5-2 忘れられた航路(シー・オブ・ゴースト)
「——ワープゲート、だと……!?」
ガンツが、椅子から跳ね起きんばかりの勢いで叫んだ。
その顔は、驚愕と、それ以上の「恐れ」に染まっていた。
「馬鹿な……! 旧文明のワープゲート……『ウロボロス・ゲート』は、AIの反乱の際に、その全てが帝国によって破壊、あるいは厳重に封印されたはずだ! まさか、こんな辺境の宙域に、見過ごされたゲートが……!?」
「航行禁止区域……か」
アレスは、その完璧な「隠れ蓑」に、ほくそ笑んだ。
(帝国軍の、硬直化した官僚主義と、旧式化したセンサーの勝利だな。……まさか、自分たちの『航行禁止』リストのど真ん中に、銀河系で最も価値のある『お宝』が眠ってるなんて、夢にも思わないだろう)
「アレス様!」
シエラが、震える声でアレスに詰め寄った。
「もし、それが本物だとしたら……。我々は、とんでもないものを、見つけて……」
「ああ。見つけた」
アレスは、即座に決断した。
(財政破綻まで、残り四十五日。……グズグズしてる時間は、ない!)
「ガンツ!」
「は、はっ!」
「『アルゴス』を出すぞ。……鹵獲したフリゲート艦は、まだミミが改造中で、まともに動かせん。一番、速く、確実な『相棒』で行く」
「御意! ……しかし、アレス様。その宙域は、通称『幽霊の海』と呼ばれております。重力異常が、嵐のように吹き荒れ、まともな航行は……」
「だから、だ」
アレスは、司令室の隅で、退屈そうに爪を磨いていた「猛獣」に、ニヤリと笑いかけた。
「……レナ。退屈しのぎには、なるだろ?」
「……!」
銀髪のエースパイロットは、アレスのその挑発的な視線を受け、初めて、心の底から楽しそうな、獰猛な笑みを浮かべた。
「……フフ。なるほどね。『幽霊の海』で、鬼ごっこ、かい」
レナは、しなやかな動作で立ち上がると、アレスの肩にポンと手を置いた。
「いいだろう。坊やの、その『神がかった幸運(LUCK)』と、アタシの『Sクラスの操縦』……どっちが上か、試してやろうじゃないの」
「……決まりだな」
数時間後。
シュテルン星系、航行禁止区域『幽霊の海』。
オンボロ船『アルゴス』は、まるで木の葉のように、荒れ狂う時空の嵐の中を、突き進んでいた。
「ぐ……っ!?」
「きゃあ!」
艦橋は、凄まじい揺れに襲われていた。
操舵席には、レナが座っている。
ガンツは、老練な彼でさえ、この異常な宙域の航行には自信がなく、副操縦士席で青い顔をしていた。
アレスは、艦長席で、シートベルトに体を固定されながら、必死にコンソールにしがみついていた。
(……ヤバい。前世の、台風直撃の時の、漁船ロケより、よっぽど酷い……!)
「——来たよ、坊や! 右舷! 巨大な『重力の渦』だ!」
レナが、叫ぶ。
「な……!? 回避、不可能だ! 飲み込まれる!」
ガンツが、悲鳴を上げた。
「ヘスティア! センサー! 渦の中心に、何かあるか!」
アレスは、揺れの中、叫んだ。
<<……スキャン。……渦の中心に、極小の、安定した『航路』を発見! 突入可能!>>
「レナ! 聞いたな! あの『渦』の、ど真ん中に突っ込め!」
「……は!? 狂ってるよ、あんた!」
レナは、しかし、その目を、猛獣のように輝かせた。
「……最高だ!」
彼女は、常人には不可能な操艦技術で、『アルゴス』をきりもみ回転させながら、時空の嵐の「目」へと、その機体をねじ込んだ。
凄まじいGが、アレスたちを襲う。
視界が、白く、染まっていく。
——そして。
全ての揺れが、まるで嘘のように、ぴたりと、止まった。
「……」
アレスは、ゆっくりと、目を開けた。
艦橋は、静まり返っていた。
「……嵐が、止んだ……?」
ガンツが、呆然と呟く。
「……いや」
レナが、ゴクリと唾を飲む音が、静かな艦橋に響いた。
「……見なよ。あれ」
三人が、メインスクリーンに映し出された光景に、言葉を失った。
そこは、「嵐の目」などではなかった。
完璧な、静寂の宇宙。
そして、その中央に、まるで銀河そのものを、己が尾で喰らう蛇のように、巨大な、青白い光の『リング』が、鎮座していた。
直径は、数百キロにも及ぶだろうか。
あまりにも巨大で、あまりにも、美しい、人工建造物。
「……『ウロボロス・ゲート』……」
ガンツが、その伝説の光景に、震える声で呟いた。
「……本当に、実在したとは……」
「……フフ。こいつは、とんでもない『お宝』だね」
レナも、興奮を隠せないでいた。
アレスは、自分の【幸運(LUCK:EX)】が、またしても、あり得ない「解」を引き当てたことに、武者震いを禁じ得なかった。
(……これが、俺たちの、新しい『航路』……)
「ヘスティア。分析を」
<<……了解。……ゲートのステータス、休眠状態。エネルギー、ゼロ。……ですが>>
ヘスティアの声が、わずかに、困惑したように響いた。
<<……ゲートが、当艦に対し、未知の『認証コード』を、送信しています>>
「……認証コード?」
<<……はい。……この『アルゴス』の、航行OS……その、根幹部分の設計が……ゲートの『起動キー』の、認証システムと……一致します>>
「……!」
(……やっぱりか!)
アレスは、父の形見である、このオンボロ船の「正体」に、確信を深めていた。
(この『アルゴス』こそが、旧文明の……!)
「ヘスティア! ゲートに、認証コードを返信! 『管理者、アレス・フォン・シュテルン』の名において、ゲートの再起動を、命令する!」
<<……承知。……起動キー、送信。……ゲート・システム、認証……>>
次の瞬間。
巨大なリングが、地響きのような、低い共振音を立て始めた。
リングの内側に、まるで青白い炎が灯るかのように、光が走り出す。
やがて、リングの中央の「虚無」だった空間が、水面のように揺らぎ始めた。
そして、そこには、まるで鏡のように、滑らかな、未知の「空間」が、口を開けた。
<<……ワープゲート、起動。エネルギー、安定>>
ヘスティアが、冷静に告げる。
<<……行き先、不明。……旧文明のデータベースによれば、このゲートの対となる座標は……『未開拓宙域』としか、記録されていません>>
「……上等だ」
アレスは、艦長席の、古びたスロットルに手をかけた。
「ガンツ、レナ。……未知への『一番乗り』だ。……行くぞ!」
「御意!」
「フフ。アタシが、一番嫌いな言葉は、『退屈』だからね!」
旧式コルベット艦『アルゴS』は、その艦首を、数万年ぶりに開かれた「伝説の航路」へと向け、青白い光の中へと、吸い込まれていった。
それは、赤字惑星の貧乏貴族が、銀河の歴史の「裏側」へと、最初の一歩を、踏み出した瞬間だった。




