5-3 抜け目のない宇宙商人(ドレイク)
ワープゲートを通過した瞬間の感覚は、奇妙なものだった。
帝国式の超光速航法(FTL)が、無理やり空間を「引き伸ばす」ような、不快なGを伴うのに対し、『ウロボロス・ゲート』のそれは、まるで、滑らかな水の中を、抵抗ゼロで「滑り抜ける」ような、不思議な浮遊感だった。
そして、数秒後。
『アルゴス』は、光の出口から、静かに吐き出された。
「……ここ、は……」
レナが、操舵席で、息をのんだ。
メインスクリーンに映し出されていたのは、シュテルン星系とは比べ物にならないほど、鮮烈な「生命」に満ちた星系だった。
巨大な、緑色のガス状惑星。
その周囲を公転する、見るからに、鉱物資源が豊富そうな、大小様々な惑星や衛星群。
そして、それらを照らす、若く、力強い、恒星の光。
「……ヘスティア。スキャンしろ。……全部だ」
アレスは、その「宝の山」を前に、興奮を抑えながら命じた。
<<……了解。……星系全域の、広域スキャンを開始……>>
<<……! ……信じられません>>
「どうした」
<<……重金属反応、多数。希少ガス(レアガス)の、高濃度反応……。……この星系は、まさに、旧文明時代のデータベースにあった、『資源の宝庫』です>>
「……勝った」
アレスは、拳を握りしめた。
(これだ! これさえあれば、あの借金も……!)
「アレス様!」
ガンツが、興奮した声で叫んだ。
「この星系を、我々が『発見』した、と帝国に報告すれば……! 莫大な報奨金と、この星系の『統治権』が……!」
「——ダメだ」
アレスは、その甘い誘惑を、即座に否定した。
「ガンツ。帝国に報告した瞬間、俺たちは、どうなる?」
「……は?」
「この『航路』も、この『資源』も、全部、あの借金取り(ハイエナ)どもか、あるいは、帝国中央の、強欲な貴族に、二束三文で奪われる。……俺たちの手には、何も残らん」
「……っ! そ、それは……」
「この航路は、俺たちの、『秘密の金庫』にするんだよ」
(問題は、どうやって、この『資源(お宝)』を、『金』に換えるか、だ)
アレスが、前世のサラリーマン脳をフル回転させ、資金繰り(マネタイズ)の方法を考え始めた、その時だった。
<<——警告>>
ヘスティアの、鋭い声が響いた。
<<前方宙域に、未登録の、高エネルギー反応! ……ワープアウトしてきます!>>
「なに!?」
ガンツが、即座に戦闘態勢に入る。
「帝国軍か!? いや、こんな未開拓宙域に……!」
「レナ! 回避行動!」
「言われなくても!」
『アルゴス』の目の前の空間が歪み、一隻の、巨大な宇宙船が、その姿を現した。
それは、軍艦ではなかった。
あちこちが違法に改造され、不格好なまでにコンテナ・ユニットが増設された、巨大な「貨物船」だった。
だが、その船体のあちこちには、フリゲート艦クラスの、強力な武装が、ハリネズミのように装備されている。
「……武装商船……。いや、帝国法すれすれの、密輸船か……」
ガンツが、警戒を露わに、唸った。
その密輸船は、こちらを発見すると、驚いたように、しかし、威圧的に、艦首を向けてきた。
そして、暗号化されていない、平文の通信が入る。
『——おいおい、何だぁ、ありゃあ?』
メインスクリーンに、だらしない格好で、艦長席にふんぞり返った、一人の男が映し出された。
歳の頃は三十代半ばか。
痩せ型で、赤毛。鋭い目つきと、人を食ったような笑みは、まるで、狡猾な狐を思わせる。
『こんな、銀河の「袋小路」に、客とは珍しい。……しかも、なんだ? そのオンボロ。……博物館から、抜け出してきたのか?』
「……何者だ、貴様」
ガンツが、威厳を持って応対する。
『おっと、ジイさん、こえーな。こっちは、しがない宇宙商人(商人)さ。……この、誰にも知られちゃいない『宝島』で、コソコソと、お宝を掘ってるだけだ』
男は、ニヤニヤと笑いながら、アレスの姿を認めた。
『……ほう。ガキが、艦長か。……面白い。……俺は、ドレイク。しがない商人、『ドレイク』だ。……で、坊主。あんたらは、どうやって、ここに来た?』
ドレイクの目が、鋭く光った。
(この星系は、俺だけの『秘密の採掘場』だった。ワープアウトしてきた座標……。まさか、あの『幽霊の海』を、抜けて……?)
アレスは、この男が、ただの商人ではないと、瞬時に見抜いた。
帝国法を無視し、未開拓宙域で違法採掘を行う、抜け目のない、しかし、度胸のある男。
(……こいつだ!)
