3-2 作戦会議と老将の“壁”
領主館の応接室は、その荘厳な(しかし、ひどく古びた)見た目とは裏腹に、今や、シュテルン星系で最も情報が集積する、即席の作戦司令室と化していた。
壁一面には、シエラが操作するホロ・ディスプレイが投影され、宇宙港の簡易マップ、避難状況、そして刻一刻と迫る「敵」の進路が、リアルタイムで更新されている。
<<敵艦隊、識別名『ハウンド1』『ハウンド2』『ハウンド3』。ワープアウト完了。通常航行に移行。当惑星への到達まで、残り2時間15分>>
ヘスティアの無感情な音声が、緊迫した室内に響く。
「シエラ、避難状況は!」
アレスが、子供用の椅子では高さが足りず、執務机に半ば乗り上げるような格好で叫ぶ。
「は、はい! 宇宙港の管理スタッフ、および、近隣住民の地下シェルターへの退避、85%完了! ですが、一部の……その、強欲な商人たちが、荷物を運び出すと言って、まだ……!」
「クソっ! こんな時に!」
アレスは、前世の記憶(災害時のパニック)を思い出し、舌打ちした。
「シエラ! ヘスティアと連携して、彼らの端末に『海賊襲撃による全物資の損失(全ロス)まで、残り2時間』と、具体的な警告を流せ! パニックを煽ってでも、強制的にシェルターに押し込め!」
「ええ!? そ、そんな……!」
「人命が最優先だ! 俺が許可する!」
「……っ! 承知いたしました!」
シエラは、戸惑いながらも、アレスの非情だが合理的な指示を即座に実行に移す。
彼女もまた、この数日で、この十歳の主君が「普通」ではないことを、骨身に染みて理解し始めていた。
「……さて、ガンツ」
アレスは、応接室の隅で、腕を組み、難しい顔で宙域マップを睨み続けていた老将に向き直った。
「敵の戦力分析を頼む」
ガンツは、重々しく口を開いた。
「……最悪ですな」
彼は、ホロ・ディスプレイに映し出された敵艦のシルエットを指し示した。
「敵は3隻。すべて、帝国軍の旧式フリゲート艦『ククルカン級』の違法改造艦です。……おそらく、軍からの横流し品か、あるいは、辺境の反乱軍の残党でしょう」
「フリゲート……」
アレス(山田健一)の軍事オタク知識が、即座に反応する。
(この世界でのフリゲート艦は、前世の「駆逐艦」に近いポジションか。対して、こっちの『アルゴス』は「コルベット艦」。……小型で、速度はあるが、装甲も火力も劣る)
「対する我らが『アルゴス』は、コルベット艦一隻。艦齢に至っては、敵艦のさらに倍は古い。……まともに正面から撃ち合えば、3分と保ちますまい」
ガンツの分析は、冷静かつ、絶望的だった。
「そして、問題は戦場です」
ガンツは、宇宙港周辺の宙域を指す。
「宇宙港は、衛星軌道上の、開けた宙域にあります。つまり、隠れる場所一つない、平原での戦いになる。……これでは、戦力差が、そのまま勝敗に直結します」
「……」
「アレス様。重ねて進言いたします。……籠城すべきです」
ガンツは、アレスの目を真っ直ぐに見た。
「宇宙港は、放棄。敵は、どうせ略奪が目的。港で補給を済ませれば、満足して帰るか、あるいは、地上に降りてくるか……」
「地上戦に持ち込む、と?」
「左様。地上ならば、地の利はこちらにあります。領都の旧市街地に誘い込み、ゲリラ戦を展開すれば、敵の歩兵部隊を分断し、消耗させることができる。その間に、我々は『アルゴス』で、軌道上に残った敵の母艦を奇襲する……」
それは、帝国軍の古い教本に載っている、典型的な「劣勢時の防衛戦術」だった。
合理的。
セオリー通り。
そして……。
「……ガンツ」
アレスは、静かに首を横に振った。
「その作戦は、却下だ」
「……! なぜですかな!? これが、最も現実的、かつ、被害を最小限に抑える戦術……」
