6-3 魂の解放と決闘の布告
宇宙ステーション『アヴァリス』は、バルツァー子爵の、悪趣味と強欲の、象徴だった。
表向きは、交易ステーション。
だが、その裏側では、違法な武器密売と、そして、帝国法で厳しく禁じられている「人身売買」が、公然と、行われていた。
「……胸糞悪ィ場所だね」
レナが、小型ステルス艇(ドレイクから借りた、闇市場の逸品だ)の、狭いコックピットで、悪態をついた。
彼女とアレスは、ドレイクの密輸業者を装い、ヘスティアのハッキングで偽装したIDを使い、ステーションの、裏口とも言える、貨物搬入ドックに、潜入していた。
「……文句は、後だ。……ヘスティア、ルートは?」
アレスは、フードで顔を隠しながら、前世のサラリーマン時代に培った「潜入スキル(※深夜のオフィスに、こっそり忘れ物を取りに行くだけ)」を、必死に、思い出していた。
<<……管理者様。これより、最下層の、『奴隷区画』へ、最短ルートで、ご案内します>>
アレスの、耳に装着された、超小型通信機から、ヘスティアの、冷静な声が、響く。
<<……ただし、この区画は、強固な、物理的セキュリティによって、守られています。……私の、ハッキングだけでは、突破は、困難かと>>
「……ああ。だから、『S+(ゼクス)』を、先に、助け出すんだろうが」
レナが、まるで、裏庭を、散歩するかのように、軽やかな足取りで、暗い、通路を、進んでいく。
二人が、たどり着いた、『奴隷区画』は、この、きらびやかなステーションの、光が、一切、届かない、まさに、『錆の底』だった。
汚水の、悪臭。
鳴り響く、警報と、看守たちの、怒号。
そして……
「……グルルルル……!」
通路の、奥。
ひときわ、厳重な、檻の、中。
一人の、狼の、獣人が、その、金色の、瞳を、憎悪に、ギラつかせ、こちらを、睨みつけていた。
ゼクス。
その、首には、痛々しい、電撃の、ショック・カラーが、食い込んでいた。
「……おい、人間のガキ」
ゼクスの喉奥から、地を這うような低い声が漏れた。
「……俺を笑いに来たか。……あるいは、その女のように、俺を、『買い』に来たか」
「……フフ。威勢が、いいね」
レナが、面白そうに、檻を、指で、なぞる。
「……だが、残念。……アタシは、お前みたいな、毛むくじゃらの、『獣』には、興味ないんでね」
「……っ! 貴様!」
ゼクスが激昂し、檻に体ごとぶつかってきた。
ガシャン! と、重い、金属音が、響く。
「——やめろ、レナ。……煽るな」
アレスが、静かに、レナを、制した。
彼は、フードを、取り、ゼクスの、真正面に、立った。
十歳の、少年。
その、あまりにも、無防備な、姿に、ゼクスの、ほうが、逆に、戸惑った。
「……なんだ、貴様は……」
「俺は、アレス・フォン・シュテルン」
アレスは、まっすぐに、ゼクスの、金色の、瞳を、見返した。
「……シュテルン……? あの、『神童』と、呼ばれている……」
ゼクスの、声に、わずかな、驚きが、混じった。
「……貴族が、こんな、場所に、何の、用だ」
「……お前を、スカウトしに、来た」
「…………は?」
ゼクスは、今度こそ、自分の、耳を、疑った。
「……スカウト? この、俺を? ……貴族の、貴様が?」
「ああ」
アレスは、頷いた。
「……俺の、AIが、言っていた。……お前は、『S+(エスプラス)』の、力を、持っている、と」
「……っ!」
「……俺は、種族や、生まれなんぞに、興味はない。……俺が、必要なのは、あんたの、『個』の、力だ」
アレスは、ゼクスの、檻に、手を、かけた。
「……俺は、今から、あの、腐った、デブ(バルツァー)の、秘密を、盗み出す。……その、牙と、爪として、力を、貸せ」
「……見返りは?」
ゼクスの、声が、震えていた。
「……『自由』と、『金』と。……そして、俺の、『護衛隊長』という、『地位』と、『居場所』だ」
「…………」
ゼクスは、言葉を、失った。
彼は、生まれて、このかた、人間から、「獣」「奴隷」「モノ」としか、呼ばれたことが、なかった。
「個の、力」
「居場所」
目の前の、この、不思議な、少年は、自分を、「人」として、扱い、「必要だ」と、言ってくれている。
「……ヘスティア。……やれ」
アレスが、イヤホンに、呟く。
<<……承知。……ショック・カラーの、管理システムに、侵入。……対象『ゼクス』の、拘束を、解除します>>
——カシュン。
ゼクスの、首を、縛り付けていた、忌まわしい、首輪が、軽い、音を、立てて、外れ、床に、落ちた。
同時に、檻の、ロックも、解除される。
「……アレス様!?」
看守たちが、騒ぎを、聞きつけ、ブラスターを、構え、駆けつけてくる!
「……レナ!」
「——遅いよ!」
レナが、二丁の、愛用ブラスターを、抜き、看守たちの、足元を、撃ち抜き、牽制する!
