第十三部
ゼロ達は全長数十メートルの堅牢な門の前に立ち並んでいた。
ここはあの洞窟から数十キロ離れた古風な建造物の前である。
苔など雑草が生い茂った外壁はドーム状になっており、入口と呼べるものはこの門しかない。
上空から攻めるという手も無くはないが、古びているわりにヒビ一つ無いその外壁を50メートル以上登るのは不可能だろう。
もう一つ付け加えるなら飛行能力を持つプレイヤーはこのメンバーにはいなかった。
しかし、それを補う程の実力はある。
ここに来るまでに数十体に及ぶ『ギーガー』の群れを討伐したのだが、ハッキリ言うと瞬殺。一人頭、1.5体を軽々と倒してしまった。
だがそれは、それ程までの実力を伴っているメンバーでさえ畏れる力を緊急モンスターが所持していることを示していた。
グレイザーは前へと進んだ。
その後ろを他のメンバーも無言でついて行く。
グレイザーは両の手を門へと当て、ゆっくりとそれを開けてゆく。
ギギギと鈍い音を立てながら門が全開となった。
グレイザーは一度、後ろに首を向けた。
「いくぞ。」
メンバー全員が首を縦に振ったのを確認するとグレイザーは迷うことなく先頭を歩んでいった。
コロシアムの中はどんよりと薄暗い空気が立ち込めていた。空は快晴で、このコロシアム内にも光は入ってきてはいるが、それでも暗い。
その元凶とも言うべきモノは前方の丁度、コロシアムの壁が作る影の中から現れた。
特徴的なのは頭から生えた二本の角、形は歪んでいるが、しっかりとその矛先はこちらに向いていた。
眼は血気盛んに燃えており、突き出されている顎からはこちらも頑丈そうな二本の牙が天を向いて伸びている。
猫背ではあるが、それでも十メートルはくだらない化け物がそこにいた。
「あれが、緊急モンスターですか。」
ゼロは相手を刺激しないよう努めて静かな声でグレイザーに疑問を投げかけた。
「いや、あれは『ギーガー』のボスだ。名前は『グランガー』だったかな?……とにかく奴じゃない。」
グランガーはその丸々としたお腹に空気を溜め込んだ。徐々に膨らむそれにメンバーは警戒を強める。
━━━何か来る!!
最初に動いたのは土属性の女性だった。カードをスキャンし、その手に小型の箱を持ったかと思うとそれを相手の顔面目掛けて投擲した。
「グギャャャャアアアアアア!!!!」
放物線を描くことなく真っ直ぐに延びていく箱だったが、その勢いは口を開いたグランガーの地面をも揺らす咆哮によって相殺され、地面へと転がった。
そして、変化が起こる。
それは前後左右とゼロ達を囲むように突如、召喚された『ギーガー』達であった。
数はざっと見回しただけでも100を越えているものと推測が出来た。
プレイヤー達はそれぞれ武器を構えた。目標は一つである。
「まあ、これも予想通りだったな。だが、これからが問題だ。」
一拍置いて
「……みんな死ぬんじゃねーぞ!!」
「「「おおーー!!」」」
ボカーーーン!!
爆発音が戦闘開始の合図となった。音源は前方、先程の箱があった場所からだ。
数十体の『ギーガー』を一撃で葬った場所は黒い噴煙が立ち込めている。
プレイヤー達は『ギーガー』を確実に仕留めていった。それぞれ味方を助けるということを忘れず生き残る為に死力を尽くす。
「グギャャャャアアアアアア!!!!」
そんなゼロ達の姿、または血の匂いに惹かれたのかその赤き瞳を血に染め上げ、ギーガーのボスは突進してくる。
ターゲットはグレイザーだ。
「……来るんですか?━━━」
『skillカード!!』
「━━━でも、僕は手加減なしですよ━━━。」
キーーーン!!
グレイザーは己の光る細剣をスキャナーの表面に軽く叩くと、蒼く輝いた右の瞳をグランガーに向けた。
グランガーは何かを感じとったのかその巨体を少し震わせたかと思うと次の瞬間には左足に力を込め横へと逃げた。
パキン!
グランガーの左腕が凍結した。いや、正確には左腕だけが明らかに血色の悪そうな色となって止まっていた。
グレイザーに向けられていた運動エネルギーは全て、グランガーの腕と胴の間に加わる。
それは何の音も発することなく、ポンとまるでパーツかのように引きちぎれた。
グランガーはその傷口の激痛に叫ぶ。だが、それでもグランガーの左腕は宙に止まったままである。
━━━空間凍結!!
