3-1 AIの提案と海賊の脅威~海賊討伐と軍事オタクの戦術~
惑星管理AI『ヘスティア』のコアが眠る、領主館地下の「神殿」。
アレス、シエラ、ガンツの三人は、青白く光る巨大な球体を前に、新生シュテルン男爵領の、文字通り「最初の」戦略会議を再開していた。
議題は、一つ。
「残り91日」で訪れる、惑星インフラの完全崩壊を、いかにして食い止めるか。
<<……プランAを提示します>>
ヘスティアの冷徹な合成音声が、静かな管理センターに響き渡った。
コンソールパネルに、惑星全土のエネルギー・グリッドの惨状が、赤い警告色と共に表示される。
<<惑星インフラの連鎖的崩壊を食い止めるには、老朽化した『第3エネルギー・プラント』のコア・コンデンサを物理的に交換する必要があります>>
「交換、か。それができれば苦労はしない」
ガンツが、灰色の眉をひそめて言った。
「その『コア・コンデンサ』とやらを製造するラインが、もはやこの惑星には存在しない。違うかね?」
<<その通りです。ガンツ軍事顧問。仮に製造ラインを再構築するとしても、最低6ヶ月と、現在の惑星備蓄エネルギーの約80%を消費します。よって、プランは破綻します>>
「……つまり、詰み、ということですわね」
シエラが、青い顔で呟いた。経理担当として、彼女はこの惑星に「何も無い」ことを、誰よりも理解している。
「待て、ヘスティア」
アレスが、その絶望的な報告を遮った。
彼は、前世のサラリーマンとして、幾度となく「詰み」の状況から「代替案」を捻り出してきた。
「『製造』が無理なら、『調達』すればいい。そうだろ?」
<<……管理者の推論を肯定します>>
「調達? どこから? あのような高レベルのロスト・テクノロジー部品、辺境の商人が扱っているとでも?」
ガンツが、訝しげにアレスを見る。
「違います、ガンツ」
アレスは、コンソールを睨みつけた。
「ヘスティア。お前はさっき、『深刻なリソース不足』と言った。それは、惑星インフラ修復のための資材やエネルギーのことでもあるな?」
<<はい。惑星の全リソースは、生命維持限界である91日後を基準に、枯渇するようスケジューリングされています。新たな外部リソースの流入がなければ、修復作業(プランA)の実行は不可能です>>
「だよな。じゃあ、その『外部リソース』とやらを、今すぐ、金を払わずに手に入れる方法はないか?」
「……アレス様?」
シエラが、アレスの言わんとすることに気づき、息をのんだ。
「まさか……」
アレスの言葉を待たず、ヘスティアが淡々と回答を続けた。
<<……演算中。……最も効率的かつ、現時点で実行可能なリソース調達プランを検出しました>>
コンソールに、シュテルン星系内の「第5宙域」、かつてアステロイド採掘場だった暗礁宙域の座標が示された。
そこには、三つの光点が、ゆっくりと移動している。
<<当星系、第5宙域に、未登録の艦船ID、3隻を確認。過去の航行パターン、および、辺境宙域の犯罪データベースとの照合……94.5%の確率で、宇宙海賊『ブラッド・ハウンド隊』と断定>>
「海賊……!」
ガンツの目が、カッと見開かれた。
「あの、ハイエナどもか! 先代様も、手を焼いておられた……!」
アレスは、前世の記憶で、何度も見たシチュエーションだと直感した。
「序盤の金策イベント」だ。
「ヘスティア。その『ブラッド・ハウンド隊』の備蓄リソースは?」
<<彼らは、過去3ヶ月にわたり、近隣の交易ルートを襲撃しています。彼らの母艦となっている旧採掘ステーションには、我々が必要とする『エネルギー・セル』および『汎用補修資材』が、相当量、備蓄されていると推定されます>>
「……ビンゴだ」
アレスは、拳を握りしめた。
「アレス様! お待ちください!」