「『被害』、か」
アレスは、ガンツの言葉を遮った。
「あんたの言う『被害』には、宇宙港そのものの損失は、含まれていないのか?」
「……む」
ガンツは、言葉に詰まった。
「宇宙港は、この惑星に残された、唯一の『外界との窓口』だ。あそこが破壊されれば、シエラの実家に助けを求めることも、交易船を呼び込むことも、何もできなくなる」
「……それは、承知しております。しかし、戦術的には……」
「それだけじゃない」
アレスは、ガンツの目を、鋭く射抜いた。
「地上戦になれば、領民が巻き込まれる。……家が焼かれ、家族が殺されるかもしれない。俺は、シュテルン男爵として、それを容認するわけにはいかない」
「……アレス様」
「そして、何より……」
アレスは、前世のサラリーマンの顔で、最も「現実的」な理由を突きつけた。
「俺たちは、『勝つ』だけじゃダメなんだ。ガンツ」
「……と、仰いますと?」
「俺たちは、敵の『資源』を、無傷で『鹵獲』しなきゃならない! 惑星崩壊まで、91日しかないんだぞ!」
アレスは、叫んだ。
「地上戦で敵を消耗させても、その間に、敵の母艦は資源を持って逃げるかもしれない! あるいは、追い詰められた海賊が、ヤケクソになって資源ごと自爆するかもしれない! 俺たちには、そんな『リスク』を負っている時間も、余裕もない!」
「……ぐ……っ」
ガンツは、反論できなかった。
目の前の十歳の少年は、「軍事」のセオリーではなく、その遥か上位にある「経営戦略」と「政治」の観点から、この戦いを定義していた。
(この御方は……! わしとは、見ている盤面が、違いすぎる……!)
ガンツは、老練な軍人としてのプライドが、ガラガラと崩れていくのを感じた。
「……では、アレス様」
彼は、かろうじて声を絞り出した。
「3対1の、圧倒的戦力差。遮蔽物なしの、開けた戦場。……この状況で、いかにして『勝ち』、かつ、『鹵獲』すると仰せられるのか」
それは、ガンツにとって、軍人人生の全てを賭けた「問い」だった。
常識的に考えて、不可能だ。
もし、この少年が、ここで根拠のない「精神論」や「奇跡」を口にするなら、自分は、この場で彼を見限るしかない、と。
アレスは、その老将の「試験」を、真っ向から受け止めた。
「……ガンツ。あんたは、帝国軍の『儀礼ごっこ』の戦術に嫌気がさした、と言ったな」
「……左様。それが、何か」
「あんたの今の進言も、結局は、帝国軍の『セオリー』の範疇だ。……違うか?」
「……っ!」
「俺の戦術は、帝国のそれとは、根本から異なる。……そう、言ったはずだ」
アレスは、コンソールに向き直った。
「ヘスティア。敵艦隊『ハウンド1』から『3』までの、詳細な艦船データを表示しろ。傍受した通信記録、エネルギー漏れのパターン、武装の種類……ありったけ全部だ」
<<……承知。データを展開します>>
ディスプレイに、膨大な文字列と、三隻のフリゲート艦の内部構造(透視図)が表示される。
常人には、ただのノイズにしか見えない、情報の洪水。
だが、アレス(山田健一)は、その情報を、前世でやり込んだ艦隊戦シミュレーターの「敵スペック表」として、完璧に認識していた。
「……ほう。なるほどな」
アレスの口元が、ニヤリと歪んだ。
「ガンツ。あんたは、『戦場は開けている』と言ったな」
「……はい。それが、何か?」
「嘘だ」
「……は?」
アレスは、宙域マップの、宇宙港から少し離れた宙域を指さした。
そこは、一見、何もない、ただの宇宙空間に見えた。
「ヘスティア。このポイントを拡大。重力レンズ・モードで表示しろ」
<<承知。……重力異常を、可視化します>>
