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欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜  作者: 水戸直樹


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第14話 聖なる女

 街道沿いの宿場町。


「おい、聞いたか?」

「聖女様だってよ」

「王都に向かう途中で、今夜はここに泊まるらしい」


 昼過ぎから、町は妙にざわついていた。

 荷車が道端に寄せられ、露店の火がいつもより早く入った。


「黒い髪の、すげえ綺麗な人だったって」

「へえ、見てみてえな」

「婆ちゃんの脚、治してもらえねえかな……」


 宿の前には、すでに人だかりができている。


「まだ出てこねえのか」

「そりゃ疲れてるだろ」

「毎日、奇跡だの祈りだのって話だしな」



 宿の二階、奥の部屋。


 薄いカーテンの向こうで、ざわめきが途切れずに続いている。


「……あのさ。外、すごくない?」


 ベッドに腰掛けた女が、半分だけ振り返って言った。


 黒髪。大陸には珍しい顔立ち。

 聖女エリカ。


「人が多いですね」

「さすが聖女様だ」


 両脇には、甲冑を脱いだ二人の若い男。

 聖騎士の装束を着ていても、視線は無意識にエリカを追っていた。


「はぁ、みんな必死すぎるのよね。悪いけどウザいわぁ」


 エリカは、ベッドに仰向けになる。

 胸元の留め具を、指先でひとつ外した。


「アタシさ、タダ働きのいい子ちゃんやりたくないんだよね」


 聖騎士の一人が、わずかに息を呑む。


「ですが……下で待っている方々が……」


「明日でいいでしょ」


 即答だった。


「キリがないのよ、アンタらもそれくらい分かるでしょ?」


「……ですね」

「次を求められます」


「だから一日三人まで。貢物が多い順で」


 エリカは横目で二人を見る。


「あ、でも。若くて、いい男なら優先で」


 寝返りを打ち、枕に頬を押しつける。


「食べ物と、酒。強いの」


「かしこまりました」

「お酒は……いつもの、で?」


「うん。それと――」


 一拍。


「あとで、どっちか残って」


 言い方は軽い。

 命令でも、誘いでもない声音。


 聖騎士たちは一瞬、言葉を失い、顔を見合わせた。


「……承知しました」


「ありがと」


 満足そうに、目を閉じる。


 外では、祈るような声が重なっている。


「聖女様……」

「どうか……」


 その音を、エリカは天井を見つめたまま聞いていた。


 小さく息を吐く。


「王都に着いたら、王子サマだっけ?」


 片目だけ開ける。


「顔、いいんでしょ。楽しみだわ」


 聖騎士の肩が、わずかに強張った。


「それとさ――」


 エリカは、思い出したように言う。


「メイリーン……だっけ。王子にしつこく婚約迫ったっていう女」


 鼻で、笑う。


「ふぅん。アタシと張り合おうだなんて、勇気あるじゃない」


 一瞬だけ、瞳に冷たい光が宿った。


「聖女に勝てるわけないのに、痛い女」


 次の瞬間、その表情は消える。


「……王都に行ったら、どう“分からせて”やろうか」


 外に向かって、手を振るような仕草。


「今日は休み。窓、閉めて」


「はい」


 カーテンが引かれ、ざわめきは遮断された。


 部屋に残ったのは、酒の匂いと、

 聖女の気だるい呼吸だけだった。




 その夜、公爵家所有の城館。


 元・王太子付き侍女シビラは、久しぶりに家族と同じ屋根の下で過ごしていた。


「姉ちゃん!このベッド、フカフカだよ!」


「ほんとだね。これ、何でできてるんだろ?藁でも綿でもないし……シビラ、知ってる?」


「ううん。でも、これ、私がいた東宮のよりいいかも……王太子殿下のベッドでも、ここまでじゃ……」


 言いかけて、言葉が止まる。


「シビラ?どうした?」


 父の声に、はっと顔を上げる。


「ううん、なんでもない」


 そう言いながらも、冷や汗が伝うのが自分でも分かった。


「……あ、そうだ。ここのお庭の井戸のお水、美味しいの。みんなの分、汲んでくるね」


 早口で言い切って、外へ出る。



 裏口を出たところに、一頭の馬が大人しく立っていた。


 黒いフードをかぶった人物が、その首元を撫でている。


「つぶあん、ここで待っててね。すぐ戻るから」


 女の声。


 馬は鼻を鳴らし、甘えるように頭を寄せた。


「もう、つぶあん~!この、かわい子め~」


 思わず、笑いがこぼれた。


「あははっ。……つぶあん、って」


 女が振り向く。


「シビラさん、こんばんは」


「あっ……。あの、すみません。私のこと、ご存知なんですか?」


「あ、ごめんなさいね」


 女は、するりとフードを外した。


「化粧が手間で、これで顔を隠してただけなの」


「あ……!」


 あの日の人。


「セレスさん……!」


 命を奪われかけた自分を、

 助けてくれた人。


「あの……、ありがとうございました!」


 深く頭を下げる。


「ううん。こちらこそ」


 セレスは、少しだけ視線を落とした。


「ここでの暮らしは慣れたかしら?」


「は、はい。オデット様もジャイアナ様も……みなさん、よくしてくれて。家族まで……」


 やはり、早口になってしまう。


 セレスは静かに頷くと、


「……ちょっとだけ、触っていいかしら?」


 シビラに近づいた。


「あ、はい……?」


 肩先に、そっと手のひらが当てられる。


 セレスの唇が、小さく動いた。


(……)


 淡い光が、ぽわりと滲む。


 すぐに、消えた。


「あ……あれ?」


 背中が、軽い。

 体が、すっと楽になる。


 胸の奥にあったものが、言葉にならないまま静まった。


「少しだけ、お祈りしておいたわ」


 セレスは微笑む。


「じゃ、またね」


 手を振り、館へ入っていく。


 その背中を、

 シビラは何も言えないまま見送った。


 夜の空気だけが、静かに流れていた。


挿絵(By みてみん)

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