4-1 惑星再建のボトルネック~集う仲間たちとAIの受肉~
海賊「ブラッド・ハウンド隊」との激戦から、数日が経過した。
シュテルン星系の主星は、長い悪夢から覚めたかのように、にわかな活気を取り戻しつつあった。
宇宙港では、鹵獲したフリゲート艦二隻と、大破した旗艦(ハウンド1)の解体作業が、自ら志願した領民たちも動員して、急ピッチで進められている。
「おい、こっちのエネルギー・セルはまだ生きてるぞ!」
「こいつを、ヘスティア様の指示通り、『第2居住ブロック』の予備電源に回せ!」
「『神童』アレス様、万歳!」
領民たちは、絶望的な状況を覆した十歳の新領主を「神童」と呼び、彼が再起動させた惑星管理AI『ヘスティア』の効率的な指示に、驚きと信頼を寄せ始めていた。
鹵獲した資源——エネルギー、資材、そして、わずかな食料。それらは、ヘスティアの完璧なリソース管理によって、最も効率的な形で惑星全土に再分配された。
その結果、シエラが日夜頭を悩ませていた「惑星崩壊」までのデッドライン(生命維持可能限界)は、「残り91日」から、わずかながら「残り124日」へと、一ヶ月ほどの延命に成功していた。
だがしかし。
領主館の地下深く、青白い光を放つ「神殿」——惑星管理AI『ヘスティア』のコアが眠る、中枢管理センター。
そこで開かれている「新生シュテルン男爵領」の戦略会議は、地上の活気とは裏腹に、重苦しい空気に包まれていた。
「……ダメですわ、アレス様」
会議の冒頭、内政・経理担当となったシエラが、青ざめた顔で、最新の収支報告書をホロ・ディスプレイに映し出した。それは、報告書と呼ぶにはあまりにも絶望的なリストだった。
「鹵獲した資源は、あくまで延命措置にしかなりません。このままでは、ジリ貧です」
彼女の細い指が、警告色で点滅する一つの項目を指し示す。
「惑星インフラの最大のガン……『第3エネルギー・プラント』。あそこの『コア・コンデンサ』が物理的な寿命を迎えれば、デッドラインは、再び一気に90日を切ることに……!」
「うむ……」
軍事顧問のガンツも、腕を組んで、重々しく頷いた。
「鹵獲した海賊船のフリゲート艦……その動力炉を、ミロード(アレス様)の発案で流用しようと試みたのだが……」
彼は、悔しそうに灰色の眉をひそめた。
「……規格が、全く合わん。我らが惑星のインフラは、数万年前の『旧文明』の規格だ。対して、海賊船のパーツは、帝国軍の『現行』規格。……互換性が、全く、ない」
(クソっ!)
アレスは内心で悪態をついた。
(炎上案件の典型だ! 別々のベンダーが、好き勝手な独自規格で作ったシステムを、強引に結合させようとしてるのと同じじゃないか!)
互換性が取れるわけがない。これは、もう、物理的に詰んでいる。
アレスは、この会議の唯一にして最大の希望である、青白いコア——ヘスティアに向き直った。
「ヘスティア。現状は理解した。……プランA……『第3エネルギー・プラント』の完全修復。今の我々のリソースで、実行できる可能性は、何パーセントだ?」
数秒の演算。そして、冷徹な合成音声が、無慈悲な現実を告げた。
<<……試算。プランAの実行可能性、3.4%>>
「「……っ!」」
シエラが息をのむ。ガンツが目を見開く。
(……3.4%……。前世のブラック企業なら、『やれ。何とかしろ』で通ってしまう数字だが……!)
アレスは歯を食いしばった。
「……ボトルネックは、どこだ? ヘスティア」
<<ボトルネックは、二点。第一に、惑星インフラ……すなわち、『旧文明規格』を、物理的に理解し、修復可能な、高レベルの『技術者』の、絶対的不足>>
「……だよな。知ってた」
アレスは天を仰いだ。
「そして、第二は?」
<<……当AI、ヘスティアの、演算能力の制限です>>
「……なんだと?」
アレスは耳を疑った。
「お前は、この惑星の管理AIなんだろ? お前以上の『頭脳』が、どこにあるって言うんだ?」
<<説明します、管理者>>
ヘスティアの声は、あくまでも淡々としていた。
<<現在、私は、この『コア・ユニット』のみで稼働中。これは、システム全体の『頭脳』ではありますが、惑星全土の複雑なインフラに、物理的に干渉するための『手足』が、ありません>>
「……手足?」
<<はい。効率的なインフラ修復、および、新たな技術開発を行うには、私自身の『中央インターフェース・ボディ』が、不可欠です>>
<<それがなければ、私の演算効率は、本来のスペックの……3%も、発揮できません>>
(……出たあああああーーーっ!!)
アレスは、今度こそ、頭を抱えて床に蹲りたくなった。
(デスマーチの黄金パターンだ! 『リソース不足』と、『権限不足』のコンボ!)
(こんな状況で、「結果を出せ」とか、どこのブラック企業だよ!)
