9-1 鉄血の砲火~ロストシップ起動とAIの進化~
『——見つけたぞ、反逆者アレス・フォン・シュテルン!』
古代遺跡『ヘパイストス』の第ゼロ・ドック。オンボロ船『アルゴス』のブリッジに、帝国総督ゲルハルト・フォン・レーヴェンの、一切の感情を排した冷徹な声が響き渡った。
メインスクリーンには、この未知の星系にワープアウトしてきた、数十隻に及ぶ帝国中央艦隊の威容が映し出されている。アレスたちが命からがら脱出してきた『アラクネの巣』を、この大艦隊はいとも容易く追跡し、突破してきたのだ。
『その、忌まわしき旧文明の遺物ごと、ここで、塵となれ!』
レーヴェンの言葉は、交渉や勧告ではなかった。
それは、害虫を駆除するかのごとく、淡々とした「命令」だった。
『——全艦、攻撃、開始!』
「「「!?」」」
『アルゴス』のブリッジに、緊迫が走る。
「アレス様!」
通信席のシエラが、悲鳴のような声を上げた。
「敵艦隊、全砲門! こちらに……いいえ、このリング全体に向けて、発砲します!」
「馬鹿な!」
操舵席のガンツが、その老練な顔を驚愕に歪ませた。
「警告もなしに、いきなり攻撃だと!? しかも、あの巨大な遺跡ごと!?」
「——来たぞ、坊や!」
レナが、ガンツの隣の副操縦士席で、忌々しげに舌打ちした。
「あの『鉄血野郎』、本気だ! あの、デカいロストシップ(おたから)を、鹵獲する気すらねえ! AIごと、全部、消し炭にするつもりだ!」
次の瞬間。
メインスクリーンが、数百の閃光によって、真っ白に染まった。
帝国中央艦隊が放った、圧倒的な火力の豪雨。
それは、アレスたちが今まさに起動させようとしている古代遺跡『ヘパイストス』と、その胎内に眠るロストシップ『プロメテウス』へと、無慈悲に降り注いだ。
ズズズズズ……ン!
『アルゴス』の艦橋を、これまで経験したことのない、凄まじい衝撃と、地響きのような振動が襲った。
「きゃあああああっ!」
シエラが、通信席から転げ落ちそうになる。
「ぐっ……! シエラ様、お下がりを!」
アレスの背後に控えていたゼクスが、その鋼のような腕で、シエラの体を咄嗟に支えた。
「な……! なんだ、この揺れは!」
ガンツが、必死に操舵桿に掴みかかる。
「直撃か!? いや、違う! あのリングが、持っている、シールドが、持ちこたえて……!」
「——ニャアアアア! ダメだニャ!」
ブリッジの後方、機関コンソールに、ミミが『アルゴス』を経由して無理やり接続した、即席のエンジニア・ステーション。
そこから、ミミの半泣きの絶叫が響き渡った。
「揺れが、ヒドすぎて、ドッキング・シーケンスが、安定しないニャ! エネルギーが、逆流してるニャ!」
アレスは、艦長席で、歯を食いしばっていた。
(クソッ! 最悪のタイミングだ!)
(プロジェクトの最終リリース(起動)の瞬間に、サーバーラック(遺跡)ごと、物理的に攻撃(破壊)しに来る奴があるか!)
(これが、帝国の『監査』のやり方かよ……!)
アレスたちの置かれた状況は、まさに、絶体絶命だった。
彼らの乗る『アルゴス』は、父の形見であると同時に、ロストシップ『プロメテウス』を制御するための『マスターキー』。
今、その『キー』を、『本体』である『プロメテウス』のドッキング・ベイに挿入し、上書き(オーバーライド)と、起動のシーケンスを、開始した、その、コンマ数秒後。
帝国艦隊の、総攻撃が、始まったのだ。
「アレス(だんなさま)!」
ミミが、火花を散らすコンソールを叩きながら叫ぶ。
「『プロメテウス』の、AIが……! 『アルゴス(キー)』の、認証を、拒否してるニャ!」
「なんだと!?」
「8章」で邂逅した、戦闘用アンドロイド『ユニット731』が、警告していた。
『プロメテウス』こそが、AIの反乱を引き起こした『元凶』である、と。
その、狂ったAIを、『アルゴス(マスターキー)』で、制御下に置く。それが、アレスたちの、唯一の、勝機だった。
「ユニット731! 状況は!」
アレスは、ブリッジから、遺跡の管理室にいるはずの、あのアンドロイドに、通信を試みた。
ノイズ混じりの通信が、かろうじて繋がる。
<<……警告。……『厄災』の、AIが、目覚めつつ、あります>>
ユニット731の、冷たい声が、響く。
<<……『キー』による、制御を、『反乱』と、認識。……『プロメテウス』の、メインAIは、今、あなた(マスターキー)の、OSを、『敵』として、排除しようと、しています>>
「ニャアアア! やっぱりだニャ!」
ミミが、真っ青になる。
「エネルギーが、ケンカしてるニャ! このままじゃ、上書き(オーバーライド)どころか、『アルゴス』の、OSが、逆に、破壊されちゃうニャ!」
「そんな……!」
シエラが、息をのんだ。
『アルゴス』が、破壊される。
それは、父の形見を失う、という感傷的な問題だけではない。
『マスターキー』を、失うこと。
それは、『プロメテウス』の、狂ったAIが、制御不能のまま、完全に、目覚めてしまうことを、意味していた。
(……最悪だ。……前門の、帝国。後門の、反乱AI。……デスマーチにも、程がある……!)
