4-3 硝煙とSクラスの天才
領主館に隣接して急遽建設された、真新しい「開発工廠」。
そこは、数日前までスラムのガラクタの山に埋もれていた、猫型獣人の少女ミミにとって、まさに「天国」と呼ぶべき場所だった。
「ニャッハーーー!! スゴいニャ! スゴすぎるニャ!!」
ミミは、水を得た魚……いや、最高級のマタタビを与えられた猫のように、目を爛々と輝かせながら工廠の中を飛び回っていた。
工廠には、海賊から鹵獲したフリゲート艦の解体パーツや動力炉、兵装が山のように積まれている。
そして、その傍らには、あのアレスの初陣を飾った、オンボロ船『アルゴス』もドックインしていた。
「ミミ工廠長」
その興奮しきった天才エンジニアに静かな声をかけたのは、あの旧市街地の地下から連れ帰られた、アンドロイド体のヘスティアだった。
彼女は完璧な所作で、ミミに高濃度の栄養ドリンク(ミミ専用の魚テイスト)を差し出しながら問うた。
「……プランA……『第3エネルギー・プラント』のコア・コンデンサ。その代替品の製造に着手できますか?」
「ニャはは! 無理ニャ!」
ミミは、その栄養ドリンクを一気に飲み干すと、あっけらかんと笑った。
「……は?」
その報告を聞いていたシエラが、今度こそ絶望に顔を青ざめさせた。
「む、無理って……あなた、『魔改造してやるニャ』って……!」
「だーかーらー! 『製造』は無理だって言ってるのニャ!」
ミミはペロリと唇を舐めずりした。
彼女の興奮した瞳は、工廠の奥……厳重に保管されている「あるパーツ」に向けられていた。
それは、あの海賊の旗艦『ハウンド1』の艦橋をシールドごとブチ抜いた、アレスの『アルゴス』の主砲……その戦闘データが記録されたサンプル・コアだった。
「……この、『重力子』っていう訳のわからないエネルギー……」
ミミは、まるで獲物を見つけた肉食獣のように喉を鳴らした。
「……こいつのエネルギーを、こっちの海賊船の余ってる『動力炉』に、無理やりバイパス(ちょっけつ)させて、臨界ギリギリまで『励起』させたら……」
「……ミ、ミミ……? 何を言って……?」
シエラが、その常人には理解不能な、狂気じみた独り言にドン引きしていると。
「——ニャ! ひらめいたニャ!」
ミミはポンと手を打った。
「……『製造』は無理でも、『魔改造』ならイケるニャ!」
「『第3プラント』のオンボロ・コンデンサ(あれ)と、海賊の動力炉と、『アルゴス』の主砲の技術……三つを全部ミキサーにぶち込んで、新しい『化け物』を作ってやるニャ!」
ミミは、失われた技術の、そのさらに先……常識を逸脱した「魔改造」の可能性を、その「天才的な感覚」だけで見出していた。
その、狂気じみたマッドサイエンティストの笑顔を見て。
アレスは、(前世のブラック企業で幾度となく目にしてきた、炎上案件のデスマーチの匂いを嗅ぎ取り)小さく身震いした。
(……ヤバい、『本物の天才』を仲間にしちまった……)
(……これはもう、俺のサラリーマン的常識を超えている……。……任せよう。うん。それが一番だ)
アレスが完璧な「部下への丸投げ」を決意した、その時だった。
「……管理者様」
スー、と音もなく、アンドロイド体のヘスティアがアレスの背後に立っていた。
その完璧すぎる美貌がゼロ距離まで近づき、アレスは思わずドキリとした。
(……近い、近い! AIのくせに、距離感がバグってやがる!)
背後で書類を整理していたシエラが、「むぅ」という音が聞こえそうな顔でこちらをジロリと睨んでいるのに、アレスはまだ気づいていない。
「……新たな、『脅威』、および、『リソース候補』を検出しました」
「……今度はなんだ?」
アレスは、もう何が来ても驚かないぞ、という気分だった。
「帝国軍の脱走兵です」
ヘスティアは淡々と、工廠のメインスクリーンに一人の女性のデータを表示した。
『——レナ・アンデルセン。元・帝国中央艦隊 第7機動部隊所属。階級:少尉』
『……帝国軍のSクラス・シミュレーターにおいて、全パイロット中、歴代最高スコアを記録』
『……ただし、素行不良、命令違反の常習犯であり、二階級降格の上、辺境である当星系に左遷』
『……一週間前、軍務を完全に放棄。脱走。現在、領都の『無法酒場』に潜伏中』
「…………」
アレスの、軍事オタクとしての血が、一瞬で沸騰した。
(……Sクラスのエースパイロット……!)
(……喉から手が出るほど、欲しい!)
(ミミが惑星再建の『技術』なら、こいつは俺の艦隊の『剣』だ!)
隣でガンツも、そのデータを見て深く唸っていた。
「……レナ・アンデルセン……。まさか、あの『銀髪の魔女』の異名を持つ女か」
「……知っているのか、ガンツ」
「噂だけは。……中央にいた頃、聞いておりました。……天才だが、組織の和を乱す最大の問題児。……帝国軍の硬直した儀礼ごっこの戦術を鼻で笑い、常に単独行動を起こす……」
ガンツは、アレスを見た。
「……アレス様。この女は、『猛獣』です。……手に負えますまい」
「……『猛獣』か」
アレスは不敵に笑った。
(……上等だ)
(前世でも、優秀なヤツほど性格に難があった)
(そういう『猛獣』を手懐けてプロジェクトを回すのが、俺の『仕事』だったんだよ!)