「……分かった。もう、いい」
アレスは、よろよろと立ち上がった。
絶望的な状況。だが、三十五年のサラリーマン人生は、彼に「絶望してからが仕事」という、歪な諦観と、不屈の「問題解決能力」を植え付けていた。
「……ヘスティア。その『技術者』と、お前の『ボディ』は、どこにあるんだ?」
<<……演算。人的リソースに関しては、領内に『候補者』が一名、存在します。……ただし、現在、領都スラム街『錆の底』にて、潜伏中>>
「スラム街……か」
(……また、一筋縄ではいかなそうな……)
アレスは、ため息をつく。
「……で、『ボディ』の在り処は?」
<<……座標データを、提示します>>
コンソールに、一つの座標がハイライトされた。
それは、以前にも、ヘスティアが「推奨行動」として、一度だけ提示した場所だった。
『旧市街地 第四セクター 地下七層 研究所跡』
「……旧市街地の、廃墟……か」
アレスは、即座に決断した。
(……やるしかない。どうせ詰んでるんだ。なら、フラグを片っ端から叩き折って、進むしかねえ!)
「——よし、決めた」
アレスは、不安げな顔で見つめる二人の仲間に、ニヤリと笑って見せた。
「二兎を追うぞ。……ガンツ!」
「はっ!」
老将が、即座に背筋を伸ばす。
「護衛を選抜しろ。例の、海賊からの投降兵……今は、俺たちの『領民』となった者たちの中から、腕が立ち、かつ、俺に『恩』を感じている、信頼できる者を数名」
「……御意。行き先は?」
「『お宝探し』の、第二弾だ」
アレスは、旧市街地の座標を指さした。
「……今度は、本棚を倒す必要はなさそうですな」
ガンツが、あの「幸運」を思い出し、冗談めかしてニヤリと笑う。
「縁起でもないことを言うな!」
アレスは苦笑しつつ、今度はシエラに向き直った。
「シエラ。……そして、ヘスティア」
「「は、はい!」」
シエラの緊張した声が響く。
「俺とガンツが、その『ボディ』とやらを回収しに行く。……その間、君たち二人には、もう一つの『お宝』……その、スラム街にいるという、『技術者』のスカウトを任せたい」
アレスは、シエラの目を真っ直ぐに見た。
「……危険な任務になるかもしれない。だが、君の内政能力と、ヘスティアの情報を組み合わせれば、必ずできるはずだ。……頼めるか?」
「……っ!」
シエラは、アレスの、その、自分を絶対的に信頼してくれている、十歳の少年(領主)の目に、一瞬言葉を失った。
(……私を、信じて……くださる……)
彼女は、数日前まで、この星から逃げ出すことしか考えていなかった。
だが、今は違う。
この、常識外れで、無茶苦茶で、しかし、誰よりも「未来」を諦めていない主君の力になりたい。
その「右腕」として、この絶望的な「領地経営」を成功させたい。
シエラは、頬を決意の色に染めながら、貴族の令嬢として完璧な礼をとった。
「……御意。アレス様の秘書官として、必ずや、成し遂げてみせますわ」
(……おっと? これは信頼の証か? いや、今はそれどころじゃない!)
アレスは、こみ上げる照れを咳払いで誤魔化した。
……数時間後。
惑星シュテルン、旧市街地、第四セクター。
そこは、何百年も前に都市機能が放棄された、完全なゴーストタウンだった。
崩れかけた高層ビル群が墓標のように立ち並び、乾いた風が割れた窓の隙間を、不気味な音で吹き抜けていく。
「……ひどい有様だ」
防護服越しに、ガンツが吐き捨てるように言った。
アレスとガンツ。そして、ガンツが選抜した、元海賊の屈強な護衛兵三名。
計五名の「発掘隊」は、装甲車(これも鹵獲品だ)を降り、荒廃した瓦礫の山を進んでいた。
(……前世の、再開発前のデトロイトか、あるいは紛争地帯のドキュメンタリー映像、そのものだ……)
アレスは、この星の「死」の側面をまざまざと見せつけられ、気を引き締めた。
ヘスティアが示した座標は、このゴーストタウンの中でも、ひときわ巨大なクレーターの中心だった。
かつて、このセクターの中枢だった巨大なビルが、何らかの理由で完全に崩落し、その地下構造物ごと埋まっていた。
「……ガンツ。ここだ。だが……」
アレスは、目の前の絶望的な瓦礫の山を見上げた。
「……完全に、埋まっている。これでは、入り口どころか……」
ガンツが唸った。
重機でもなければ、この瓦礫を撤去するのは数ヶ月はかかるだろう。
(……クソっ! ここで詰みか!? ヘスティアめ、物理的な状況を考慮してないんじゃ……)
アレスが焦り始めた、その時だった。
彼は、ある「違和感」に気づいた。
「……待て」
アレスは、瓦礫の山の一角……巨大なコンクリートの塊が、奇妙な角度で重なり合っている場所を指さした。
「……あそこだ。……あそこだけ、風の流れが違う」
「……は?」
ガンツが目をこらす。
「……まさか。あれは……」
護衛兵の一人がライトを照らす。
そこには、大人がかろうじて一人、四つん這いになって通れるかどうか、という黒い「隙間」が口を開けていた。
それは、ビルの倒壊の際、あり得ないほどの「偶然」が重なり合って、奇跡的に確保された、「地下へと続く古い通気口」の残骸だった。
「……【幸運(LUCK:EX)】……」
アレスは、自分のチート能力が、またしても物理法則を半ば無視して「道」を作ったことに、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「……行くぞ。俺が先頭だ」
「アレス様!? いけません! あまりにも危険です!」
「リスクを冒さなきゃ、リターンは得られない。……前世の常識だ」
アレスは、十歳の小さな体に不釣り合いな決意を込め、その、古代の研究所跡へと続く暗闇の穴へと、ためらうことなく身を滑り込ませた。