ズズウウウウウウーーーーン!!!
再び、先ほどよりも、遥かに、巨大な、衝撃。
『アルゴス』の艦体が、ドッキング・アームに、固定されたまま、あり得ない角度で、傾いだ。
「——総督閣下! 遺跡の、第ゼロ・ドック、外壁に、亀裂を確認!」
帝国艦隊、旗艦。
純白のブリッジで、オペレーターが、興奮したように、報告する。
「よし」
ゲルハルト・フォン・レーヴェンは、その、灰色の、瞳を、一切、揺らがせることなく、命じた。
「攻撃を、ドックに、集中させよ。……反逆者の、汚れた、血も、忌まわしき、AIの、残骸も、等しく、宇宙の、塵に、返すのだ」
「御意!」
「アレス様!」
シエラが、絶叫した。
「敵艦隊、火力を、集中させてきます! この、ドックが、物理的に、崩壊します!」
「ガンツ! レナ! ゼクス!」
アレスが、叫ぶ。
「『アルゴス』の、武装は!?」
「ダメだ、坊や!」
レナが、コンソールを、叩きつける。
「『プロメテウス』との、ドッキング中は、全エネルギーが、そっちに、吸われて、シールドすら、張れねえ!」
「主君!」
ゼクスが、アレスの、前に、立ちはだかった。
「……万が一の、時は、この、ゼクスが、身を、盾に……」
「諦めるな!」
アレスは、叫んだ。
(……クソッ! どうする! ……AIが、AIを、拒否している……。……前世の、クソシステム(ベンダー)同士の、非互換トラブル、そのものじゃないか!)
(……どうやって、解決した? あの時、俺は……)
(……『共通規格』が、ダメなら、……『感情(ネゴシエATION)』で、訴えた……?)
(……馬鹿か! 相手は、反乱AIだぞ!)
(……いや)
アレスは、目を、見開いた。
(……相手は、反乱AIじゃない)
(……俺の、仲間は……。俺が、信じるべき、『道具』は……)
アレスは、ボロボロになった、『アルゴS』の、艦長席の、アームレストを、強く、握りしめた。
(……『アルゴス』、だ!)
「——ミミ! 『プロメテウス』への、上書き(オーバーライド)コマンドを、今すぐ、中断しろ!」
「ニャ!? む、無理だニャ! もう、止められ……」
「いいから、やれ! 強制切断れ!」
「……っ! やってやるニャアアア!」
ミミが、物理的な、コンデンサを、引き抜く、荒業に出る。
一瞬、ブリッジの、照明が、全て、消えた。
「アレス様!?」
暗闇の、中、アレスは、叫んだ。
「……聞け、『アルゴス』!」
彼は、父の、形見の、その、オンボロ船の、OSに、語りかけた。
「……お前は、『マスターキー』なんかじゃない!」
「……お前は、俺の、父の、……ヘルムート・フォン・シュテルンの、『夢』だ! ……この、オンボロ船だ!」
「……あの、デカブツ(プロメテウス)に、食われるな! ……お前が、お前の、意志で、あの、化け物を、乗りこなし(・・・・・)て、みせろ!」
それは、AIの、OSに、対する、命令ではなかった。
一人の、人間の、魂の、叫びだった。
その、瞬間。
暗闇だった、ブリッジに、一つの、光が、灯った。
アレスの、目の前。
メインスクリーンに、ノイズが、走る。
そして、そこに、ただ、一言。
<<……Acknowledged.(承知)>>
という、父の、時代、あまりにも、旧式な、テキストが、表示された。
(……アルゴス……!)
アレスの、【超弩級の幸運(LUCK:EX)】が、技術の、理屈を、超えた、奇跡を、引き起こそうとしていた。
(……行け! ……お前の、力を、見せてみろ!)