ゼロはその光景に絶句した。もしあれがモンスターに直撃していたら、おそらく勝負は決着していたであろう。
「この力は強いですが弱点がありましてね?これは僕の好きな空間を止められる変わりにその空間を凍結するのに十秒かかる。それに撃てるのは二発。だから………。」
『skillカード!!』
「次はあてるのよ。」
いつの間にかグランガーの後方に位置していたアサミは背から伸びた二本の鞭をグランガーの上段、下段と絡めていく。
腕に絡み付いた鞭をグランガーも剥がそうともがいていたが、鞭は水で出来ているらしく、攻撃は空振っていた。
そんな光景をグレイザーは蒼く輝いた左目で見つめる。
グランガーの耳障りな絶叫が止まった。
しかし、こちらにはまだ複数頭のギーガーが残っている。
脱落したプレイヤーはいないが、みな手傷を負いボロボロの状態だった。それは勿論ゼロも例外ではない。
━━━このままじゃ、全滅する。
ゼロはそれでも諦めず刀を振るうがそれでも結果は見えていた。しかし━━━。
「みんな逃げろ!!」
『skillカード!!』
一人のプレイヤーはそう叫ぶと手を上空に挙げ無防備に己の体をさらした。
もちろん敵はそのプレイヤーを狙いに徒党を組んだが、プレイヤーの手中から出現した黒い渦のような物に一体、また一体と吸い込まれていく。
「やめてやめてよ!」
一人のプレイヤーはそう叫ぶが、彼女の腕を強引に引っ張る別のプレイヤーによって距離を取っていく形となっている。
残されたプレイヤーも渦を展開させるプレイヤーから出来るだけ遠ざかるように動いた。
事態を呑み込めないゼロだったが、明らかに焦っているプレイヤー達を視て、それに続くようにとにかく走った。
「オオオオオオォォォォォ!!!」
遠くに見える闇属性のプレイヤーはさらに渦を肥大させていき、自信もその渦の中へと消えていく。
ゼロは呼吸を整え、近くにいたプレイヤーに話し掛ける。
「あれってなんなんですか?」
返答は早かった。しかし、その声は相手を惜しむような感傷的な声だ。
「あれは、周囲の物をとにかく飲み込むブラックホールのようなものだ。効果範囲は狭いんだが、さっきの場所だったら俺達は確実に飲み込まれてた。」
今も展開される黒い渦は、モンスター達を片っ端から吸い込んでいく。
「……あの人死ぬ気なのよ。」
ポツリと別のプレイヤーは言葉を漏らした。それはさっき叫んでいたプレイヤーのモノだった。
「え、それはどういう意味ですか?」
あまりの唐突な意見にゼロは疑問を投げ掛けた。
「あれは実際、特定のポイントに設置して使用するモノなの。でも、ここでそんなのを使ったら私達が死ぬかもしれない。だからと言ってこのまま闘っていても私達はきっと死んでしまう。だからあの人はポイントを自分にして私達を………私なんかを………。」
プレイヤーはその場に沈み嗚咽を漏らした。
ゼロにはその仮面の中を視ることは出来ないが、彼女が泣いていることだけは分かる。
そして、それがどういう意味かも……。
「みんな!ここは退散しましょう!」
みんなと合流したグレイザーは開口一番にそう言った。
「ふざけんなよ!」
ゴツ!
