10-1 反逆者の烙印~辺境星域の決戦~
ロストシップ『プロメテウス』の、荷電粒子砲による「警告射撃」は、帝国中央艦隊の先遣隊に壊滅的な打撃を与えた。だが、それは鉄血総督ゲルハルト・フォン・レーヴェンにとっては、己の「正義」を確信させる、決定的な「証拠」でしかなかった。
帝国艦隊旗艦『ブリュンヒルデ』。
予備電源だけでかろうじて機能を取り戻したブリッジで、レーヴェンは半壊した艦隊の撤退命令を出し終えると、静かに玉座に座り直し、震える拳を握りしめていた。
彼の灰色の瞳は、もはや怒りや恐怖ではなく、狂信的なまでの「使命感」の炎に燃えていた。
「——見たか、諸君」
レーヴェンは、ブリッジに残った数少ない士官たちに、低い声で語りかけた。
「あれこそが、『禁忌』の力だ。……旧文明の、忌まわしきAI兵器の、残骸だ」
士官たちは青ざめた顔で黙り込んでいる。先ほどの、あの「神の槍」の光景が、彼らの軍人としての常識を完全に破壊していた。
「あの少年、アレス・フォン・シュテルンは、悪魔に魂を売ったのだ。……帝国に仇なす、最大の『反逆者』として、断罪せねばならん」
レーヴェンは立ち上がった。
「直ちに、帝国中央最高評議会に、緊急通信を送れ。……第七辺境星域総督、ゲルハルト・フォン・レーヴェンの名において、正式に、『シュテルン男爵アレス・フォン・シュテルンを、帝国法における最高反逆罪、および、禁忌技術(AI)使用の罪により、断罪する』と」
「そ、総督閣下!?」
副官が、慌てて声を上げる。
「し、しかし、中央評議会の承認を得ずに、そのような……!」
「承認なら、私が与える」
レーヴェンは、冷たく言い放った。
「私は、この星域の全権を委任された総督だ。……辺境の『害虫』を駆除するのに、いちいち、中央の、退屈な老人たちの、承認を待つ必要など、ない」
彼は、ブリッジの窓の外……広大な宇宙を睨みつけた。
「——全艦隊を、招集せよ」
その声は、鋼のように硬く、一切の感情を排していた。
「第七星域に駐留する、全ての帝国艦隊。……私の、指揮下に、入る、全ての、戦力を、シュテルン星系へと、集結させる」
「……これは、『戦争』だ。……銀河帝国の、秩序を、守るための、『聖戦』である」
レーヴェンの、「反逆者」宣言と、全艦隊招集の命令は、瞬く間に、第七辺境星域全土を駆け巡った。
辺境の貴族たちは、恐怖に震え上がった。
あの、鉄血総督が、本気で「戦争」を始めようとしている。相手は、あの「神童」アレス・フォン・シュテルンと、彼が手に入れたという、正体不明の「古代兵器」。
どちらに味方するべきか? いや、そもそも、この「戦争」に、正義はあるのか?
