6-2 狼剣士ゼクス
シュテルン艦隊が、ドレイクから送られた座標……バルツァー子爵領の、緩衝宙域にワープアウトした時。
彼らを待ち受けていたのは、予想通りの光景だった。
「……待ち伏せか。芸がないね」
レナが、自らの専用機『クリムゾン・ウィング』のコックピットで、退屈そうに呟いた。
メインスクリーンには、ドレイクの輸送船の残骸が漂うデブリ帯の向こう側に、十隻を超える、所属不明の艦隊が、包囲陣形を敷いて待ち構えている。
「……アレス様」
旗艦『アルゴス』のブリッジで、ガンツが、緊張した面持ちで進言した。
「……敵は、我らの三倍以上。……フリゲート艦が八隻、残りは駆横艦級です。……あれは、海賊の装備ではない。……バルツァー子爵の、正規艦隊です」
「ああ。分かってる」
アレスは、艦長席で、冷静に、敵の布陣を分析していた。
(……完全な、包囲殲滅陣形。……帝国軍の、教科書通りの『儀礼ごっこ』の戦術だ)
(……つまり、『柔軟性』が、ゼロ)
『——フハハハハ! 聞こえるか、シュテルン家の、神童め!』
メインスクリーンに、通信が強制的に割り込んできた。
そこに映し出されたのは、肥え太り、悪趣味な軍服に身を包んだ、中年男の、下品な笑顔だった。
「……貴様が、バルツァー子爵か」
アレスが、冷たく問い返す。
『いかにも! 貴様のような、新参のガキが、この辺境の『秩序』を乱した罪。……ここで、償ってもらうぞ!』
「……秩序、ね」
アレスは、鼻で笑った。
(……要するに、俺の『営業成績』が、良すぎたから、逆恨みしてる、ってだけだろ)
(……こういう、無能な『上司』、前世にも、いたなぁ……)
『全艦、砲門開け! あの、オンボロの『アルゴス』から、沈めろ! 神童の、メッキを、剥がしてやれ!』
バルツァーが、勝利を確信し、叫んだ。
十数隻の敵艦の砲門が、一斉に、アレスの旗艦『アルゴス』へと向けられる。
「……アレス様! 回避を!」
ガンツが叫ぶ。
「……いや」
アレスは、笑っていた。
「——レナ。……『お披露目』の時間だ」
「待ってました!」
アレスの命令と同時。
旗艦『アルゴス』の左右に控えていた、二隻の『魔改造』フリゲート艦——『グリフィン』と『スフィンクス』が、動いた。
いや、「跳んだ」。
「「な……!?」」
ガンツと、そして、敵艦隊のバルツァーが、同時に、目を見開いた。
二隻のフリゲート艦は、ミミが搭載した新型の『魔改造エンジン』を限界まで稼働させ、敵の砲撃が着弾するコンマ数秒前に、あり得ない「三次元機動」で敵艦隊の「上下」へと一瞬にして転移したのだ。
『ば、馬鹿な!? フリゲート艦が……戦闘機のような、動きを……!?』
バルツァーが、狼狽える。
「——遅いんだよ、デブが!」
レナの、獰猛な声が、全チャンネルに響き渡る。
彼女の『クリムゾン・ウィング』隊(六機)が、敵の『上』を取った『グリフィン』のハッチから射出され、敵艦隊の、最も無防備な「背中(艦橋)」へと、牙を剥いた。
「——そして、『下』を取った、俺たち(スフィンクス)の、『お返し』だ!」
『スフィンクス』の艦長席には、いつの間にか、ガンツに代わって、元海賊の投降兵から抜擢された、若き艦長が座っていた。
アレスは、ガンツを『アルゴス』の守り(副官)に残し、この日のために、若手を、徹底的に鍛え上げていたのだ。
『スフィンクス』の腹部に、ミミが隠し玉として搭載していた、無数の「ミサイル・ポッド」が、一斉に、開いた。
『な……!? 奴ら、どこに、あんな武装を……!?』
「——終わりだ、バルツァー」
アレスは、冷たく、宣告した。
「お前の、『教科書』には、書いてなかったか?」
「——『敵の上下を取られたら、死ぬ』ってな」
——凄まじい、閃光。
レナの戦闘機隊と、『スフィンクス』のミサイル(ボトム)。
