7-1 中央(セントラル)の監視~帝国の影~
バルツァー子爵との「決闘」における、三隻対十二隻という圧倒的な戦力差を覆しての圧勝。
そして、賠償金による八十五億クレジットという天文学的な負債の、奇跡的な「完済」。
シュテルン星系主星は、ここ数十年で最も明るい、熱狂的な祝賀ムードに包まれていた。
領主館の戦略司令室(旧応接室)は、もはやかつての陰鬱な雰囲気とは無縁だった。
「——やりましたわ、アレス様!」
シエラが、経理担当として、領地台帳のホロ・ディスプレイを誇らしげにアレスに示す。そこには、赤く点滅していた「債務」の項目が、完全に「ゼロ」となり、代わりに「賠償金(黒字)」の項目が眩しく輝いていた。
「信じられません……。数ヶ月前まで、惑星崩壊まで残り九十一日だったのが、嘘のようです!」
興奮に頬を赤らめるシエラ。彼女の「心」ある内政調整と、ヘスティアの「AI」による効率化が噛み合い始めた結果、領民の生活レベルも劇的に改善し始めていた。
「ニャッハー! これも全部、あたしの『魔改造』のおかげニャ!」
開発工廠からオンラインで参加しているミミが、油まみれの顔で胸を張る。
「バルツァーからブン獲った賠償金で、新しい『プラズマ炉』を注文したニャ! これで、レナ(ねえさん)の『クリムゾン・ウィング』隊を、さらに魔改造にできるニャ!」
「フフ。お手柔らかに頼むよ、ミミ。アタシの体が、あんたの『魔改造』のGに耐えられなくなったら、責任取ってよね」
シミュレーター室から気だるそうに答えるレナ。彼女は、アレスの常識外れの戦術と、ミミの常識外れの機体性能に、エースパイロットとして最高の「刺激」を得て、今やシュテルン星系にすっかり居着いていた。
「うむ。兵の士気も最高潮です」
ガンツも、満足げに頷く。
「鹵獲したバルツァー子爵の艦艇(もちろん賠償として合法的に譲渡させた)も加わり、我が領地防衛隊は、今やフリゲート艦五隻、駆逐艦四隻を擁する、辺境でも屈指の戦力となりました。元海賊の投降兵たちも、アレス様の『神童』の戦術を学べるとあって、訓練にも熱が入っております」
アレスは、その頼もしすぎる仲間たちの報告に、静かに目を細めていた。
(……借金完済。領地拡大。戦力増強。内政安定。……前世のサラリーマンとして、これ以上ない『プロジェクトの成功』だ)
このまま、平穏な領地経営が続き、シエラと二人で、ゆっくりとこの星の未来を……。
アレスの背後には、いつものように、音もなく狼型獣人のゼクスが控えている。その絶対的な忠誠心に守られながら、アレスは、そんな淡い「夢」を描き始めていた。
——その、平和な空気を切り裂くように。
戦略司令室のメインスクリーンに、警告音が鳴り響いた。
「——管理者様」
司令室の隅に佇む、完璧な美貌のアンドロイド——ヘスティアが、その青白い瞳をアレスに向けた。
「緊急事態です。帝国中央政府、最高評議会より、当星系を含む『第7辺境星域』全域に対し、高レベルの暗号化通信を傍受しました」
「……帝国中央から?」
シエラが、訝しげな顔をする。
辺境の統治は、基本的に、その宙域の「総督府」に一任されているはず。中央政府が、貴族の決闘ごときに、直接介入してくるなど、前代未聞だった。
「内容は?」
アレスの低い問いに、ヘスティアは、無慈悲な事実をディスプレイに表示した。
『——通達。現・第7星域総督、ガイウス・フォン・リンドバーグを、秩序維持の怠慢により、本日付けで更迭する』
『後任として、帝国中央軍務省より、ゲルハルト・フォン・レーヴェン卿を、新総督として任命。全権を委任する』
「……総督の、更迭……!?」
ガンツが、そのあまりの事態の急変に、絶句した。
「ば、馬鹿な! 辺境の貴族同士の『決闘』ごときで、総督のクビが飛ぶなど……!」
「……違う」
アレスは、その通達文の裏にある、冷たい「意図」を正確に読み取っていた。
その顔から、十歳の少年の表情は消え、幾多のデスマーチを乗り越えてきた、三十五歳のサラリーマンの、険しい顔つきに戻っていた。
(……ヤバい。これは、ヤバい流れだ)
(前世の会社で、何度も見たパターンだ。……地方支店(辺境)で、イレギュラーな『大成功(アレスの勝利)』と『大失敗(バルツァーの敗北)』が同時に起きた。……本社の経営陣(官僚)は、その『予測不能な変動』そのものを、リスクと判断したんだ)
「……俺たちの、せいか」
アレスの呟きに、シエラがハッとした顔を向ける。
「アレス様……?」
「俺たちが、勝ちすぎたんだ。……バルツァーを叩き潰し、借金を完済し、領地まで奪った。……この短期間で、この辺境のパワーバランスを、根本から、ひっくり返してしまった」
アレスは、戦略星図を睨んだ。
「帝国の官僚(連中)が、一番嫌うのは、『秩序の外』にある、イレギュラーだ。……そして、俺たちは、その『イレギュラー』の、筆頭になってしまった」
「……ゲルハルト・フォン・レーヴェン……」
ガンツが、その新しい総督の名を、苦々しく反芻した。
「……聞いたことが、あります。……帝国軍の中でも、筋金入りの『中央集権派』。官僚主義の権化であり、法と秩序のためなら、血も涙もない男」
ガンツの顔が、絶望に青ざめていく。
「……人々は、彼をこう呼びます。『鉄血総督』、あるいは……『帝国の掃除屋』、と」
「……掃除屋、ね」
アレスは、最悪のシナリオを悟った。
(……監査どころじゃない。……これは、本社から、最強の『リストラ担当役員』が、直接、乗り込んできた、ってことだ)
ヘスティアが、冷静に、追い打ちをかける。
<<新総督、ゲルハルト・フォン・レーヴェン。その経歴をスキャン。……過去の『AIの反乱』において、一族の多くを失った家系の出身。……AI技術に対し、極度の嫌悪感(レベル5:抹殺対象)を持つ、危険思想の、持ち主と、断定されます>>
「「……っ!」」
アレスとシエラが、同時に、息をのんだ。
この司令室に、帝国法で禁忌とされる、最強の管理AIが、アンドロイド体で、存在している。
これは、もはや、単なる「税務調査」ではない。
「敵」が、自分たちの「首」を、本気で獲りに来たのだ。
熱狂的な祝賀ムードは、一瞬にして、氷点下の緊張へと変わった。
シュテルン星系は、借金という「内なる敵」を倒した直後、銀河帝国中央という、「外なる、最大の敵」の、冷たい視線に、晒されることとなった。
平和な日々は、あまりにも、短かった。




