7-2 圧政的総督の「呼び出し」
新総督、ゲルハルト・フォン・レーヴェン(以下、レーヴェン)の着任は、迅速かつ、圧倒的だった。
彼は、シュテルン星系に隣接する、帝国直轄の中立宇宙ステーション『レグルス・プライム』に、新たな総督府を設置。
その際、彼が引き連れてきた帝国中央艦隊は、巡洋艦十隻、駆逐艦三十隻以上という、辺境の全貴族の艦隊を束ねても、まるで比較にならない、絶望的な規模の戦力だった。
「……これが、帝国の、『本気』……」
『アルゴス』のドックで、遠巻きにその大艦隊の威容を観測していたレナが、さすがに、その獰猛な笑みを消し、真顔で呟いていた。
「……アタシがいた、中央艦隊の、一個分艦隊まるごと、だ。……冗談じゃない。辺境の総督に着任するのに、こんな戦力、あり得ないよ」
「……つまり、それだけ、我ら(アレス様)が、危険視されている、ということですな」
ガンツも、老練な軍人として、その戦力差に、冷や汗を禁じ得なかった。
その、絶望的な戦力が到着した、わずか数時間後。
シュテルン領主館の戦略司令室に、レーヴェン総督からの、簡潔な「命令」が届いた。
『——シュテルン男爵、アレス・フォン・シュテルン。及び、筆頭秘書官シエラ。両名は、24時間以内に、総督府に出頭し、新総督への着任の挨拶を行え。……これは、帝国中央の、正式な『命令』である』
「……呼び出し、ですわね」
シエラが、青い顔で、その命令書を握りしめる。
「……これは、罠でしょうか?」
「罠、以前の問題だ」
アレスは、冷静に頭を振った。
(……サラリーマンが、本社の役員からの『面談依頼』を、断れるわけがない)
(……断った瞬間、『反逆』とみなされ、あの、バカげた大艦隊が、攻め込んでくる。……詰みだ)
「……行くしかない」
アレスの決断に、司令室が、緊張に包まれる。
「ゼクス」
「はっ!」
「護衛は、お前一人でいい。……帝国に、俺たちの戦力(手の内)を、見せる必要はない」
「御意」
「ガンツ、レナ、ミミ。……俺とシエラが留守の間、領地の最大警戒レベルを維持。……万が一、俺が戻らなかった場合は……」
アレスは、言葉を区切った。
「……どうするニャ!? アレス(だんなさま)!」
ミミが、泣きそうな声を上げる。
「……ヘスティア。プランBを、実行しろ」
「……プランB……?」
シエラが、アレスを見上げる。
アレスは、シエラの肩に、そっと手を置いた。
「……お前たちだけでも、生き残れ。……『ウロボロス・ゲート』を使って、ドレイクの協力で、この星系から、脱出するんだ」
「「「……っ!」」」
「そ、そんな……! アレス様を見捨ててなど……!」
シエラが、叫ぶ。
「これは、命令だ」
アレスは、冷たく言い放った。
「……AIの存在がバレれば、俺たちは、どうせ『反逆者』だ。……だが、俺が『監査』で、時間を稼いでいる間に、お前たちが逃げ切れる可能性は、ゼロじゃない」
アレスは、アンドロイド体のヘスティアに向き直った。
「……ヘスティア。お前は、絶対に、帝国に渡すな。……お前は、この星の、未来だ。……シエラたちを、必ず、守れ」
「…………」
ヘスティアは、その、完璧な美貌を、わずかに、伏せた。
<<……管理者様。……あなたの、生還確率を、最優先する、プランCを、推奨します>>
「……却下だ。……行くぞ、シエラ、ゼクス」
十歳の少年は、自分一人の犠牲で、仲間全員を救おうとする、前世のサラリーマンとしての「覚悟」を、決めていた。
……中立ステーション『レグルス・プライム』、総督府。
アレス、シエラ、ゼクスの三人は、その、あまりにも、きらびやかで、冷たい、権力の象徴の前に、立っていた。
護衛のゼクスは、その異様な(獣人としての)外見から、武装解除の上、「ペット(・・・)は、控え室で待て」と、屈辱的な扱いを受け、隔離された。
アレスとシエラは、たった二人で、その、巨大な執務室の扉の前に、立たされた。
「……シュテルン男爵、アレス・フォン・シュテルン。入ります」
アレスが、十歳とは思えぬ、堂々とした声で、入室を告げる。
重い扉が開き、その先に、待っていたのは、冷徹なまでの、静寂だった。
部屋の、一番奥。巨大な黒曜石の執務机の向こう側に、一人の男が、背を向けて、立っていた。
ゲルハルト・フォン・レーヴェン。
