声をグレイザーへと飛ばした。


「ダメだ!!ヤマザキさん!!」


アサミはゼロが突然何を言い出したのか分からないようすだった。


そして、ゼロの声とグレイザーの体へサーベルが突き刺さったのはほぼ同時だった。


グレイザーの剣はモンスターの頭部に刺さっているように見えるが、モンスターが上体を起こしているところを見ると首を動かしかわしたのだろう。


ゼロが見たのは、一見、気絶しているように見えたモンスターの左腕から光のサーベルが迸っていたところだった。


グレイザーにそこは死角となっており、グレイザーは油断した。


モンスターはグレイザーに蹴りを放ち、交わる胴体とサーベルを分断した。


グレイザーは地面を転がり、今も痛む腹部を左手で抑えつける。


モンスターはひょいっと身体を起こし、まるで何事もなかったかのように体の関節を回していた。


「━━━このヤロォォオオーーー!!!」


溢れ出る負の感情をゼロは止めることが出来なかった。


ゼロに残ったのはモンスターに対しての怒りと殺意、そして、また人を守ることの出来なかった自分への嫌悪の気持ち。


ゼロの思考では最早、何を最優先にすべきなのかを図ることが出来なかった。


しかし、ゼロのその手は自然と左腕へと向けられた。


そして、ゼロは無意識の内にデッキからカードを一枚手に入れる。


そのカードはシールドカードであった。


いつの間にか手にあったカードを見て、ゼロははがみする。


そんなゼロよりも先にモンスターへと向かう人影が視られた。


水の鞭を取り、モンスターへと突撃する。


「━━━アサミさん!!」


手を伸ばすも傷付いた体はゼロの思い通りに動かない。


アサミは鞭を縦横無尽に振るった。攻防一体のその攻撃は並のモンスターなら確実に倒せたであろう。攻撃だった。


そう並みのモンスターなら━━━。


一撃だった。


モンスターのたった一振りがアサミを切り裂く。


アサミは前方へ血飛沫を撒き散らしながら前のめりに伏せていった。


ポン!!