だが、レーヴェンは、貴族たちの、そんな迷いを、一切、許さなかった。
彼の命令は、絶対だった。
「帝国に、弓引く者に、与する者は、等しく、反逆者と、みなす」
その、一言で、辺境貴族たちは、選択の、余地を、失った。
彼らは、帝国正規軍という、圧倒的な「力」の前に、否応なく、レーヴェンの旗の下へと、集結せざるを得なかった。
巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦……。
その数は、日を追うごとに、膨れ上がり、最終的に、三百隻を、超える、大艦隊となった。
第七辺境星域始まって以来の、最大規模の、軍事力が、今、シュテルン星系という、たった一つの、小さな、星系へと、牙を、剥こうとしていた。
……一方。
ロストシップ『プロメテウス』の、超光速ワープにより、無事、シュテルン星系へと、帰還を果たした、アレスたち。
彼らは、息つく間もなく、その、あまりにも、巨大すぎる、「戦争」の、足音を、耳にすることとなった。
『プロメテウス』のブリッジ——旧『アルゴス』の、古びた、しかし、今は青白い光に満ちた艦橋。
アレスは、玉座と化した、艦長席で、ヘスティアからもたらされる、絶望的な情報を、冷静に、受け止めていた。
「……総艦隊数、三百二十七隻……。巡洋艦クラスも、三十隻以上……か」
ガンツが、その、あまりの戦力差に、ゴクリと唾を飲んだ。
「……我々の、全戦力……『プロメテウス』と、魔改造フリゲート二隻、戦闘機六機を、合わせても……。百分の一にも、満たない……」
ブリッジは、重い、沈黙に、包まれた。
数日前まで、借金完済と、バルツァー子爵への勝利に、沸いていた、あの、祝祭の、雰囲気は、どこにもない。
そこに、あったのは、「死」を、目前にした、極限の、緊張感だった。
「……アレス様」
シエラが、震える、声で、アレスに、問いかけた。
「……わ、私たちは、どうすれば……。……レーヴェン総督に、降伏、すれば……」
「——無駄だ」
アレスは、静かに、首を、横に、振った。
「……ヤツは、俺を、『反逆者』と、断定した。……降伏しようが、何をしようが、俺たちは、皆殺しにされる。……AI(ヘスティア、アルゴス)は、奪われ、この星は、見せしめのために、焼き払われるだろう」
「……そ、そんな……」
シエラの、顔が、絶望に、歪む。
「……だが、諦めるのは、まだ早い」
アレスは、立ち上がった。
その、十歳の、小さな、体には、不釣り合いなほどの、強い、意志の、光が、宿っていた。
「……俺たちは、手に入れた。……銀河系、最強の、『矛』と、『盾』を」
「……そして、俺たちには、『仲間』がいる」
アレスは、ブリッジに、集った、仲間たちを、見渡した。
シエラ。ガンツ。レナ。ミミ。ゼクス。
そして、この、艦と、惑星に、いる、二人の、AI。
「……これは、俺たちの、『プロジェクト』の、最終局面だ」
アレスは、前世の、サラリーマンとして、幾度も、経験した、あの、絶望的な、デスマーチの、始まりを、宣言した。
「……俺は、俺の、『領民』を、守る。……絶対に、死なせはしない」
「——シエラ!」
「は、はい!」
「直ちに、惑星に戻れ! ヘスティアと、連携し、全領民の、地下シェルターへの、避難を、開始しろ!」
「……え?」
「決戦は、この、シュテルン星系の、宇宙空間で行う。……惑星を、戦火に、巻き込むわけには、いかない」
「……で、ですが! 全領民を、地下に……? 食料は? エネルギーは……!?」
「……ヘスティアが、何とかする」
アレスは、ブリッジの、隅に、控える、アンドロイド(ヘスティア)に、視線を、送った。
<<……肯定します。……シエラ秘書官。私の、最適化プランに、従えば、最大三ヶ月間の、完全封鎖下での、生存が、可能です>>
「……み、三ヶ月……!?」
「……頼んだぞ、シエラ。……お前は、この星の、『心臓』だ。……民を、守ってくれ」
「……っ! ……御意! 必ずや!」
シエラは、涙を、こらえ、惑星へと、転送されていった。
「——ガンツ!」
「はっ!」