鈍い音が響いた。それはプレイヤーの一人がグレイザーを殴ったことによるモノだ。
「お前はいま言ってる意味、分かってんのか!?今、逃げたらアイツが俺達につくってくれたモンスター討伐のチャンスを踏みにじることになるんだぞ!」
「分かってないのはお前だ!!」
グレイザーは怒りに震えた彼の言葉を針のある真っ直ぐな言葉で遮った。
そして、グレイザーはより一層、力のこもった声でそのプレイヤーに語り掛ける。
「お前ら3人が、現実世界で繋がりのあることなんて知ってる。ライフが1つしかないことも。だがな……じゃあアイツがなんで、自分を犠牲にしようとしたのか、考えろ!」
プレイヤーはそれ以上、口を開くことなくただ顔を伏せ、自身の拳を握り潰した。
「とにかくここから離れるぞ!深い傷をおってる奴はいるか?」
「それは私が治しといたわ。」
アサミの言葉通り、辺りを視ても重傷を負っている人は見受けられなかった。
彼女はきっとグレイザーが話している間も人を回復させ続けていたのであろう。
雰囲気的には回復なんてしている場合ではなかった。それは人から視れば非情な行為だと言う人がいたかもしれない。それでも彼女は一分一秒を大切にし、プレイヤー達の生存率を上げる為に死力を尽くした。
人を助ける為ならば自分が汚れる覚悟をこの二人は持っているんだとゼロは確信した。
「よし!お前らは先に行ってくれ、後方は俺が守る!」
プレイヤー達は口惜しそうにグレイザーを見やったが、アサミが行くように催すと申し訳ない様子で出口へと向かっていった。
「行こう。」
男性プレイヤーは動けない女性プレイヤーの肩を持ち、支えながらその場を後にしていく光景も視られた。
「グレイザーさん。俺も手伝いますよ。」
そんな中、ゼロは刀を構えながらグレイザーの傍らへと位置した。
「すまないねゼロ君、キミにこんな事をさせてしまって。」
「いいですよ別に。それにアナタのその生き方、真似してみたいなーと思いましたから。」
グレイザーは薄く微笑むと「はっきり言って辛いよ?」と冗談めいた言葉を返してきた。
ゼロ、グレイザーは共に刀と剣を触れ合わせ
「それじゃあ、いくよ。」
「はい。」
お互いの意志を確かめ合い、前方から来る大群へと対峙した。
その時だった━━━。
ふっと一瞬、ゼロとグレイザーは風が自分達の間を通過していったような気がした。
それに呼応するかのように今まで騒がしかったコロシアム内の音は消えていく。
その風は、まるで音という音を斬っているかのようだった。
ギーガーの群れの歩調が次第に緩まっていく、最後には動きを止め停止してしまっていた。
「ゼロ君、いま言うのも何なんだが……。」
「大丈夫です。一目みただけで分かりました。」
風へと流れていく粒子達の中にソイツはいた。
光沢のある赤いボディーに赤い頭部、頭部の後ろ髪にあたる部分には三つ叉のような唐突がある。両腕は大きなハサミのようになっていて強靭なイメージを彷彿とさせた。背中には飛べるかどうかも分からない小さな羽根のようなもの。
見た目は人型だが、まるで羽根の生えたザリガニのようだ。
モンスターの眼孔がゼロを射抜く、ゼロはそれだけで自分の体から力が抜けていくのを感じた。
ゼロの感じたそれは純粋な恐怖であった。相手を一目みただけで自分との力量の差を理解したのだ。
━━━俺はここで死ぬ。
どれだけ努力しようとも死力を尽くしても勝てない。そんな結果のみが重くゼロの肩へとのし掛かる。
それはグレイザーも同様であった。しかし、グレイザーの眼は死んでいない。
彼はここで逃げる訳には行かなかった。自分が逃げれば確実に残りのプレイヤーは全滅してしまう。それだけは何としても避けなければならない未来だと彼の眼は訴えていた。
そんなグレイザーでさえも動けなかった。アクションを何も起こさないただ、そこにいるだけの存在に脚を縫いつけられているようだった。
敵の体がこちらを正面として定めた。
ただ、こちらを向いただけなのに動機が激しくなるのをゼロは感じた。
ブゥーン!!
どこかで聴いたことのあるようなエフェクトがゼロの耳に届いた。
音源はモンスター。それはクロスに構えた両バサミの口から光のサーベルが射出された音だった。
さらに、モンスターはその重心を低くし、その七色に輝く短い羽を振動させる。
そして、モンスターがその脚を踏み込んだ瞬間。
ボトリとゼロの隣に位置していたグレイザーの右手がコロシアムの冷たい地面に落ちた。
「はあ?」
あまりの突然の出来事にグレイザーは間の抜けた声を出す。
しかし、悲劇はそれだけでは止まらない。
それは、先ほどの男性プレイヤーと女性プレイヤーの方から響いた。
「イヤーーー!!」
嘆きの旋律がコロシアムのBGMへと変わる。
それは男性プレイヤーの胴体が突然に2つに分かれてしまったからである。
当然、男性プレイヤーは即死だった。
さらに、ポンと軽く跳ねられた女性プレイヤーの頭部がゼロ達の方へと転がってきた。
同時にBGMも止まり、変わりにポン!という残酷な音が響いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