「━━━━━━━っ!!!!!!!!!」


ゼロは絶叫した。喉が潰れる程の嘆きを怒りを空気中に吐き出す。


それでも起こってしまった現実は止まらない。ゼロの腕に力が加わっていき握り締められたカードはクシャクシャになった。


モンスターは突如、キョロキョロと辺りを見回し始めた。


そしてターゲットとなる獲物を発見すると次はそちらに向きを直した。


悲鳴が聞こえる。


恐怖に支配され、何も抵抗が出来なくなった存在。


ゼロはがむしゃらにカードを引いた。願うのはただ一つ、人を、あそこにいる人だけでも護れるような力がほしいというもの。


次にデッキから現れたのはスキルカードであった。


ゼロはそれをスキャンする。


『skillカード!!』


絶望の中の一筋の希望。


血涙を流しながらゼロは軋む体を無理やりに起こしてダッシュした。ターゲットは赤色のモンスター。


モンスターは羽根を振動させていた。パタパタとまるでターボのように。


ゼロは手を伸ばした。今度の手は人を止めるためのモノではない。脅威から人を護る為に伸ばされたモノだった。


しかし、とどかない。どんなに手を伸ばそうと思いを振り絞ろうと、現実という壁はゲームの中でさえ立ちふさがった。


モンスターの一歩が踏み込まれた瞬間。ゼロとモンスターの距離が離されていく。


そしてゼロが最後まで見た光景は、一人一人の命を簡単に刈り取ってゆく、悪魔の姿だった。




「グレイザーさん!!」


ゼロはグレイザーの元へ駆け寄っていった。


腹部に刻まれた傷から血液が流れていくごとにグレイザーの生命力が低下していくのをゼロは感じた。


そんなグレイザーの姿みて、ゼロは今まで眼に溜めていたものを出さずにはいられなかった。


「……すみません。本当にすみませんでした。」


同じ言葉を繰り返すゼロにグレイザーは確認の為か、本当に何があったのかわからなかったのか、一言だけなげかけた。


「……みん…な……は?」


ゼロはグレイザーの腕を強く握りながら


「……死にました………。」


と、一言だけ述べた。


グレイザーはそうかと軽く返事をした後、少し悩むように顔を下げ、また正面を向いた。


ゼロは怒鳴られるのを覚悟でその言葉を待ったが、グレイザーの口から出た言葉は罵声でも、ましてや非難の言葉でもなかった。


「………ゼロくん…ありがとう。ぼくら…のた…に………━━━━。」


そこでグレイザーの身体は光の粒子となって仮想の空を駆けていった。


「……ずるい………ですか。」


ゼロはコロシアムの硬い地面を叩いた。何度も何度も手に血が浮かぶまで何度も。


「ずるいじゃないですかぁぁぁあ!!!!!」


どれだけ声を張り上げてもこの声は一人にしか伝わらなかった。


その一人、一体は騒がしい方へくるっと視界を向けると撃滅体制を取る。


羽根が振動し始めた。


ゼロは恨めしくその羽根を睨む。


━━━あれさえなければ、あれさえ!!