「魔改造フリゲート、『グリフィン』『スフィンクス』の、最終チェックを! ……この戦いは、総力戦だ! 一隻たりとも、失うわけには、いかん!」
「御意!」
ガンツもまた、老練な、軍人として、覚悟を、決めた、顔で、敬礼し、ブリッジを、後にした。
「——レナ!」
「……はいはい。分かってるよ、坊や」
レナは、気だるそうに、しかし、その、瞳の奥には、エースパイロットとしての、闘志を、燃やして、答えた。
「……戦闘機隊は、あんたの、切り札だ。……敵の、一番、嫌がる、タイミングで、最高の、『仕事』を、しろ」
「……フフ。アタシに、命令できるのは、あんた、くらいだね」
レナもまた、自分の、『クリムゾン・ウィング』隊の、格納庫へと、向かった。
「——ゼクス!」
「——はっ!」
狼の、剣士が、アレスの、背後に、音もなく、現れる。
「……お前には、一番、過酷な、任務を、与える」
「……何なりと」
「……この、艦の、守りだ。……敵は、必ず、この、艦に、乗り込んでくる。……その、全ての、刃から、この、ブリッジを……ミミと、アルゴスを、守り抜け」
「——御意。……我が、牙と、爪に、誓って」
ゼクスは、静かに、ブリッジの、ハッチの、前に、立ち、その、鋼の、肉体を、壁とした。
「——そして、ミミ!」
「——ニャ、ニャイ!」
ブリッジの、後方。
もはや、即席ではない、正式な、『プロメテウス』の、機関コンソールに、座る、ミミが、緊張に、顔を、引きつらせながら、答えた。
「……これから、俺は、無茶を、言う。……とんでもない、機動を、要求する。……この、艦の、心臓は、お前に、かかっている。……やれるか?」
「…………」
ミミは、ゴクリと、唾を、飲んだ。
そして、彼女は、ニッ、と、油まみれの、顔で、笑った。
「……ニャッハー! 当たり前だニャ!」
「……この、『プロメテウス』も、あたしの、『魔改造』の、実験台にしてやるニャ!」
(……頼むから、爆発だけは、させないでくれよ……)
アレスは、内心で、祈った。
そして、最後に、アレスは、自分の、意識と、神経接続された、『相棒』に、語りかけた。
「……アルゴス」
<<……はい、マスター>>
父の、声に、似た、温かい、しかし、今は、どこまでも、力強い、AIの、声が、思考に、直接、響く。
「……お前が、『プロメテウス』と、融合して、どれほどの、力を、得たのか、俺にも、まだ、分からない」
「……だが、信じている。……お前は、ただの、戦闘AIじゃない。……父の、『夢』だ」
「……俺と、共に、戦ってくれるか?」
<<…………>>
<<……イエス、マスター>>
アルゴスの、声が、決意に、満ちた。
<<……あなたの、『盾』となり、『剣』となりましょう>>
<<……そして、もし、あなたが、道を、誤るなら……。私は、あなたを、止めるでしょう。……それが、ヘルムート(父)様との、最後の、『約束』ですから>>
「……ああ。それでいい」
アレスは、玉座に、深く、座り直した。
全ての、準備は、整った。
敵は、三百隻超。
味方は、三隻と、六機。
そして、最強の、ロストシップと、二人の、AI。
(……前世の、サラリーマンなら、逃げ出す、案件だ)
(……だが、俺は、もう、逃げない)
(……俺は、アレス・フォン・シュテルン。……この、星と、仲間たちを、守る、『領主』だ!)
アレスは、神経接続された、意識の、中で、命じた。
「——『プロメテウス』、および、全艦隊。……これより、迎撃フォーメーションに、移行!」
「——目標、帝国総督、ゲルハルト・フォン・レーヴェン、旗艦『ブリュンヒルデ』!」
「——オペレーション・コード、『ラグナロク』! ……開始!」
シュテルン星系の、静かな、宇宙空間に、黒い、巨艦『プロメテウス』が、その、威容を、現した。
その、左右には、『グリフィン』と『スフィンクス』。
そして、その、周囲を、舞う、六機の、真紅の、翼、『クリムゾン・ウィング』隊。
彼らは、静かに、しかし、確固たる、決意を、持って、迫りくる、帝国の、大艦隊を、待ち構えていた。
辺境星域の、運命を、賭けた、最後の、戦いが、今、始まろうとしていた。




