第十四部
多少、話しの増設をさせていただきました。
生きた心地はしなかった。
ただ、自分はたまたま殺されなかっただけなのだとゼロは思った。
自分の頬を伝う仮想の汗を拭ってみるもそれはただの返り血。
さらに汚れた手が震えているのを自覚しつつ、震えを止めようともう一つの手で力強く腕を握った。
「……いやー。今回の敵も強いな。」
グレイザーもまた自身の腕を強く握っていた。しかしこちらは直接的ダメージにより腕を切断されており、止血の為にしていることだった。
「ヤマザキさん。すみません今、止血を……。」
慌てたゼロは自分の裾辺りを破って布代わりにしようと手を動かすが、出てきたのは一枚のカードだけだった。
「あ、ああ……。」
ゼロは困惑していた。
血に慣れていないのも理由の一つだが、一番の理由は守るべき人を守れなかったという後悔だ。しかも、自分の目の前で……。
手が届く位置にいたのに守れなかった。そんな感情がゼロの心を濁らせていく、血液の流れも悪いのか嫌な汗もかいてきた気がした。
「落ち着いてゼロ君。止血はいいからキミは相手の警戒をしてくれ。」
そんなゼロの様子にいち早く気付いたのはグレイザーだった。
彼の腕の痛みは相当なはずだが、それでも彼の心は折れていない。確かに緊急クエスト慣れしていることも理由の一つと言えるが一番の理由は守る物があるからであろう。
自分の心が折れてしまっては周りが死ぬ。それをグレイザーは理解していた。だからこそ冷静に物事を判断する。
彼の心にはただ、仲間を助けたいという強い意志のみが渦巻いていた。
グレイザーは落ちた右手に握られていた剣を左手で取ると臨戦体勢へと移行した。
しかし、出血は止まることなくダラダラと汗のように流れていく、こんな状態で闘えばまず助からないであろう。
そんなグレイザーに声を掛けられないゼロではなかった。
「ダメですヤマザキさん!その状態で闘ったら死んでしまいます!!」
ゼロは恐怖で閉ざされた口から出せる精一杯の声を絞り出して叫んだ。
「あなたが死んじゃだめだ。少しの間でしたけどあなたの姿を見て俺、思ったんです。あなたみたいに強く、それでいて優しい人は死んじゃいけない。このゲームのプレイヤー達にはあなたみたいな支えが必要なんですよ。」
ゼロの心は一杯一杯だった。もうこれ以上苦しみたくない。これ以上闘いたくない。でも、人が死んでいく姿は見たくない。そんな葛藤がゼロの心を何色にも染めていく。
「……ゼロ君、キミ、そんなことを……。」
ゼロは震える手を強く握りしめる。同時に手に持っていた刀にもより一層の力を込めた。
「だから━━━。」
ゼロは自身を奮い立たせた。
今、自分に何が出来るのか。
葛藤はまだ続いている。それでも彼自身の覚悟は決まっていた。
心で決めたのではない。そして、それは本能が何かを考えるよりも先に言葉となって発せられた。
「━━━俺がやります!!」
「待つんだゼロ君!!」
グレイザーの声が届く前にゼロはモンスターへと駆けた。
ゼロの装備は刀のみ、はたから視ればそれは自殺行為以外の何者でもなかった。
しかし、彼の身体は動いた。
決して脅えてなかった訳ではない。むしろ恐れ、一時は戦意を喪失しかけた。
だが、たとえ瀕死の状態になろうとも仲間の為に努力しようとするグレイザーのその姿勢にゼロは心打たれた。
何故なら、グレイザーのその姿勢こそがゼロ自身が実現しようとした夢の姿だったからである。
それは、ゼロに絶大な活力を与えてくれた。夢を夢ではなく実現している人がいる。これほどまでに心強い味方はいない。
ゼロには死ぬ覚悟が出来ていた。しかし、それは負ける為の闘いではない。自分の夢を守る、そんな自分との闘いだった。
ゼロは駆ける。相手との距離はおよそ20メートル。
しかし、ゼロはその20メートルという名の時間を無駄にはしない。
恐怖を断ち切った覚悟の姿勢でゼロはひたすら脳を回転させる。
━━━アイツの力、あのスピードは加速系じゃないよな。一定ではない爆発的スピード。そういうのには基本チャージの時間が必要な筈。だとしたらやっぱり…………。
ゼロはモンスターの射程へと侵入した。
━━━速攻あるのみ!!
