8-1 アラクネの巣(船の墓場)~古代文明の遺跡~
シュテルン星系の外縁部、帝国航路図において「航行禁止区域(レベル5)」に指定され、海賊バルツァーですら恐れ、迂回していた宙域。
通称、『アラクネの巣』。
その絶望的な暗黒宙域に、一隻の旧式コルベット艦『アルゴス』と、六機の護衛戦闘機『クリムゾン・ウィング』隊が、命知らずにも突入していった。
「——ニャッハー! 来たニャ! 右舷三十度、超デカいアステロイド! 回避、間に合わニャい!」
開発工廠から、ミミの悲鳴のようなナビゲートが『アルゴス』のブリッジに響き渡る。
彼女は、惑星に残っているヘスティア(AI)と直結し、『アルゴス』に搭載された、ありったけの『魔改造』センサーを限界稼働させ、この「死の迷宮」の、秒単位で変化する「地図」を描き出そうと必死になっていた。
「——うるさいよ、ネコ! 見えてる!」
『アルゴス』の操舵席には、ガンツではなく、この無謀な航海のために志願したレナが、その両手足を、まるで踊るかのように操舵コンソールに叩きつけていた。
「ガンツ(ジイさん)の、かったるい『帝国式』操縦じゃ、コンマ1秒で、宇宙のチリだ!」
レナは、そのSクラスの操縦技術を、この『アルゴス』という、ミミによってエンジンだけが魔改造された「オンボロの皮を被った怪物」に、完璧にシンクロさせていた。
「——G、来るよ! 歯ァ食いしばれ、坊や!」
「ぐ……っ!」
艦長席で、アレスは、シートベルトに全身を締め付けられながら、凄まじい横Gに耐えていた。
『アルゴス』は、レナの操縦により、高速回転しながら、迫りくる直径数キロのアステロイドの、わずかな「隙間」を、船体を擦らんばかりの勢いで、すり抜けていく。
(……これが、『アラクネの巣』……!)
アレスは、メインスクリーンに映し出される、常軌を逸した光景に、冷や汗を禁じ得なかった。
「巣」という、生やさしいものではない。
これは、「嵐」だ。
無数の、大小様々なアステロイドが、不規則な、複雑怪奇な重力波に乗り、予測不可能な軌道で、互いに衝突し、砕け散り、そして、新たな「弾丸」となって、飛び交っている。
(……レーヴェン(総督)の、お役所仕事(正規艦隊)が、この宙域の監視を「放棄」した理由が、よく分かる)
(……こんな場所、まともな軍隊なら、航行プランを立てた時点で、コンプライアンス部門に、即、却下される……!)
だが、アレスたちは、その「常識の外」にしか、活路がないことを、知っていた。
「アレス様!」
ブリッジの後方で、通信席を、死守していたシエラが、青ざめた顔で叫んだ。
「ゼクス様からの報告! 護衛についている『クリムゾン・ウィング』隊、二機が、デブリの直撃を受け、中破! 戦線離脱します!」
「……っ! 損傷は!?」
「何とか、自力航行で、アステロイドの影に、退避した、と……! パイロットは、無事です!」
「……クソッ!」
アレスは、唇を噛んだ。
レナの、超絶技巧。ミミの、カスタムセンサー。
だが、物理的な「物量」には、限界がある。
『アラクネの巣』は、彼らの「リソース」を、確実に、削り取っていた。
『——ニャアア! アレス(だんなさま)! ダメだニャ!』
ミミの、ナビゲートが、ついに、泣き言に変わった。
『……この先、重力波が、複雑すぎて、センサーが、焼き切れるニャ! ……もう、『地図』が、作れない!』
「……なに!?」
『……ここから先は、本当の、『闇』だニャ! ……勘で、進むしか、ないニャ!』
「……フフ」
その、絶望的な、宣告に、操舵席のレナが、乾いた笑いを、漏らした。
「……勘、ねえ」
彼女の、銀色の、美しい髪が、汗で、その、うなじに、張り付いている。
凄まじい、集中力。
Sクラスのエースパイロットである、彼女の、体力と、精神力もまた、限界に、近づいていた。
「……坊や。……決断を」
レナは、アレスを、振り返らずに、言った。
「……このまま、突っ込むかい? ……それとも、あの、無事だった、二機の、仲間のところへ、戻って、ジリ貧になるのを、待つかい?」
(……戻る、か)
アレスは、歯を、食いしばった。
戻れば、どうなる?
帝国の、封鎖網が、待っている。
惑星の、デッドライン(六十日)が、待っている。
(……どっちに、転んでも、『死』だ)
(……ならば!)
「——突っ込む」
アレスは、即答した。
「……この、『闇』の、向こう側に、俺の、【超弩級の幸運(LUCK:EX)】が、あると、信じる」
「…………」
レナは、アレスの、その、常識外れの、「覚悟」の、声に、満足そうに、口の、端を、吊り上げた。
「……OK。……アタシの、Sクラスの『勘』と、坊やの、『幸運(LUCK)』……」
「——どっちが、上か、勝負だ!」
レナは、操舵桿を、さらに、強く、握りしめた。
『アルゴス』は、ミミの、ナビゲートが、完全に、途絶えた、『アラクネの巣』の、最深部……本当の、「船の墓場」へと、その、艦首を、向けた。
それは、帝国の、予測からも、完全に、逸脱した、破滅への、一本道に、見えた。