シエラが、慌ててアレスを諌めた。
「海賊から奪う……それは、あまりにも危険です! 我々の戦力は、あのオンボロの『アルゴス』一隻だけ。しかも、相手は三隻も……!」
「シエラの言う通りだ」
ガンツも、重々しく頷いた。
「わしは、奴らのやり口を知っている。連中は残忍だ。返り討ちにあえば、それこそ、我々は全てを失う」
「だが、何もしなければ、91日後には全員が死ぬ」
アレスは、二人を真っ直ぐに見据えた。
「賭けだ。だが、勝算のない賭けじゃない。……そうなんだろ? ヘスティア」
<<……管理者の意図を読み取れません>>
「とぼけるな。お前が、このタイミングで、この『海賊』という選択肢を提示した。それは、お前の演算上、『勝てる』と判断したからじゃないのか?」
アレスは、AIの思考を「ベンダー」として扱っていた。
無感情なAIが、実行不可能なプランや、単なる「自殺行為」を、わざわざ「最も効率的」と提案してくるはずがない。
そこには、必ず「勝てる要素」が隠されているはずだ。
<<…………>>
ヘスティアは、数秒間、沈黙した。
それは、AIが「演算」しているのか、あるいは「躊躇」しているのか、アレスには判断がつかなかった。
<<……情報が、更新されました>>
「なんだと?」
<<たった今、海賊『ブラッド・ハウンド隊』の艦船3隻が、アジトである第5宙域を離れ、当惑星……主星の衛星軌道上にある『宇宙港』に向けて、進路を取りました>>
「「な……!?」」
アレスとガンツが、同時に声を上げた。
「馬鹿な! 奴ら、宇宙港を直接叩くつもりか!」
ガンツが、信じられないという顔でコンソールを睨む。
<<宇宙港の防衛システムは、先代の死去に伴う混乱、およびエネルギー不足により、現在、稼働率12%以下です。事実上、無防備です>>
「……っ!」
<<敵艦隊、宇宙港への到達予測時刻。これより、4時間後>>
「……やられた」
アレスは、歯ぎしりした。
(こっちが親父の葬式やら、借金取りの対応やらで混乱してる隙を、完璧に突いてきやがった……!)
海賊たちは、この星系が今、最も弱っている瞬間を、正確に嗅ぎつけてきたのだ。
シエラは、恐怖に顔をこわばらせた。
「宇宙港には、まだ避難していない一般市民(領民)も……!」
「……選択の余地は、なくなったな」
アレスは、静かに言った。
「ガンツ。シエラ。そして、ヘスティア」
彼は、集った仲間たちを見渡した。
「俺たちの、最初の『仕事』だ。ハイエナどもを、この星系から叩き出す」
「……しかし、アレス様!」
ガンツが、なおも食い下がろうとする。
「3対1ですぞ! しかも、宇宙港は防衛設備もロクにない!」
「だからこそ、だ」
アレスの目は、もはや十歳の子供のものではなかった。
絶望的なプロジェクトのキックオフを宣言する、プロジェクト・マネージャーの目だった。
「応接室に、作戦司令室を設置する! シエラは、ヘスティアと連携し、宇宙港に残る領民の、地下シェルターへの即時避難を誘導!」
「は、はい!」
「ガンツ! あんたは、俺の『剣』になってくれるんだろう!」
アレスは、老将の肩を強く掴んだ。
「あのオンボロ船……『アルゴス』を、今すぐドックから出すぞ! 準備はいいか!」
ガンツは、アレスの、常軌を逸した「覚悟」の目に、一瞬、呑まれた。
だが、彼は歴戦の軍人だった。
一度「主君」と決めた相手が「戦う」と決めた以上、彼がすべきことは一つ。
「……御意」
ガンツは、深く、力強く頷いた。
「この老いぼれ、アレス様と共に、地獄(戦場)へお供いたします」
惑星崩壊まで、残り91日。
そして、海賊の襲撃まで、残り4時間。
アレス・フォン・シュテルンの、絶望的な領地経営と、彼の「初陣」の火蓋が、今まさに、切って落とされようとしていた。