『skillカード!!』
ゼロの眼が紅に染まる。一分間の激闘が始まった。
モンスターの横なぎの一閃がきた。
ペースは遅いが明らかに他のモンスター、プレイヤーの攻撃よりも速い。
ゼロは重心を低くし、これをかわす。続けざまに刀を振り切ろうと構えるが、頭上からきた二撃目がゼロの刀を防御へと移させた。
しかし、考えがあまかった。
ゼロは最初、ゆったりと落ちてくるこの攻撃を刀でいなしてモンスターに一撃を当てようと考えていた。
だが、刀とサーベルが触れた瞬間、莫大なエネルギーの塊がゼロの刀へと流れていき、終いにはエネルギーに耐えられなくなったゼロの手から刀が離れていった。
もちろん、離れていくシーンもスローだ。
刀を飛ばした一撃はその勢いを失い、少しバウンドしていた。
しかし、問題なのはここからだった。初撃で使用された左の一閃が同じラインを引くように戻ってきたからである。そのライン上にはしっかりとゼロの頭が置かれていた。
かわそうと心みようとしたが、刀を飛ばされた衝撃で、ゼロの体は仰け反ったような体勢を取っている。
サーベルが迫った。
━━━このままじゃ!!
次にゼロが取った行動はシンプルだ。まだ動ける胴体を右側にひねり左足を上げる。
そして、モンスターの迫り来るハサミの方にミドルの蹴りを当てた。〈勢いは先ほど刀を飛ばされた勢いを利用した。〉
ジャストに当てた蹴りはモンスターの左腕を払うには充分な威力だった。それによりゼロの膝に斬り込み線が生まれたが、それは些細なことだ。命より、惜しくはない。
泣き崩しに倒れたゼロは捻った回転に乗せて自身を転がした。
そこに振るわれた右のサーベルは地面を破壊する。破壊された粒はゆっくりと四方八方へと散らされた。
ゼロは体勢を立て直し、その紅い眼を一点へと向ける。そこにあったのは宙を舞う刀の姿だった。
ゼロは走った。武器を手に入れるために。
ゼロの身体強化スキルは確かに強い。しかし、あくまでこれは身体強化なのであって彼の手元にないものは効果範囲に適応されないのだ。例えばデッキ。これは機械で固定されているものであり、彼自身のスキルは適応されない。つまり、今のゼロには新たに武器を召喚することが出来ない。
武器までの距離は1メートル弱。簡単に手の届く筈のこの距離はゼロにとって生死を分ける。
モンスターもゼロを追いかけ動き出す。
この加速世界は常人には入ることが出来ない。ゼロはこれをカードをパスとして使用することで補っていた。つまり、ドーピングによって力を手に入れていた。
しかし、このモンスターは違った。確かに速度は遅いかもしれない。
それでもゼロより少し遅い程度。モンスターは確かに化け物だが、このモンスターは異常な程の化け物だった。
ゼロは刀を手に取る。しかし、振り向くことが出来ない。ゼロは硬い地面に飛び込んだ。
そこに背後からきた鋭い突きがゼロの体スレスレを通過する。
モンスターは続けて突きを繰り出したが、それはゼロの的確な剣裁きでいなしていった。
━━━っ!!
そして、ゼロは距離を取った。いや、取らざるをえなかった。
何故なら、モンスターの背後にあったあの虹色の羽が振動し始めたからである。
この極限の場面で後手にまわることは死を意味しているのに等しい行いだ。
しかし、動けない。理由など明白である。知ってしまっているからだ。その強さを。
ゼロは構える。
そして、モンスターの右足が一歩前へ出て━━━すぐさま二歩目が前へ出た。
モンスターは加速世界を駆けていた。この高速の世界を迷いなく走っている。
もともとゼロとモンスターの距離は短い。走ったといってもそれは対した距離ではなかった。
ガリガリガリガリガリ!!!!