その、帝国軍の、純白の制服は、塵一つなく、まるで、彼自身が、人間ではなく、冷たい「法」そのものであるかのように、威圧感を放っていた。
「……来たか。シュテルン家の、『神童』とやら」
レーヴェンは、ゆっくりと、振り返った。
歳の頃は、四十代か。
彫刻のように整った顔。
だが、その、灰色の瞳は、一切の感情を映さず、まるで、爬虫類のように、冷え切っていた。
「……ほう。噂通りの、小僧だ」
レーヴェンは、アレスを、まるで、顕微鏡で、虫けらを、観察するかのように、値踏みした。
「……新総督、ゲルハルト・フォン・レーヴェン閣下。この度のご着任、心より、お慶び申し上げます」
アレスは、帝国貴族として、完璧な、最敬礼をとった。
シエラも、緊張に震えながら、それに続く。
「……フン。貴族ごっこは、結構」
レーヴェンは、机の上の、一つのデータ端末を、指で、弾いた。
「……単刀直入に、聞こう。男爵」
「……はい」
「貴様の領地は、この、数ヶ月で、異常なまでの、経済成長を、遂げている。……負債は、完済。あまつさえ、隣の貴族を、艦隊戦で、打ち破り、その、領地まで、奪い取った」
「……決闘は、帝国法に則った、正当なものです」
アレスが、冷静に、答える。
「——正当、だと?」
レーヴェンの、声の、温度が、さらに、数度、下がった。
「……辺境の、秩序を、著しく、乱した、その、行為が、か?」
彼は、アレスの、目を、真っ直ぐに、射抜いた。
「……貴様。何か、使ったな?」
「……と、仰いますと?」
「——『禁忌』の、力だ」
レーヴェンの、灰色の瞳が、憎悪に、ギラついた。
「……AIだ。……貴様、旧文明の、忌まわしき、AIを、再起動させただろう」
「「……っ!」」
アレスとシエラの、背筋に、氷の、杭が、打ち込まれたかのような、衝撃が、走った。
(……バレてる……!?)
(……いや、カマだ! ヘスティアは、完璧に、隠蔽されているはず!)
アレスは、必死に、ポーカーフェイスを、維持した。
「……総督閣下。……ご冗談を。AIは、帝国法における、最大の、禁忌。……そのようなもの、この、シュテルン星系に、存在するはずも、ありません」
「……ほう? では、あの、フリゲート三隻で、十二隻の艦隊を、壊滅させた、『神がかりの戦術』は、どう、説明する?」
「……それは、我が軍事顧問の、老練な、指揮と……」
「——そして、『幸運』、か?」
レーヴェンが、アレスの、言葉を、遮った。
アレスは、息を、飲んだ。
(……まずい。こいつ、俺の【LUCK:EX】の、噂まで、掴んでやがる……!)
「……フン。どちらにせよ、貴様が、この、辺境星域の、『秩序』を、乱した、危険分子であることに、変わりはない」
レーヴェンは、本題に、入った。
彼は、一枚の、電子契約書を、アレスの、目の前に、提示した。
「……帝国中央は、決定した。……当宙域の、防衛体制の、抜本的な、見直しを、行う」
「……その、防衛費を、賄うため、貴様の、シュテルン星系に対し」
「——『辺境星系安全保障税』を、課す」
「……税率……?」
シエラが、かすれた、声を、出す。
レーヴェンは、その、灰色の、瞳を、一切、揺らがせることなく、宣告した。
「——貴様の、領地の、全収入の、九十パーセント(・・・・・)だ」
「「…………っ!」」
それは、税金、ではなかった。
「強奪」であり、実質的な、死刑宣告、だった。
「……そ、そのような……! 法外な……!」
シエラが、思わず、抗議の、声を、上げる。
レーヴェンは、シエラを、虫けらを、見るような、目で、一瞥した。
「……黙れ、小娘。……これは、『交渉』ではない」
彼は、アレスを、見据えた。
「——『命令』だ。……帝国中央の、な」
「……もし、これを、拒否すれば……?」
アレスは、かろうじて、声を、絞り出した。
「……その瞬間、貴様を、『帝国への反逆者』として、断定する」
レーヴェンは、窓の外……彼が、引き連れてきた、圧倒的な、大艦隊を、指さした。
「——あの、大艦隊が、貴様の、その、『神童』の、メッキごと、その、赤子(赤字)惑星を、宇宙の、塵に、変えるだろう」
アレスは、唇を、噛みしめた。
あまりにも、圧倒的な、力の、差。
あまりにも、理不尽な、官僚主義の、暴力。
前世の、サラリーマンとして、幾度も、味わってきた、「本社の決定」の、最悪の、形だった。




