7-4 葛藤と第三の道
戦略司令室は、この数ヶ月で、最も、重く、絶望的な、沈黙に、包まれていた。
惑星包囲網が、敷かれてから、三日が、経過した。
ミミが、開発工廠から、悲痛な、通信を、入れてくる。
「……ニャ、ニャア……。アレス(だんなさま)……。資源が、もう、底を、つきそうだニャ……。『魔改造』どころか、惑星の、インフラ維持パーツすら、作れないニャ……」
ヘスティアの内政無双も、物理的な「資源」がなければ、絵に描いた餅だ。
シエラも、憔悴しきっていた。
「……領民たちにも、動揺が、広がっています。……食料の、配給が、再び、制限される、という、噂が、広まり……」
「……アレス様が、帝国に、逆らった、せいだ、と……。そんな、声まで……」
「……シエラ。……お前の、せいじゃない」
アレスは、唇を、噛みしめた。
(……クソッ! クソッ! ……俺が、甘かった……!)
(……バルツァーを、叩き潰した、あの時……。もっと、上手く、立ち回る、べきだった……!)
(……いや、違う。……あの、選択は、間違って、いなかった。……だが、その、後の、対応が、足りなかった……!)
前世の、サラリーマンとしての、後悔が、アレスを、苛む。
「……アレス様」
その、沈黙を、破ったのは、ガンツだった。
老将は、ゆっくりと、立ち上がり、アレスの、前に、進み出た。
「……もはや、道は、一つしか、ありませぬ」
「……ガンツ……?」
「……一戦、交えるべきです」
「……!」
ガンツの、その、言葉に、レナが、驚いたように、口笛を、吹いた。
「……おいおい、ジイさん。正気か? ……相手は、帝国の、正規艦隊だぜ? ……俺たちの、魔改造艦隊が、通用する、相手じゃ、ねえぞ」
「……分かっておる!」
ガンツが、叫んだ。
「……だが、このまま、座して、飢え死にするのを、待つのか!?」
「……アレス様が、お示しに、なった、『神童』の、戦術! ……そして、レナ殿の、腕! ミミ殿の、技術! ……それらを、全て、結集すれば、あるいは、あの、包囲網に、一矢、報いる、ことも……!」
「……無駄死に、だね」
レナは、冷ややかに、言い放った。
「……アレス様の、戦術は、『情報』と、『奇策』が、あってこそ、だ。……だが、相手は、帝国だ。……こっちの、データは、丸裸。……戦術(オタク知識)も、一度、見せれば、研究され、対策される」
「……ガンツ。……レナの、言う通りだ」
アレスは、重く、首を、横に、振った。
「……武力抵抗は、最悪の、『悪手』だ。……レーヴェン(総督)は、それを、待っている。……俺たちが、先に、手を出した、瞬間、俺たちは、『反逆者』として、合法的に、領民ごと、浄化される」
「……ぐ、……。では、どうしろと……!?」
ガンツが、悔しそうに、拳を、握りしめる。
「……降伏、しか、ないのですか……?」
シエラが、涙ながらに、呟く。
「……降伏すれば、俺は、『反逆罪』で、処刑。……ヘスティア(AI)は、奪われ、破壊される。……そして、この、星は、レーヴェンの、圧政の下、永遠に、搾取される、奴隷の、星に、なる」
アレスは、全ての、選択肢を、否定した。
「……戦っても、死ぬ。……降伏しても、死ぬ。……待っていても、死ぬ」
「…………」
司令室の、全員が、言葉を、失った。
八方塞がり。
いや、全方位が、絶望に、閉ざされている。
「……いや」
アレスは、その、絶望の、中心で、静かに、顔を、上げた。
その、瞳には、もはや、焦りも、恐怖も、なかった。
そこにあったのは、前世の、三十五歳の、サラリーマンが、炎上する、全ての、プロジェクトで、最後に、見せてきた、あの、「覚悟」の、光だった。
「……まだだ。……まだ、手は、ある」
「……アレス様……?」
アレスは、戦略星図を、叩いた。
