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異世界転生しちゃったので忍者になってみた  作者: 羽越世雌
第1章:忍術を研究し尽くした元教師
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第5話:潜入、情報の「抜き書き」

1. 影に溶ける追跡


「いいかカイル君。追跡の極意は、相手に『自分が追われている』という予感さえ抱かせないことだ。殺気も、好奇心も、すべて霧の中に置いてきなさい」


峡谷を敗走した漆黒の騎士たちを、ツヨシとカイルは一定の距離を保ちながら追っていた。

ツヨシはユニークスキル**【ログアウト】**を発動し、自身と、その背後にぴったりと張り付くカイルの存在を世界から「定義外」へと切り離している。カイルは師匠の影を文字通り踏むように歩くことで、その強力な隠密圏内に身を置いていた。


「師匠、あの人たち……森の奥にある古い砦に入っていきました。あそこは、確か……」


カイルが鋭い耳を動かし、風に乗る微かな生活臭を嗅ぎ取る。そこは、かつて魔王軍との戦いで放棄された「断絶の砦」。現在は王国の管理下からも外れ、地図からも消えかかっている廃墟だ。それが今や、汚れ仕事を請け負う「掃除屋」たちの格好の根城となっていた。


2. 魔法防衛網の「ハッキング」


砦の周囲には、侵入者を感知するための「魔力糸マナ・スレッド」が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。細く、肉眼では捉えられないその糸は、触れれば即座に警報を鳴らし、砦の魔導師たちに座標を伝える仕組みだ。


「厄介ですね、師匠。あんなにびっしりと……。隙間を縫って歩くのは不可能です」


「ふむ、典型的な『高セキュリティ』だな。だがカイル君、魔法の罠というのは、その発動条件が論理的であればあるほど、裏をかきやすいのだよ」


ツヨシはユニークスキル**【現代忍知識】**を起動し、砦を包む魔力構造をスキャンするように観察した。

「この罠は『生体の放つマナの揺らぎ』に反応する。ならば、マナを遮断するのではなく、周囲の環境と同じ『波長』に偽装すればいい」


ツヨシが取り出したのは、自身の髪の毛と、周囲に生えていた苔を練り合わせた特殊な『木遁もくとん』の触媒だった。

「これを衣服に馴染ませなさい。植物が放つ微弱なマナの循環に、自身のマナを強制的に同調させる。……いわば、魔法的な光学迷彩であり、現代で言うところのステルス塗料だ」


二人は呼吸を極限まで深くし、植物になりきって魔力糸をすり抜けた。機械的な検知器が「風に揺れる草木」と誤認するそのわずかな揺らぎを突く。古の忍びが「草木に紛れる」知恵が、異世界の理を出し抜いた瞬間だった。


3. 忍びの「抜き書き」:情報の転写


砦の内部は、異世界の騎士たちの荒っぽい宴の音と、不吉な魔力の残滓で満ちていた。

ツヨシたちは天井のはりに潜み、呼吸を完全に止めて眼下を見下ろす。本来の忍びが最も時間をかける「聞き耳」の術だ。


「……リリアーヌ王女を仕留め損ねたのは想定外だが、本命の策は止まらん」

下で騎士が酒を煽りながら、不気味に目を細める。

「明後日の夜、王都の祝祭に合わせて、地下水道から『魔導爆弾』を運び込む。あれが爆発すれば、王都の中枢は一瞬で灰よ。我らが雇い主の望む『新しい王国』が始まるのだ」


カイルが小さく息を呑む。

ツヨシは静かにカイルの口を抑え、眼光だけで制した。

(情報を得た。ここで戦う必要はない。まずは証拠を確保する)


ツヨシは懐から、薄く削り出した特殊な木札と、マナを練り込んだ墨を取り出した。

【現代忍知識】により、見たものを瞬時に転写する「写し絵」の術。本来の忍びが巻物に情報を書き留める「抜き書き」の工程を、ツヨシは現代のカメラのような精度で木札へと焼き付けていく。図面、騎士の顔、そして積み上げられた魔導爆弾の形状までもが、正確無比な記録として保存された。


「よし、引き上げるぞ。カイル君、帰路こそ『ログアウト』を維持する精神力が試されるぞ」


4. 教育者としての総括と、次なる科目


無事に峡谷の隠れ里へと帰還した二人。

カイルはまだ興奮と、砦で嗅いだ濃厚な「悪意」の残臭に肩を震わせていた。


「師匠……凄かったです。あんなにたくさんの敵がいて、目の前を通り過ぎたのに、誰も僕たちに気づかなかった。魔法って、あんなに簡単に騙せるものなんですね」


「それが忍びだ、カイル君。戦わずに勝つ。あるいは、戦う前に勝敗を決めておく。派手な魔法で街を壊すことよりも、今君の懐にある一枚の木札が、数万の軍勢を動かし、あるいは救うこともあるのだよ」


ツヨシはカイルの目を見据え、厳格な教師の顔から、一人の先達としての顔になった。

「君は今日、情報の重さを知った。それは、剣を振るうことよりもずっと重い責任を伴う。……さて、明後日の王都。祝祭を血に染めさせるわけにはいかないな」


ツヨシは静かに愛刀の鞘を払い、その冷たい輝きを確かめた。

「特別講義の続きは、王都の暗い地下水道で行おうか。科目は――『爆弾処理』と『要人警護』だ」


「はい、師匠!」


王都崩壊の危機を前に、定年退職後の元教師は、静かに忍びの装束を締め直した。

異世界の歴史に記されることのない、しかし歴史の針を動かす「影の戦い」が、いよいよ本格化しようとしていた。

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