5-1 新たなる赤字(デスマーチ)の足音~交易航路の開拓とAI内政無双~
海賊「ブラッド・ハウンド隊」に対する奇跡的な勝利から、一週間が経過した。
シュテルン星系主星は、まるで長い冬から目覚めたかのように、熱狂的な活気に包まれていた。
宇宙港は二十四時間体制で稼働している。
鹵獲したフリゲート艦二隻は、領主館の地下から受肉した管理AI「ヘスティア」と、スラムからスカウトされた天才エンジニア「ミミ」の指揮によって、急ピッチで解体・分析・再構築が進められていた。
「ニャッハー! これだニャ! この『シールド発生器』のコア、旧文明規格のガワを被せただけの、帝国のデチューン品ニャ! こいつの『リミッター』を解除して、あたしの『魔改造』コンデンサをぶち込めば……ニャフフフ!」
新設された「開発工廠」で、油まみれのミミが興奮に目を爛々とさせながら、巨大なスパナを振り回している。彼女の周囲には、元海賊から「技術」を買われて転向した者や、領民の中で数少なかった機械工たちが、弟子のように集まって指示を仰いでいた。
彼らの熱気は、惑星全体に伝播していた。
「神童アレス様」の初陣。
オンボロ船一隻での、海賊艦隊三隻の撃破(うち二隻鹵獲)。
そのニュースは、絶望に沈んでいた領民たちの心に、あまりにも鮮烈な「希望」の火を灯したのだ。
鹵獲した資源とエネルギーは、ヘスティアの完璧なリソース管理によって、崩壊寸前だったインフラの延命に充てられ、シエラが危惧していた「惑星崩壊」までのデッドライン(残り九十一日)は、ひとまずカレンダーから消え去った。
——だがしかし。
希望が熱狂を生み、熱狂が「需要」を生む時、新たな「危機」が必ず訪れる。
前世のサラリーマン経験を持つアレスは、そのことを痛いほど知っていた。
領主館、応接室改め「戦略司令室」。
その重苦しい空気は、地上の活気とはまるで無縁だった。
「……ダメですわ」
戦略会議の冒頭、内政・経理担当となったシエラが、青ざめた顔で最新の収支報告書をホロ・ディスプレイに叩きつけた。
そこには、数日前とは比べ物にならないほど、莫大な「支出」の項目が並んでいた。
「海賊から得た資源は、あくまで『初期投資』です。ですが、今や、我々は『組織』になってしまいました」
シエラの細い指が、警告色で点滅する項目を指し示す。
「第一。人件費。……エースパイロット、レナ様の『借金』肩代わり費用と、破格の年俸。天才エンジニア、ミミ様の『ラボ』維持管理費と、彼女が要求する無限のパーツ代」
「第二。軍事費。……鹵獲したフリゲート艦二隻の維持管理費。そして、ガンツ様が再編している『領地防衛隊』(元海賊と領民の志願兵)の給金と食費」
「第三。インフラ再建費。……ヘスティア様のプランに基づき、惑星全土の老朽化インフラの修復を開始しましたが、これこそが、底の抜けた財政の『穴』そのものですわ」
シエラは、アレスを真っ直ぐに見つめた。
「結論を申し上げます。……惑星崩壊は免れました。ですが、このままでは、我々は『財政破綻』します」
「……デッドラインは?」
アレスの、十歳とは思えぬ低い問いに、シエラは無慈悲な数字を告げた。
「——残り、四十五日。それまでに、現在の支出を賄う、新たな『定期的収入源』を確保できなければ、シュテルン男爵領は、今度こそ、完全に破産します」
「…………」
(……知ってた)
アレスは、内心で頭を抱えた。
(プロジェクトが軌道に乗り始めた時が、一番、金が飛ぶんだよ……!)
