6-1 陰謀の呼び水~ライバル貴族の陰謀~
ヘスティアの「AI内政無双」と、シエラの「心ある調整」が噛み合い、シュテルン星系は、まさに爆発的な速度で復興を遂げていた。
『ウロボロス・ゲート』を通じた宇宙商人ドレイクとの秘密交易は、軌道に乗っていた。
ドレイクが持ち込む潤沢な資源を使い、ミミが指揮する地下自動化工場が、旧文明の技術を遥かに凌駕する『魔改造パーツ』を次々と生み出す。
それらが再びドレイクの闇ルートを通じて銀河中に拡散し、莫大な利益となってシュテルン星系に還流する。
この完璧なキャッシュフロー・マシーンの稼働から、わずか数ヶ月。
シエラが管理する領地台帳から、あの絶望的な数字——八十五億クレジットの負債——は、すでに半分以上が消え去っていた。
領主館の戦略司令室(旧応接室)は、今や、希望に満ちた活気に満ち溢れていた。
「ニャッハー! 見たかニャ、アレス(だんなさま)! あたしの『魔改造シールド』、ドレイクの奴、帝国軍規格品の五倍の値で売ってきたニャ!」
ミミが、油まみれの顔で、得意げに胸を張る。
「ええ。ですが、そのおかげでドレイク氏の交易船が海賊に狙われるリスクも五倍になっていることを、工廠長は理解しているのですか?」
シエラが、経理担当として、やれやれとため息をつく。
「フフ。いいじゃないか、シエラ。退屈よりはさ」
レナが、新設されたパイロット・シミュレーター(これもミミ製だ)から出てきて、気だるそうに欠伸をした。
「坊や(アレス)のおかげで、アタシの『借金』も完済だ。……ま、この『新型戦闘機』のテストが面白すぎて、ここを離れる気は、当分ないけどね」
ガンツも、満足げに頷いている。
「うむ。鹵獲したフリゲート艦二隻も、ミミ殿の『魔改造』により、帝国軍の新型巡洋艦にも匹敵する性能へと生まれ変わった。我が領地の戦力は、今や、海賊ごときが手を出せるレベルではありませぬ」
アレスは、この頼もしすぎる仲間たちの報告に、前世のサラリーマンとして、プロジェクトが順調に進捗していることの満足感を覚えていた。
(……完璧だ。技術、営業、戦闘力(レナ、ガンツ)、AI、そして、人事・経理。……これが、俺の『チーム』だ)
このまま、あと半年もあれば、借金は完済。
その後は、平穏な領地経営が……。
——アレスの、その淡い期待をへし折るかのように、戦略司令室のメインスクリーンに、緊急通信の表示が割り込んだ。
相手は、ドレイクだった。
だが、その狡猾な狐のような商人の顔は、血の気が引き、怒りと焦りに歪んでいた。
『——アレス男爵閣下! クソッたれだ! やられた!』
「ドレイク!? 何があった!」
『分からねえ! だが、ただの海賊じゃねえ! こっちの『新型シールド』を、真正面からブチ破りやがった!』
ドレイクの言葉に、ミミが「ニャ!?」と、鋭い声を上げる。
『俺の、護衛艦隊が、二つ、やられた! ……シュテルン星系に向かっていた、資源輸送船団だ!』
「なに!?」
今度は、シエラが声を上げた。
製品を「売る」船ではなく、惑星の生命線である「資源」を運ぶ船が襲われた。
これは、シュテルン星系の「兵站」が、直接攻撃されたことを意味する。
「……敵の規模と、戦術は?」
アレスは、即座に、指揮官の顔に戻っていた。
『……それが、おかしいんだ』
ドレイクは、歯ぎしりした。
『……連中、戦利品には目もくれず、輸送船の『動力炉』だけを、ピンポイントで破壊しやがった。……まるで、俺たちの『交易』そのものを、潰しに来たみたいだ!』
「……!」
アレスの脳裏に、最悪のシナリオが浮かんだ。
(……これは、「強奪」が目的じゃない。「妨害」だ)
(……俺たちの、この『急成長』を、快く思わない、何者かが……)
「ガンツ。どう思う」
「……素人の海賊では、ありますまい」
老将は、鋭い目でスクリーンに映し出された戦闘記録の残骸を睨んでいた。
「……この、一撃離脱の正確さ。……帝国海軍の、それも、熟練した者の戦術です」
「……帝国軍、か」
アレスは、銀河星系図を睨んだ。
シュテルン星系は、辺境だ。
だが、その「隣」には、別の貴族が治める領地がある。
(……確か、シエラの実家とは、逆方向の……)
アレスの思考を読み取ったかのように、ヘスティアが、音もなく、アンドロイドの完璧な美貌で、アレスの傍らに立った。
<<管理者。当星系の隣接宙域を統治する、『バルツァー子爵』の、経済状況を、ご提示します>>
スクリーンに、新たなウィンドウが開く。
『——バルツァー子爵領。主要産業:旧式の武器密売、奴隷交易。……過去一年間の経済成長率:マイナス12%』
<<対して、当シュテルン男爵領の、直近三ヶ月の経済成長率(予測):プラス850%>>
「「「…………」」」
司令室の全員が、その、あまりにも露骨な「差」に、沈黙した。
「……なるほどな」
アレスは、全てを理解した。
(……俺たちが、急激に、儲け始めたせいで、隣の『同業者』の、商売を、荒らしちまった、ってわけか)
(……前世の、営業でも、よくあるトラブルだ)
その時、ドレイクが、再び、悲鳴のような声を上げた。
『——クソッ! まただ! アレス閣下! 別の船団が、今、まさに、襲撃を受けている!』
『座標は……バルツァー子爵領の、すぐ、外側だ!』
「……!」
(……獲物が、自分の家の、すぐ近くで襲われている、か)
(……これは、もう、偶然じゃない。『招待状』だ)
アレスは、立ち上がった。
「……ガンツ。ミミが『魔改造』した、フリゲート艦二隻。……名前は、もう決めたか?」
「はっ! ミミ殿の希望により、『グリフィン』と『スフィンクス』と、命名されております!」
「……上等だ。『神話』の怪物には、ちょうどいい相手だろう」
アレスは、司令室の仲間たちを見渡し、不敵に笑った。
「——総員、第一戦闘配備!」
「旗艦『アルゴス』、および、『グリフィン』『スフィンクス』。……これより、罠と知りつつ、出撃する!」
「レナ!」
「……はいはい。退屈しのぎには、なりそうだね」
銀髪のエースパイロットが、獰猛な笑みを浮かべる。
「……あんたの『魔改造戦闘機』で、敵の『正体』を、必ず、掴んでこい!」
「御意!」
赤字惑星の貧乏貴族は、今や、辺境で最も危険な、しかし、最も強力な、私設艦隊の、指揮官となっていた。
彼らの、反撃の時が、来た。