「……ガンツ」
アレスは工廠の出口に向かった。
「……また付き合ってもらうぞ。……今度は、『虎穴』だ」
領都で最も治安が悪いとされる一角。
その名も、『無法酒場』。
ドアを押し開けた瞬間、紫煙と安酒の匂い、そして屈強なならず者たちの殺気だった視線が、アレスたちを貫いた。
十歳の小綺麗な少年と、その背後に控える厳つい軍服の老人。
あまりにも場違いな二人組の登場に、酒場は一瞬でシンと静まり返った。
(……うわぁ……。前世で行った、歌舞伎町の一番ヤバい店より、よっぽどヤバい空気だ……)
アレスは背中に冷たい汗を感じながらも、堂々と胸を張り、酒場の奥へと進んだ。
酒場の一番奥のテーブル。
そこで一人の女性が、酒瓶をラッパ飲みしながら賭けカードゲームに興じていた。
流れるような銀色の髪。
着崩したラフな私服からは、豊かな胸の谷間が惜しげもなく晒されている。
しかし、その気だるそうな、眠たげな瞳の奥には、獲物を狙う獣のような鋭い光が宿っていた。
彼女こそ、『銀髪の魔女』レナだった。
「……はい、チェック」
レナが気だるそうにカードをテーブルに投げ出す。
「……あんたらの今月の稼ぎ、全部アタシがもらったよ」
「「「な……っ! こ、この、イカサマ女ぁ!」」」
賭けに負けた屈強なならず者たちが、ナイフやブラスターを抜き、一斉に立ち上がった。
その一触即発の空気を遮ったのは、アレスの凛とした声だった。
「——待った」
アレスは、そのテーブルに一枚の高額クレジット・チップ(ヘスティアに用意させた、なけなしの軍資金だ)を投げ込んだ。
「……ああん?」
レナが面倒くさそうにアレスを見上げた。
「……なんだい、このボンボンは。……そっちのジイさん。迷子かい? 育ちの良さそうな坊やを、こんな場所に連れてきちゃ危ないよ」
「レナ・アンデルセン少尉。……いや、『銀髪の魔女』レナ」
アレスは単刀直入に言った。
「……っ!」
レナの気だるそうな瞳の光が、一瞬で変わった。
(……このガキ……。アタシの名を知ってる……?)
「俺は、アレス・フォン・シュテルン。……あんたをスカウトしに来た」
酒場中が水を打ったように静まり返った。
(……シュテルン……? あの、オンボロ船一隻で海賊を三隻、返り討ちにしたっていう、あの噂の……『神童』……?)
ならず者たちがゴクリと唾を飲む。
レナは面白そうに、フッと口元に笑みを浮かべた。
彼女はアレスを、頭のてっぺんから爪先まで、まるで値踏みするように舐め回すように見た。
「……スカウト、ねえ。アタシを雇うって? この、帝国軍から逃げ出した脱走兵を?」
「ああ」
「アタシは、『高い』よ? 帝国軍が、アタシの莫大な『借金』を全部肩代わりしてくれてる、くらいにはね」
「その借金」
アレスは即答した。
「——そっくり、俺が引き受ける」
「「「!?」」」
酒場中がどよめいた。
((……あの、借金まみれのシュテルン家のガキが……!?))
((レナの、あの天文学的な借金を……!?))
((正気か!?))
レナは目を丸くした後、たまらない、というように腹を抱えて笑い出した。
「……クク……。アハハハハ! 面白い! 面白いガキだね、あんた!」
彼女はカウンターのチップを全て自分の懐に雑に突っ込むと、立ち上がった。
「……帝国軍の、クソ退屈な儀礼ごっこの『戦術』には、もうウンザリしてたところさ」
「……あんた、海賊相手にずいぶん面白い『戦術』をやったそうじゃない」
「……ああ。あれはまだ、序の口だ」
アレスは、軍事オタクの顔で、ニヤリと笑った。
「……フフ。いい『目』だ」
レナはアレスの目の前まで歩み寄ると、その豊満な体を寄せ、アレスの耳元で悪戯っぽく囁いた。
「……いいだろう。あんたの、その『目』と『威勢の良さ』に、賭けてやる」
「その代わり……」
彼女はアレスの顎をクイと持ち上げた。
「——アタシの、このSクラスの『操縦』、存分に味わわせてあげるよ。……『坊や』?」
「……っ!」
十歳の(中身三十五歳の)アレスは、そのあまりの色香と挑発に、顔をカッと赤らめた。
(……こ、この女……ヤバい!)
背後でガンツが、「ゴホン!」と盛大に咳払いをした。
こうして、惑星再建に不可欠な、最後の重要ピースが揃った。
戦略と交渉のアレス。
内政と経理のシエラ。
軍事顧問のガンツ。
万能AIのヘスティア。
天才技術者のミミ。
そして、エースパイロットのレナ。
赤字惑星の絶望的な状況は今、最強の「チーム」の結成により、ついに本格的な「反撃」のフェイズへと移行しようとしていた。