アレスは、この出会いこそが、自分の【幸運(LUCK:EX)】が引き寄せた、最大の「商機」だと確信した。
「ドレイク、とやら」
アレスは、ガンツを制し、艦長席から、堂々とドレイクを見返した。
「俺は、アレス・フォン・シュテルン。シュテルン星系の領主だ」
『……男爵様、ねえ。ハッ。こんなオンボロ船に乗った、ガキの貴族が、何のようだ? 迷子か?』
「『ビジネス』の話をしに来た」
「……は?」
ドレイクは、キョトンとした。
「あんたは、ここで、コソコソと、違法な採掘をしている」
「……おいおい、人聞きが悪いな」
「その『お宝』を、どうやって、帝国法の目をかいくぐって、売りさばいている? ……効率が、悪いだろう?」
「……っ」
ドレイクの、人を食ったような笑みが、一瞬、消えた。
図星だった。
この星系は宝の山だが、帝国航路から、あまりにも遠すぎる。
密輸は、常に危険と、非効率を伴っていた。
「俺は、あんたに、新しい『道』を、提供できる」
アレスは、あえて、ゆっくりと言った。
「……『道』?」
「ああ。……あんたが、今、いる、その場所。……そこは、もう、『袋小路』じゃない」
アレスは、メインスクリーンに、『アルゴス』の航行データ……『ウロボロス・ゲート』の座標を、あえて、ドレイクにだけ、転送した。
「……!? こ、これは……!?」
ドレイクは、その座標データを見て、さすがに、その狡猾な顔から、血の気を失わせた。
「……『幽霊の海』の、ど真ん中……。バ、バカな……! 伝説の……ワープゲートだと!?」
「そうだ。……そして、その『鍵』は、俺が持っている」
アレスは、ドレイクに、究極の選択を突きつけた。
「あんたに、二つの道をやろう」
「一つ。……このまま、俺たちを攻撃し、このゲートの情報を、奪おうとしてみるか。……もっとも、俺たちが死ねば、ゲートの『鍵』も、永遠に失われるがな」
アレスは、ドレイクの背後にいるレナ(アタシを映せ、とアピールしていた)を、あえて映り込ませた。
「……こっちのパイロット(猛獣)は、あんたの、その鈍重な貨物船を、オモチャにするくらいは、朝飯前だ」
『……フフ。威勢のいい、お嬢ちゃんだな』
レナが、ドレイクに、挑発的なウインクを送る。
「そして、もう一つの道は……」
アレスは、前世のサラリーマンとして、最高の「プレゼンテーション」を開始した。
「……俺と、『独占契約』を結ぶことだ」
ドレイクは、ゴクリと唾を飲んだ。
「……独占、契約……?」
「ああ。……あんたは、この『宝島』の、資源を採掘する。……俺は、あんたに、シュテルン星系へと直通する、この『秘密の航路』の、独占的な通行権を、与える」
「……!」
「シュテルン星系は、帝国の『辺境』だ。中央の、うるさい監視の目も、税金も、届かない。……あんたの、最高の『密輸港』になる」
「……見返り、は?」
ドレイクは、完全に、商人の顔になっていた。
「二つだ」
アレスは、指を二本立てた。
「一つ。……あんたが、ここで採掘した資源の、一部を、俺たちに、『手数料』として、現物で、納入する」
「……ほう。で、二つ目は?」
「二つ目こそが、本命だ」
アレスは、ヘスティアに命じ、ミミが『魔改造』した、あの『新型プラズマ・コンデンサ』の、スペックデータ(ただし、核心的な製造部分は隠した、カタログデータだ)を、ドレイクに送信した。
「……!?」
ドレイクは、そのデータを見た瞬間、今度こそ、椅子から転げ落ちそうになった。
「……ば、馬鹿な……! なんだ、この数値は!? 現行の、帝国軍モデルの、三百倍……!? ……こんなもの、あり得ない!」
「俺の領地には、これを『開発』できる、AIと、天才がいる」
アレスは、ドレイクに、悪魔の囁きを投げかけた。
「……俺たち(シュテルン星系)は、あんたから貰った『資源』で、この『失われた技術』の産物を、量産する」
「……そして、あんたは、この『新製品(お宝)』を、あんたの『闇ルート』で、銀河中に、売りさばく」
「……!」
「独占契約だ。……俺たちは、あんた以外には、この製品も、航路も、売らない。……どうだ? この『未来への投資』……。乗るか? 乗らないか?」
ドレイクは、震えていた。
目の前の、十歳の少年。
その、若すぎる容姿とは、あまりにも不釣り合いな、恐るべき『器量』と、『手札』のデカさ。
(……こいつは、化け物だ)
(……伝説のワープゲート。……失われた技術を超える、新製品。……そして、この、俺の、喉元に、刃を突きつけながら、最高の『儲け話』を、提示してくる、胆力)
ドレイクは、しがない密輸商人だった。
だが、彼には、一つだけ、才能があった。
それは、「本物」と「偽物」を、見分ける、目だ。
「……フ……」
「……フフフ……」
ドレイクは、やがて、腹を抱えて、笑い出した。
「……アハハハハ! 降参だ! 降参だよ、アレス・フォン・シュテルン『男爵閣下』!」
彼は、その狐のような顔に、心の底からの、最高の笑顔を浮かべた。
「……その『投資』、乗った!」
「あんたの、その『器』が、どこまでデカくなるのか、この俺が、一番近くで、見届けてやる!」
「……契約、成立だな」
アレスもまた、前世のサラリーマンとして、大型案件をクロージングした瞬間の、最高の笑みを、返した。
こうして、シュテルン星系の、絶望的な財政破綻は、銀河の「裏側」に眠る、最大の『密輸ルート』と、『密輸商人』を手に入れるという、最高の結果によって、回避されることとなった。