だからこそ、お互いの刀とサーベルはすぐさま交わった。刀が光の剣で削られていく音が反響するようにずっしりと重くゆっくりと響いていく。
そして、ゼロは改めて感じたのだった。このモンスターの強さ。さらにその速さを。
ゼロにはモンスターの能力がどういうモノなのか一度見て経験したからこそおおよその検討はついていた。それはおそらく自身の速度を上げるモノだと。
だが、速度まではゼロには予想出来ない。だからこそあえてモンスターの攻撃を受けたのだが……。
モンスターの攻撃がゼロの全身を包む。そのたびにゼロは時に刀でいなし、時に蹴りで軌道を逸らすなど試みるが、速度で負けていたゼロには攻撃の一手を見いだすことが出来なかった。それどころか抉られたような切り傷が増えていく。
絶望的だった。しかし、一番に絶望的だったのはゼロのスキルの効力が切れたことだった。
ゼロの瞳が黄色く輝いた。その瞬間。
重い衝撃がゼロの両腕に掛かった。その衝撃にゼロは耐えきれずそのままポーンと後方へ吹き飛ばされる。
その時、ゼロの刀は音も無く崩れていき、今まで忘れられていた音という音が、噴水のようにコロシアム内に轟いた。
ゼロは受け身を取れずに背中からもろに地面へと激突した。しかし、衝撃はまだ収まっておらずさらに数メートル転がることでようやくゼロの動きが停止する。
ゼロの身体は誰から視てもボロボロだった。
泥や砂の汚れは当たり前、さらにそこには抉れた傷から漏れる赤い液が付着していき、その色を赤黒く染め上げる。
モンスターもその能力が止まったのか、先ほどゼロが吹っ飛ばされた地点にそのまま存在していた。
そして、一歩、また一歩とモンスターは歩みを進めた。もちろん行き先にはボロ雑巾のように寝そべるだけのゼロの姿があった。
門の前で立ち尽くしていたプレイヤー達には、今の光景がまったく理解できていなかった。
いや、理解は出来ていた。ゼロがあのモンスターと闘っていたであろうことは状況から視て判断できた。
しかし、それだけなのだ。ゼロとモンスターがいったいどんな闘いをしたのかまでは分からない。
気が付いた時には決着していた。ゼロの敗北という形で。
そして、プレイヤー達はそれぞれに思い知ったのだった。
自分達と相手とのその余りにも離れすぎている時限の違いに。
ゼロの視界はボヤケていた。しかし、今まで生きてきた中でこんなに気持ち悪くない目眩は初めての体験だった。
身体は動かない。しかし、幸か不幸か首だけは動いた。それでもゼンマイ仕掛けのブリキ人形のように重くそれでいて関節の擦れたような音がゼロの中に響く。
ゼロの世界に見えたのは赤く染まった大地とその奥に佇むこれまた赤い巨人。
赤い巨人はゆったりとゼロの方へ近づいてきた。そして、その度に赤い大地は波打つ。
さらに赤い巨人は白い棒を両腕から出現させた。
白い棒には光沢のようなものが視られたがこれは光沢というよりも棒自身から発せられた光のようにも見える。
そんな光にゼロの眼は釘付けとなった。ここまで美しい光は今まで視たことがないような気さえする。
現実世界での光をゼロは嫌っていた。
あのただ暑いだけの輝きはゼロの皮膚を焼き漕がすだけ焼き漕がすと何の詫び入れもなく夜には姿を消す。そして、朝にはまたその姿を現しゼロを焼く。それはまだ幼かったゼロには恐ろしいことのように感じてしまい。それから数十年ゼロは太陽というものに向き合ったことがない。
だからこそ、そのゼロの心を掴む光はゼロにはとても美しいモノに感じられた。
ある一人のプレイヤーにはこんな風景が浮かんでいた。
赤い血だまりに沈まったゼロに近付く一体のモンスター。
モンスターの両腕からは光のサーベルが生え。いつでも攻撃が出来る体勢である。
ゼロとモンスターとの距離は5メートルもない。そして、その距離こそがゼロの寿命の長さでもあった。
モンスターはサーベルを上空へと掲げた。
太陽と交わった光のサーベルは眩くも美しい光をコロシアム内に届かせる。
そして、モンスターはその光を思い切りゼロへと振り切った。
それはゼロの心を掴んだ光だった。だがそれはこれからゼロのライフを奪うであろう悪魔の輝きでもあった。
悲鳴は聞こえなかった。
周りにいたプレイヤー達も声を出すことはなく生唾を飲むのみだった。
その視線の先にはモンスターがいた。
光沢のある赤いボディを持ち、両の手には光のサーベル。しかもその片方はいましがたゼロという一人のプレイヤーに振り下ろされたところだった。
しかし、絶命の一撃はゼロへは届いていない。
光のサーベルは空中に固定されていた。
モンスターは疑問符を浮かべることなく、ある一点の箇所を睨んだ。
その瞳を見ただけで失神してしまうのではと懸念されるほどの眼力だ。睨まれていない奴でも意識が飛びそうなのにその睨まれているであろうモノは正気を保っていられているのだろうか。
一人のプレイヤーは脅えつつも、モンスターの視線に合わせてそちらを向いた。
「━━━その人は殺らせませんよ。」
そこにいたのは白い装甲を纏い、左手には細剣を携えた男の姿があった。
男は蒼い瞳をモンスターへ向けるとモンスターに臆することなく告げる。
「そんなに殺り合いたいのなら、僕と殺りましょう。」
モンスターは視線を己の肩の位置へ移すともう一つの腕を持ち上げ、何の迷いもなく肩から腕を切断した。
「でも、僕は手加減できませんよ。」
男の眼が淡く光だす。その瞳に移るのは紫色のモンスターの姿。
モンスターは宙で静止した腕に一瞥もくれず、再びターゲットとなるプレイヤーに視線を向けた。
この瞬間。
一人と一体の死線が交差した。
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