「ゼクス!」
アレスが、叫んだ。
「……選べ! ……ここで、座って、死ぬか。……それとも、俺と、共に、来るか!」
檻の、中。
狼の、獣人は、ゆっくりと、立ち上がった。
その、金色の、瞳には、もはや、絶望も、憎悪も、なかった。
そこにあったのは、自分の、魂を、「解放」してくれた、主君への、絶対的な、「忠誠」の、炎だった。
「——我が、主君、アレス様」
ゼクスが、深く、膝を、折った。
「……この、ゼクス。……この、牙も、爪も、この、命さえも! ……今日、この、瞬間より、あなた様に、捧げます!」
「……グルルルルル……!」
次の、瞬間。
解放された、「S+(エスプラス)」の、戦闘力が、爆発した。
ゼクスは、文字通り、「弾丸」となって、看守たちの、集団に、突っ込んだ。
ブラスターの、閃光よりも、速く。
鋼鉄の、装甲を、紙のように、引き裂きながら。
「「「ぎゃああああああっ!!」」」
それは、戦闘ではなかった。
一方的な、「蹂躙」だった。
「……うわぁ」
アレスが、ドン引きする、ほどの、強さ。
「……フフ。こいつは、アタシより、ヤバい、『猛獣』かもね」
レナが、楽しそうに、口笛を、吹いた。
「……ゼクス! 行くぞ! バルツァーの、サーバールームは、どっちだ!」
「——御意! ……この、匂い……。こちらです、アレス様!」
ゼクスが、その、優れた、嗅覚で、主の、「獲物」の、居場所を、突き止める。
「——道を、開けます!」
狼は、吼えた。
その、背中に、十歳の、主君を、守るように、隠しながら。
数分後。
ステーションの、中枢サーバールーム。
アレスが、そこに、データ・スパイクを、差し込み、ヘスティアが、内部データを、根こそぎ、抜き取るまで、ゼクスの、たった、一人の、「嵐」によって、バルツァーの、防衛隊は、完璧に、無力化されていた。
逃げ惑う、バルツァーを、尻目に、アレスたちは、悠々と、ステルス艇で、離脱した。
手には、「バルツァーが、海賊を、雇い、アレスの、交易を、妨害した」という、完璧な、「証拠」を、握りしめて。
……シュテルン星系、戦略司令室。
集った、仲間たちの、前で、アレスは、その、証拠データを、メインスクリーンに、映し出した。
「……これで、手は、揃った」
アレスは、艦隊決戦で、ボロボロになった、バルツァーの、旗艦に、通信を、繋いだ。
スクリーンに、青ざめ、震える、バルツァーの、顔が、映る。
『……な、なんだ、貴様は……。ま、まだ、何の、用だ……』
「——バルツァー子爵」
アレスは、十歳とは、思えぬ、威厳を、込め、宣告した。
「……貴様が、海賊と、結託し、我が、シュテルン領を、攻撃した、証拠は、全て、上がった」
『ひ……っ!? ば、馬鹿な……!』
「……帝国法に、従い、俺は、この、証拠を、帝国総督府に、提出しても、いい」
『……や、やめろ……! それだけは……!』
バルツァー家は、取り潰し、一族は、死罪だ。
「……だが」
アレスは、サラリーマン時代の、「交渉術」を、開始した。
「……貴族には、貴族の、解決法が、あるだろう?」
『……! ま、まさか……』
バルツァーの、目に、わずかな、希望が、宿った。
「——俺は、アレス・フォン・シュテルン。……貴様、バルツァー子爵に、帝国法第七十七条に、基づき」
「——『決闘』を、申し込む」
『け、決闘、だと……!?』
「……艦隊による、代理戦争だ。……一対一で、ケリを、つけようじゃないか」
「……俺が、勝てば、あんたの、領地の一部を、賠償として、貰い受ける」
「……あんたが、勝てば、この、証拠データは、消してやる」
バルツァーは、ゴクリと、唾を、飲んだ。
(……こ、こいつ、正気か……!?)
(……さっきの、奇襲は、見事だった。……だが、まともな、艦隊戦になれば、こっちの、残存艦隊だけでも、十隻は、いる!)
(……奴の、戦力は、たった、三隻!)
(……勝てる! ……これなら、勝てる!)
バルツァーは、己の、強欲と、慢心から、その、蜘蛛の、糸に、飛びついた。
『……フ、フハハ……! 受けて、立つ! その、決闘、受けて、立ってやるぞ、小僧!』
『……貴様の、その、神童の、皮を、剥いで、泣きベソを、かかせてやるわ!』
通信が、切れた。
司令室が、静まり返る。
「……アレス様」
シエラが、青ざめた、顔で、アレスに、詰め寄った。
「……正気ですの!? 敵は、十隻! 我が軍は、三隻! ……戦力は、三倍以上です!」
「……ああ」
アレスは、平然と、頷いた。
「……数字の、上ではな」
彼は、頼もしい、仲間たちの、顔を、見渡した。
「……ガンツ。レナ。ミミ。ヘスティア。……そして、ゼクス」
新たに、加わった、狼の、剣士が、音もなく、アレスの、背後に、控え、頭を、垂れた。
「……バルツァーは、『数』を、揃えた。……だが、俺たちは、『質』を、揃えた」
アレスは、前世の、軍事オタクとして、最高の、笑顔を、浮かべた。
「……さあ、諸君。……『戦争ゲーム』の、時間だ」