炎上案件の典型的なパターンだ。
「神童」だ「希望」だと浮かれている領民とは裏腹に、経営陣の首には、再び、冷たい刃が突きつけられていた。
「どうするんだい、坊や?」
司令室の隅で、酒瓶を煽っていたレナが、気だるそうに口を挟んだ。
「アタシの腕は、カネで買ったんだろう? 金が尽きれば、アタシはまた別のパトロンを探すだけさ。……ま、あんたの『奇策』は面白いから、もう少し見てやってもいいけどね」
「うむ……」
ガンツも腕を組んで唸る。
「兵は、食わねば動かぬもの。レナ殿の言う通り、アレス様が示された『希望』は、『現実』の裏打ちがなければ、すぐに失望へと変わりますぞ」
(クソっ、四方八方から……!)
全員の視線が、アレスに集中する。
これが「経営者」の孤独。
前世のサラリーマン時代とは比べ物にならない、重圧。
アレスは、静かに、司令室の隅に佇む、完璧な美貌のアンドロイドに視線を向けた。
「……ヘスティア」
「はい。管理者」
ヘスティアが、音もなく一歩前に出た。
「状況は理解した。……俺たちに必要なのは、『戦争特需(一時金)』じゃない。『継続的なキャッシュフロー(定期収入)』だ」
アレスの言葉は、完全に前世のビジネスマンのものだった。
「この惑星の、現在の『資産』を再評価しろ。ミミが『魔改造』している、あの旧文明と帝国規格のハイブリッド・パーツ。……あれは、『売れる』か?」
<<……演算。ミミ工廠長の開発した『新型プラズマ・コンデンサ』は、帝国軍の現行規格の約三百倍の効率を誇ります。その価値は、計り知れません>>
「だよな。だが、売る『相手』がいない」
アレスは、星系図を睨んだ。
「こんな辺境じゃ、まともな市場がない。帝国中央に売りに行こうものなら、あの借金取り(ハイエナ)どもに、骨までしゃぶられるのがオチだ」
「では、どうしろと……?」
シエラが、かすれた声を出す。
アレスは、不敵に笑った。
「『市場』がないなら、『航路』ごと、新しく作ればいい」
「……え?」
「ヘスティア。全ての星図データを、再スキャンしろ。帝国軍のデータベースだけじゃない。お前が持っている、『AIの反乱』以前……数万年前の、『古代星図』のデータと、現在の星図を、クロスリファレンス(照合)だ」
「……!」
ガンツの目が、アレスの意図に気づき、見開かれた。
「アレス様、まさか……!」
「ああ。探すんだよ。……帝国が見落としている、旧文明の『忘れられたハイウェイ』を」
<<……承知。古代星図と、現行星図の、差分スキャンを開始……>>
ヘスティアの青い瞳が、膨大なデータを処理し、高速で明滅する。
シエラもガンツも、息をのんで、その結果を待った。
数秒の沈黙。
そして。
<<……スキャン完了。……一件、高レベルの『重力異常』を検出>>
ホロ・ディスプレイに、シュテルン星系からさほど遠くない、しかし、帝国航路からは完全に外れた「空白宙域」がハイライトされた。
<<座標、ゼータ・ナイン。帝国航路図では『航行禁止区域』として登録されています>>
「……デブリ・ゾーン……。ただの宇宙ゴミの巣だ。あそこには、何も……」
ガンツが、訝しげに言う。
「いいや」
アレスは、その座標を、まるで獲物を見つけたかのように睨みつけた。
(……来た!)
彼の、チート能力である【超弩級の幸運(LUCK:EX)】が、その「空白宙域」こそが「正解」だと、魂の奥底で告げていた。
「ヘスティア。それは、ただのデブリじゃないな?」
<<……肯定します。管理者の推察通り、帝国の旧式センサーが『ノイズ』として処理している、この重力異常のパターンは……>>
ヘスティアは、淡々と、しかし、恐るべき結論を告げた。
<<……旧文明時代に建造された、『超光速ワープゲート』の、休眠パターンと、99.8%一致します>>