「……レーヴェン(総督)の、包囲網は、『ウロボロス・ゲート』と、『シュテルン星系』の、主要な、脱出航路に、集中している」
「……だが、ヤツも、完璧じゃない」
アレスは、星図の、ある、一点を、指さした。
そこは、シュテルン星系の、外縁部。
バルツァー領とも、ドレイクの、航路とも、全く、逆方向の、暗黒宙域。
そこには、赤黒い、警告色で、『航行禁止区域』と、記された、広大な、アステロイド帯が、広がっていた。
『——アラクネの巣』
「……アレス様!?」
ガンツが、今度こそ、本気で、驚愕の、声を、上げた。
「……いけません! あそこは、ダメだ! ……『アラクネの巣』は、海賊バルツァーすら、避けていた、魔の、宙域!」
「……無数の、アステロイドが、不規則な、重力波に、乗って、嵐のように、吹き荒れている、と……。……入った、船は、一隻たりとも、戻らなかった、『船の、墓場』ですぞ!」
「……ああ。知ってる」
アレスは、平然と、頷いた。
「……だからこそ、だ」
アレスは、司令室の、仲間たちを、見渡した。
「……帝国の、巨大な、正規艦隊(お役所仕事)が、唯一、監視の、手を、抜いている、場所」
「……それが、『アラクネの巣』だ」
「……ま、まさか、坊や……」
レナが、その、あまりにも、狂気じみた、発想に、ゴクリと、唾を、飲んだ。
「……そこを、突破して、帝国の、包囲網の、『外』へ、出ようって、言うのかい……?」
「……そうだ」
アレスは、レナ(エースパイロット)と、ミミ(天才エンジニア)の、顔を、交互に、見た。
「……あんたたちの、『腕』が、あれば、できる。……いや、やるんだ」
「……ニャ、ニャア……!?」
ミミが、その、猫目を、丸くする。
「……『アラクネの巣』の、デブリの、嵐を、抜けられる、高機動センサーと、エンジン……。……あたしの、『魔改造』が、必要って、ことニャ……!?」
「……フフ」
レナが、その、唇に、久しぶりに、獰猛な、笑みを、浮かべた。
「……ジリ貧で、飢え死にするより、よっぽど、マシだ。……『船の、墓場』で、鬼ごっこ、ねえ。……退屈しのぎには、なりそうだ」
アレスは、頷いた。
「……決まりだ。……この、絶望的な、『経済封鎖』を、突破する、『第三の道』だ」
「……ガンツ、ゼクス、シエラ。……お前たちには、俺が、戻るまで、この、領地を、守ってもらう。……ミミ!」
「ニャ、ニャイ!」
「……『アルゴス』と、レナの『クリムゾン・ウィング』隊に、この、星系に、残っている、最後の、希少資源を、全て、注ぎ込め。……『アラクネの巣』を、突破するためだけの、『魔改造』を、施せ!」
「……御意ニャ! アレス(だんなさま)! あたしの、最高傑作、作ってやるニャ!」
「……アレス様……」
シエラが、不安げに、アレスの、服の、袖を、掴む。
「……必ず、ご無事で……」
「……ああ。任せろ」
アレスは、シエラの、その、小さな、手を、力強く、握った。
「……目的は?」
ガンツが、最後に、問いかけた。
「……包囲網を、抜けた、その先で、何を、なさる、おつもりか」
アレスは、星図の、さらに、向こう側……誰も、見たことがない、未開の、「闇」を、見据えた。
「……『新しい、航路』と、『新しい、資源』の、発見だ」
「……そして」
アレスは、不敵に、笑った。
「……俺の、【超弩級の幸運(LUCK:EX)】が、その、『闇』の、中にこそ、眠っていると、告げている」
帝国という、絶対的な、権力に、正面から、屈する(たたかう)のではなく。
その、「監視」の、裏を、かき、「常識」の、外へと、活路を、見出す。
それは、まさに、アレス・フォン・シュテルン(山田健一)の、サラリーマンとして、そして、軍事オタクとしての、生き様、そのものだった。
シュテルン星系の、命運を、賭けた、最大の、「賭け(プロジェクト)」が、今、始まろうとしていた。