ヘスティアが映像を処理すると、そこには、肉眼では見えない、微弱な「時空の歪み」が、まるで川の流れのように渦巻いていた。
「……こ、これは……!?」
ガンツが、目を見開く。
「『アステロイド・ゴースト』だ」
アレスは、前世の天文学の知識(と、ゲームの知識)で即答した。
「何万年も前に、この宙域にあったアステロイド帯の『残骸』だ。物理的な岩石は、もうない。だが、その質量が遺した『重力の浅瀬』が、今も残っている」
「……重力の、浅瀬……?」
「ああ。帝国軍のオンボロ・センサーじゃ、ただのノイズとして処理されるだろうがな。……ヘスティア、この『浅瀬』に、敵艦が突入した場合のシミュレーション結果は?」
<<……演算。敵艦『ククルカン級』の旧式航行システムでは、この宙域に高速で侵入した場合、推進剤の制御にタイムラグが発生。短時間(30秒から60秒)、艦の機動性が著しく低下します>>
「……ビンゴ」
アレスは、笑った。
「ガンツ。これが、俺たちの『罠』だ」
アレスは、さらに、別のデータ……敵艦の「通信ログ」を指さした。
「そして、これを見ろ。敵艦『ハウンド2』と『ハウンド3』の通信頻度が、異常に高い。だが、『ハウンド1』……旗艦との通信は、ほとんどない」
「……仲間割れ、ですと?」
「いや、もっと単純だ。……『ハウンド1』の艦長は、他の二隻から、嫌われているか、あるいは、馬鹿にされている」
アレス(山田健一)は、前世のサラリーマン経験から、その「人間関係の歪み」を正確に読み取っていた。
(中間管理職が、部下から信頼されてないパターンだ。一番、崩しやすい……!)
アレスは、ガンツに向き直った。
「作戦を、伝える」
その声には、もはや十歳の少年の幼さも、サラリーマンの疲労もなかった。
そこにあったのは、冷徹な「指揮官」の響きだった。
「第一フェイズ。我々は、宇宙港では戦わない。敵を、『重力の浅瀬』に誘い込む」
「……誘い込む? どうやって」
「『逃げる』んだよ。それも、『無様に』、『必死に』な」
「……!」
「第二フェイズ。敵は、獲物が逃げたと見て、必ず追ってくる。だが、連携の取れていない烏合の衆だ。必ず、足並みが乱れる。特に、あの『ハウンド1』(旗艦)は、功を焦って、突出するはずだ」
「……」
「第三フェイズ。敵旗艦が『浅瀬』に入り、機動性が低下した瞬間……全火力を、そいつに集中する」
アレスは、ガンツの目を、射抜くように見つめた。
「ガンツ。あんたは、帝国軍のセオリーで『3対1は勝てない』と言った。……だがな」
「『ランチェスターの第二法則』によれば、戦力比は兵力の二乗に比例する」
「『3対1』なら、戦力比は『9対1』で、負ける」
「だがな、ガンツ」
アレスは、不敵な笑みを浮かべた。
「『1対1』を、三回繰り返せば、どうなる?」
ガンツは、雷に打たれたような衝撃を受けていた。
(……ランチェスター……? 聞いたこともない戦術理論だ……)
(だが……合理的だ! 3対1を、強制的に、1対1の状況に持ち込む……!)
(この御方は……! この、十歳の少年は……! いったい、何者なのだ……!?)
老将のプライドという「壁」は、完全に崩れ落ちた。
そこには、ただ、未知の「戦術」を前にした、一人の軍人としての「興奮」だけが残っていた。
「……面白い」
ガンツは、数十年ぶりに、心の底から笑った。
「実に、面白い! アレス様! その『奇策』……このガンツ、謹んで、拝見いたしましょう!」
<<敵艦隊、当惑星の最終防衛ラインに到達まで、残り1時間>>
「……時間だ」
アレスは、椅子から飛び降りた。
「ガンツ! 『アルゴス』へ! シエラ! 後は任せたぞ!」
「「御意!」」