そして、アレスの『アルゴス』が、真正面から放った、あの規格外の「重力子砲」。
三方向からの、完璧な「飽和攻撃」。
バルツァーの、硬直した「壁」陣形は、わずか、三十秒で、半数が戦闘不能に陥り、残りは、蜘蛛の子を散らすように、逃げ惑う、ただの「烏合の衆」と化していた。
『ひ……ひぃぃぃ! 化け物だ! 奴ら、化け物だ!』
『た、退却! 退却だ! 『アヴァリス』へ逃げ込め!』
バルツァーの旗艦は、シールドをボロボロにされながら、自領の宇宙ステーションへと、みっともなく、逃げ帰っていった。
「……アレス様」
『アルゴス』のブリッジで、ガンツは、ただ、震えていた。
(……これが、アレス様の、『戦術(オタク知識)』……)
(……そして、ミミ殿の、『技術(魔改造)』……)
(……わしは、とんでもない『歴史』の、目撃者になってしまった、やもしれん……)
「……追うぞ」
アレスは、しかし、満足していなかった。
「……ガンツ。この戦は、『勝利』するだけじゃ、意味がない」
「……と、仰いますと?」
「『証拠』だ。……バルツァーが、あの『海賊』を、雇っていたという、決定的な『証拠』が、必要だ」
アレスは、前世のサラリーマンとして、この「不祥事」の後始末を、完璧に行う必要性を、痛感していた。
(……帝国法違反は、許されない。……こっちが、正義だという、『証拠』を、掴むんだ)
「……奴が、逃げ込んだ、『アヴァリス』……」
アレスは、ヘスティアに命じた。
「……あの、宇宙ステーションの、内部構造と、防衛システムを、ハッキングしろ」
<<……承知。……侵入開始。……ああ、これは……>>
ヘスティアの、アンドロイドの完璧な美貌が、初めて、わずかに、困惑の色を浮かべた。
「……どうした」
<<……このステーションの、セキュリティ・システム……。旧文明の、『獣人奴隷』管理用の、違法な『ショック・カラー(首輪)』の制御システムと、連動しています>>
「……奴隷……?」
アレスの、低い声。
<<……はい。……そして、その『奴隷』の中に、極めて、特異な『個体』を、発見しました>>
スクリーンに、一人の「男」の、監視カメラ映像が、映し出された。
薄汚れた、地下牢。
そこに、鎖で繋がれた、一人の、狼の獣人。
歳の頃は、二十代後半か。
鍛え上げられた、鋼のような肉体は、無数の、生々しい傷跡で、覆われている。
だが、その、床に、突き伏せられた顔……その、金色の瞳だけは、まだ、死んでいなかった。
<<……個体名、『ゼクス』。……狼型獣人。……白兵戦能力:S+(Sプラス)>>
ヘスティアは、淡々と、その「商品」の、スペックを、読み上げた。
<<……現在、帝国法で禁じられている『異星種族差別』により、不当に、奴隷階級に、貶められています>>
アレスは、その、金色の、絶望と怒りに満ちた瞳を、見つめていた。
(……S+……。レナと、同格か、それ以上……)
(……そして、この、腐った、バルツァーの、『闇』……)
アレスは、静かに、立ち上がった。
「……ガンツ。艦隊の指揮を、一時、任せる」
「……アレス様? どちらへ?」
「……『スカウト』だ」
アレスは、レナの『クリムゾン・ウィング』隊の、格納庫へと、向かった。
「……俺も、行く。……この腐った、ステーションの『証拠』と、あの『S+(お宝)』を、両方、回収しに、な」
「……レナ。あんたも、付き合え。……一番、腕の立つ、『猛獣使い』が、必要だ」
「……フフ。なるほどね」
レナは、楽しそうに、笑った。
「……『潜入』ミッション、かい。……あの、デブ(バルツァー)の、アジト(どてっぱら)に、風穴を、開けてやろうじゃないの」
アレスとレナ。
そして、ヘスティアの遠隔ハッキング・サポート。
シュテルン星系、最強の「矛」二本が、今、敵の中枢へと、静かに、突き立てられようとしていた。