そんな言い訳じみた自分の思考にも嫌気のさす自分がいた。


それはもう勝ち負けではなく、ただ結果を受け入れたくない一心で作った心の防壁なのだということも理解する。


この防壁が崩れてしまえば、次に自分がどんな行動に出るのかさえ予測が出来ない。


だからこそ、むやみに崩すことが出来ない。


今は無理でもまだ続くこの先のゲームを続けてゆくためにも、グレイザーの意志を繋いでゆくためにもここは踏みとどまる場面だと必死で心を抑え込む。


ゼロは身体から力を抜いた。


ゼロはただ、死を受け入れたのだ。


今ならナメクジのようなモンスターに踏み潰され死んでいった雷属性のプレイヤーの気持ちが分かったような気がした。


ゼロはあくまで闘争の眼でモンスターを睨み付ける。


モンスターの身体が一瞬、ピクンと反応した。


マスクで顔が隠れていたとしてもその獰猛な眼差しはモンスターにも何かを感じさせたように想えた。


だが、それは違った。


モンスターは後ろを振り向こうとグルッと体を捻ったが、その動きに合わせ、まるでモンスターの背に貼りつくように相手の死角に入ったプレイヤーをゼロは視界の端に捉えた。


プレイヤーは全身真っ白の初期装備の出で立ちで右手には西洋のモノとおぼしき剣を携えている。


プレイヤーはそれを振るうと的確に相手の背にある羽根の片方を切り落とした。


それにより、モンスターは相手の位置を掴んだようだが、もう遅い。


続けざまの二撃目も直撃し、もう片方の羽根も宙を舞う。


モンスターは背面に潜むプレイヤーに左のサーベルを振るった。


その斬撃は光属性プレイヤーの剣の中に収まる。


睨み合いながら剣をはじき合い、お互いに距離を取った。


ゼロにはこのプレイヤーに見覚えがあった。ナメクジモンスターの際に暴力的な斬撃を叩きこんでいたプレイヤーだ。


プレイヤー名はハク。このゲームで第三位とされる実力者。


ハクはカードを一枚ドローした。


それを見やり、すぐさまスキャンする。


『weaponカード!!』


カードが光りその形状を変えたそれは細く長く伸びた長剣であった。


ハクは長剣と剣を左右に持ち二刀の構えを取る。


モンスターは失った羽根を労う姿勢は見せず、獲物への興味と渇いた戦闘本能を潤すために白いプレイヤーと対峙した。


先に動いたのはモンスターの方だった。


左腕のサーベルを中段に構えながらハクに詰め寄る。


ハクは右の長剣をモンスターへ穿つ。


しかし、これはモンスターのサイドステップのみで回避されてしまった。


背後を取ったモンスターはサーベルをがら空き状態の背中へ振るう。


ハクはまるでその行動をよんでいたかのように振り向き、左の剣でサーベルを弾く。


そして、ハクは左足を軸に回転しながらがら空きのモンスターの背へ長剣を振るった。


モンスターも回避しようと離れるも、遠心力によってスピードを増した剣は風を切り裂きながらモンスターをも切り裂いた。


緑色の液体が宙を舞う。


しかしこれは相手の背を浅く斬りつける程度におさまった。


モンスターは斬りつけられたことに激怒したのか叫ぶが、ハクの放つ二本の剣技に防戦一方の様子だった。


それでもハクの攻撃はヒットしない。かわされ、時にサーベルでブロックされる。モンスターには掠り傷程度しか浴びせることが出来ずにいた。


「ーーーーーーーー!!!」


モンスターは吠えた。それは攻撃に出ることの出来ない自分への怒りかそれともハクにかその判断はゼロにはできない。


ゼロに判断できたのはハクが右の剣のみで攻撃していたことだけだった。


その行動はまるでモンスターを煽っているようにみえる。


それを裏付けるかのようにモンスターの攻撃は単調なものとなっていった。


そして━━━━


ハクの長剣がモンスターの腹を抉った。


パックリと開いた傷口から血液が零れる。


さらにハクはよろけたモンスターの肩へ剣を差し込み、思いっ切り吹っ飛ばす。


モンスターは地に縫い付けられ、そのまま動かなくなった。


これが第三位の実力なのだとゼロは実感した。あれほどの人数で倒せなかった相手をこのプレイヤーは一人で撃破してしまったのだ。


ハクとゼロの力の差は歴然。モンスターの腕を落としたグレイザーと比べても答えは同じである。


ゼロはふらっと立ち上がった。痛みは無くなっていたが、全身の痺れと寒気が感じられた。しかしこれもあと数秒の辛抱だ。最早、ゼロの気にとめることではない。


「……ありがとうございました。」


ゼロは自身の出来る精一杯の礼を下げた。


そんなゼロの姿をハクは一目見ながら告げる。


「礼はいらねー。そんなの命の足しにもならねーからな。」


「……くっ。」


ゼロは歯を軋ませながら、その言葉を呑み込んだ。このゲームでは力が全てなのだ。力のない者は次々と死んでしまう強者のゲーム。そんな弱者の枠にゼロは含まれている。そして、目の前に佇む白いプレイヤーこそが、強者であり、勝者でもある。敗者には言葉も許されることではない。


「お前、悔しいのか?」


ハクはゼロの方を向きながら珍しいモノでも見たかのように話しをした。


「…………笑いますか?」


「いいや。それは俺にはどうでもいいことだ。それに…………そんなに悔しいんだったら死ぬ気で強くなれよ。」


ゼロは嗚咽を堪えることが出来なかった。今までの緊迫していた空気に押し留められていた感情が沸き立つ。


「だがな━━━」


ハクは長剣を横になぎ、更にそれを自分の顔面スレスレの所へ差し込んだ。


その後ろにいたモンスターは両腕を失いながらも口元を針のように尖らせていた。


しかし、その針をパックリと割るように剣が貫かれている。


「━━━俺の邪魔をするのなら消す。」


今度こそ絶命だった。


ゼロは突然の事態に身動きを取れなかったが、代わりに全ての終わりを告げるブザーがフィールドを駆け抜けた。


『クエストクリア』


久しく、耳に届いていなかったその言葉は紛れもない。終わりを示す。


だが、ゼロはそれと同時に思う。


「……俺はこんな終わりの挨拶を聞く為に闘ってきたんじゃない。……俺は人を仲間を救いたかったのに………。」


心に込めた想いがはちきれたかのように外へ出る。


ゼロに残されたモノは敗北と挫折。


『クエスト生存者26名、討伐者光属性ハク』


「━━━少なくとも、今、生存している24人よりもお前は強い。」


それはゼロへと同情なのか励ましなのか、ハクはそれ以上なにも言わず、コロシアムを離れていく。


『マイページへ移行します。皆様、お疲れ様でした。』


世界が光りに包まれた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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