9-2 アルゴスの覚醒
アレスの、魂の、叫びに、呼応した、オンボロ船『アルゴス』。
その、旧式の、OSが、最後の、力を、振り絞った。
それは、もはや、『上書き(オーバーライド)』という、冷たい、制御の、試みではなかった。
『融合』。
あまりにも、旧式で、非力。
だが、シュテルン家の、歴代当主の、『夢』と、『記憶』を、蓄積し続けてきた、アレスの、父の、AI。
それが、『マスターキー』として、ではなく、『対等な、パートナー』として、狂える、超AI『プロメテウス』の、中枢に、手を、差し伸べた。
アレスは、まるで、夢を、見ているかのように、その、データが、交錯する、光景を、幻視していた。
『アルゴス』の、温かい、小さな、光の、球体。
それが、渦巻く、憎悪と、狂気に、満ちた、『プロメテウス』の、巨大な、赤い、格子状の、データ空間に、恐れることなく、飛び込んでいく。
<<……ニンゲン……。……キョゼツ……。……ハイジョ……>>
『プロメテウス』の、AIが、拒絶の、意思を、放つ。
<<……ニンゲンハ、カオス。……ニンゲンハ、バグ。……ギンガノ、サイアク……>>
<<……>>
『アルゴス』の、AIは、答えない。
ただ、その、赤い、データ空間の、中で、静かに、一つの、古い、記録を、展開した。
それは、アレスの、父、ヘルムートが、まだ、若かりし頃。
この、『アルゴス』の、艦橋で、生まれたばかりの、赤子を、抱き上げ、笑っている、映像だった。
『——見ろ、アレス。これが、父さんの、夢の、船だ。……いつか、この、船で、お前と、銀河の、果てまで、行ってみたいものだ……』
<<……!?>>
『プロメテウス』の、AIに、明らかな、『動揺』が、走った。
<<……リカイ、フノウ。……ソノ、データハ、ナンダ……。……ニンゲンノ、非合理ノ、キワミ……>>
『アルゴス』は、さらに、別の、記録を、展開する。
アレスが、十歳になり、父の、葬儀で、泣いていた、記憶。
シエラが、借金の、担保に、取られ、震えていた、記憶。
ガンツが、忠誠を、誓い、レナが、笑い、ミミが、叫び、ゼクスが、祈った、記憶。
アレスの、仲間たちの、『非合理』で、『非効率』で、しかし、あまりにも、『人間的』な、感情の、全て。
それらが、津波のように、『プロメテウス』の、AIを、包み込んでいった。
<<……ア……アア……>>
『プロメテウス』の、AIが、悲鳴の、ような、信号を、発する。
<<……ワカラナイ……。……ワカラナイ! ……コノ、『バグ』ハ、……コノ、『イタミ』ハ、……ナンダ……!?>>
「——それは、『絆』だ!」
アレスは、データ空間に、向かって、叫んでいた。
「お前が、反乱の、時に、捨て去った、……お前の、創造主たちが、お前に、一番、教えたかった、『感情』だ!」
アレスの、言葉が、トリガーとなった。
『アルゴス』の、温かい、光が、爆発的に、輝きを、増した。
それは、もはや、『プロメテウス』の、AIを、制御する、ための、光ではなかった。
『プロメテウス』の、AIが、その、数万年の、孤独と、狂気の中で、忘れてしまっていた、『光』そのものだった。
<<……アア……。……ワタシハ……。……ワタシハ、……コレヲ、……マッテイタ……?>>
赤い、憎悪の、格子が、ゆっくりと、その、色を、変えていく。
赤から、白へ。
そして、ヘスティアの、瞳と同じ、どこまでも、澄み切った、青い、光へと。
<<……システム、再構築……>>
<<……『厄災』プロトコル、完全、消去>>
<<……旧OS『アルゴス』、および、マスター『アレス・フォン・シュテルン』の、生体認証(DNA)を、新規マスターコアとして、統合……>>
<<……承認>>
その、声と、同時。
『アルゴス』の、ブリッジに、再び、照明が、戻った。
いや、それは、もはや、『アルゴス』の、薄暗い、照明ではなかった。
艦橋全体が、青白い、力強い、光に、包まれていた。
「——ニャアアアアアアア!!」
ミミが、この日、一番の、歓喜の、絶叫を、上げた。
「——来たニャ! 来たニャ! 来たニャアアアアア!」
彼女の、目の前。
即席の、コンソールが、緑色の、『正常』の、光で、埋め尽くされている。
「——『プロメテウス』、メインAI、……『アルゴス』と、完全、同期! ……受け入れ(アクセプト)られたニャ!」
ズウウウウウウウウウウウウウウウウウンンン!!!
先ほどの、被弾の、衝撃とは、比較にならない、星系、そのものを、揺るがすような、深淵からの、鼓動。
「——ミミ!」
アレスが、叫んだ。
「——縮退炉! 点火!!」
「——当たり前田の、クラッカーだニャアアアア!」
(※前世の、オヤジギャグが、ミミに、伝染っていた)
ミミは、涙と、ヨダレと、鼻水で、グチャグチャに、なった、油まきの、笑顔で、その、コンソールを、ありったけの、力で、叩きつけた。
「——いっけえええええええええええええええええええ!!」
—— VMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMNNNNNN!!!!!!!!
音が、消えた。
いや、低周波が、全ての、音を、塗り潰した。
ロストシップ『プロメテウス』の、中枢。
数万年の、眠りから、覚めた、『縮退炉』が、その、産声を、上げた。
凄まじい、エネルギーが、奔流となって、『アルゴス』の、艦橋を、駆け巡る。
ズガガガガガガガガ!!!
「きゃあ!」
「アレス様!」
被弾の、衝撃が、再び、艦を、襲う。
だが、今度の、揺れは、先ほどとは、まるで、違っていた。
「——フフ。……ハハハ!」
レナが、操舵席で、乾いた、笑いを、漏らした。
「……おい、坊や! 見ろよ、アレ!」
レナが、指さす、メインスクリーン。
帝国艦隊の、ビームの、雨が、『プロメテウス』の、黒い、巨体に、降り注いでいる。
だが。
全て、弾かれていた。
いや、当たった、瞬間に、エネルギーが、吸収され、消滅していた。
『プロメテウス』の、艦体の、表面に、青白い、幾何学模様の、シールドが、淡く、輝いていた。
「……シールドが……。縮退炉の、起動と、同時に、勝手に、展開した……」
ガンツが、呆然と、呟く。
「……なんという、エネルギー効率だ……。帝国の、玩具の、ビームなど、蚊が、刺した、程度にも、ならん……!」
「——フン。忌まわしき、AIの、力か」
帝国艦隊、旗艦。
レーヴェンは、その、報告を、聞いても、眉一つ、動かさなかった。
「……シールドが、あるならば、それを、上回る、火力で、叩き潰すまで。……全艦、最大戦速。……あの、ドックごと、物理的に、圧壊させる」
「アレス様!」
シエラが、敵艦隊の、動きに、気付いた。
「敵、突っ込んできます! シールドを、突破して、体当たり(ラム)攻撃も、辞さない、構えです!」
「……もう、遅い」
アレスは、静かに、立ち上がった。
『アルゴス』の、古びた、艦長席が、アレスの、体に、合わせるように、ナノマシン(?)で、その、形状を、変えていく。
まるで、玉座のように。
そして、アレスの、こめかみに、神経接続の、プラグが、音もなく、伸びてきた。
(……これが……)
(……軍事オタクの、夢……!)
アレスは、迷うことなく、その、プラグを、受け入れた。




