3-4 初陣と神童の凱旋
<<……敵艦、『重力の浅瀬』に突入>>
ヘスティアの無感情な声が、引き絞られた弓の弦のように、緊迫した『アルゴス』の艦橋に響き渡った。
アレスの命令通り、180度反転し、敵旗艦『ハウンド1』と真正面から向き合う形となった『アルゴス』。
メインスクリーンには、予想外の「反撃」に、明らかに狼狽している敵艦の姿が映し出されていた。
『な……!? あのオンボロ、逃げるのをやめた!?』
『ハウンド1』の艦橋で、艦長が絶叫する。
『馬鹿め! 死に場所を、自分で選びやがったか! 主砲、撃て! 撃ち殺せ!』
敵艦の艦首が、再び、致命的な光を放つ。
だが、その光は、先ほどよりも、明らかに不安定だった。
『……艦長! だめです! 『浅瀬』の重力歪みで、照準が……照準が、定まりません!』
『なに!? 機関はどうした! 回避機動……!』
『無理です! 推進剤の制御が……! 艦が、言うことを……!』
『重力の浅瀬』。
それは、高速で航行する艦船にとって、まるで「沼」にはまったかのように、機動性を著しく奪う、宇宙の罠だった。
「……今だ」
アレスが、冷たく呟いた。
「ガンツ! 照準は、俺がやる! あんたは、艦の全エネルギーを、主砲に回せ!」
「ぜ、全エネルギー!? シールドも、ですか!?」
「ああ! 撃ち終わったら、ゼロになる!」
「……っ! 狂っておられる!」
ガンツは、叫びながらも、その老練な指で、コンソールを正確に操作した。
艦橋の照明が、フッと暗くなる。
生命維持装置以外の、全てのエネルギーが、『アルゴス』の艦首に搭載された、旧文明の遺物……たった一門の、しかし、規格外の「主砲」に、集束していく。
キィィィィィン……!
艦全体が、共振し、軋む。
アレスは、前世のゲームで培った「偏差射撃」の感覚で、照準を、機動が鈍った敵艦の、わずかに未来の位置……その「艦橋」に、完璧に合わせた。
「……ランチェスターの法則。局所的な、1対1」
アレスは、呟いた。
「そして、こいつは……『必殺』だ」
トリガーを、引いた。
——閃光。
『アルゴス』の艦首から放たれたのは、帝国軍のビーム兵器のような「線」ではなかった。
それは、旧文明の失われた技術……「重力子」を圧縮して撃ち出す、青白い「球体」だった。
音もなく、しかし、空間そのものを歪ませながら、それは『ハウンド1』に向かって、吸い込まれるように飛翔した。
『……な、なんだ……あれは……』
『ハウンド1』の艦長が、その、あまりにも異質な「砲弾」を認識した、次の瞬間。
「球体」は、敵艦のシールドを、まるで紙を突き破るかのように貫通し、艦橋に、直撃した。
……静寂。
そして、無音の爆発。
『ハウンド1』は、艦橋部分が、まるで内側から、巨大な何かに食い破られたかのように、消し飛んでいた。
司令塔を失ったフリゲート艦は、全ての動力を失い、ただの鉄の塊となって、ゆっくりと宇宙を漂い始めた。
「…………」
「…………」
『アルゴス』の艦橋は、静まり返っていた。
ガンツは、操舵桿を握りしめたまま、目の前の光景が信じられない、という顔で、固まっていた。
(……一撃……だと?)
(あの、フリゲート艦を……。シールドごと、一撃で……?)
(なんだ、今の兵器は……。帝国軍の、いかなるデータベースにも、存在しない……)
彼は、恐る恐る、艦長席の、十歳の「主君」を振り返った。
アレスは、トリガーを引いた姿勢のまま、静かに、震えていた。
(……ヤバい……ヤバい……)
アレス(山田健一)は、内心、パニックだった。
(……ゲームと、威力が、違いすぎる……!)
(あんなの、オーバーキルだ! 『鹵獲』するつもりだったのに、『撃沈』寸前じゃないか!)
彼は、必死に「指揮官」の仮面を貼り付け、震える声を抑え込んだ。
「……ガンツ。何を呆けている。……次だ」
「……は、はい!」
ガンツは、慌てて我に返った。
その頃、後方に残されていた『ハウンド2』と『3』の艦橋は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
『……嘘だろ……?』
『艦長が……『ハウンド1』が、一撃で……?』
『あ、あのオンボロ……! 化け物か!?』
彼らは、自分たちのリーダーが、訳の分からない兵器で、一瞬にして「蒸発」させられるのを、目の当たりにしてしまった。
戦意は、完全に、砕け散っていた。
『だ、ダメだ! 逃げろ! あんな化け物に、勝てるか!』
『機関、全速! この宙域から、離脱する!』
二隻の海賊船は、我先にと、アレスたちに背を向け、ワープアウトの準備を開始した。
「……アレス様! 敵、逃走します!」
ガンツが、叫んだ。
「……させるか!」
アレスは、コンソールを叩いた。
「シエラ! ヘスティア! 全チャンネルで、海賊どもに通信を繋げ! 俺が、直接『交渉』する!」
『りょ、了解!』
スクリーンが切り替わり、怯えきった海賊たちの顔が映し出される。
アレスは、艦長席から、冷徹に、彼らを見下ろした。
「——こちら、シュテルン男爵、アレス・フォン・シュテルン」
『……ひっ! で、出た! あの、オンボロのガキ……!』
「お前たちの艦長は、今、俺が沈めた。……命が惜しければ、聞け」
アレスは、前世で培った「最終通告」の口調で、無慈悲に、選択肢を突きつけた。
「選択肢は、二つだ」
「一つ。その場で、全武装を放棄し、投降する。……そうすれば、命だけは、助けてやる」
「もう一つは……」
アレスは、再び、主砲のトリガーに手をかけた。
「……あの世で、お前たちの艦長に、詫びを入れに行くか」
「……っ!」
「ワープアウトのチャージが完了するのと、俺の『これ』が、もう一発、お前たちに届くのと。……どっちが早いか、試してみるか?」
海賊たちは、ゴクリと唾を飲んだ。
彼らの目の前には、リーダーを一撃で葬った「青白い悪魔」が、静かに、その恐ろしい砲門を、こちらに向けている。
……数秒の沈黙。
やがて、スクリーンの一つで、『ハウンド2』の艦長が、ガタガタと震えながら、白旗のアイコンを、点灯させた。
『……こ、降伏する! 降伏します! 撃たないでくれ!』
『お、俺たちもだ! 命だけは……!』
『ハウンド3』も、それに続いた。
「……交渉、成立だな」
アレスは、ふぅ、と、この日、初めて、心の底からの、安堵の息を吐いた。
(……助かった……)
(……あの主砲、撃ったら、マジで、エネルギー残量、ゼロだった……。ハッタリが効いて、よかった……)
彼の背中は、十歳の子供には不釣り合いなほどの、大量の冷や汗で、ぐっしょりと濡れていた。
結果。
シュテルン男爵領、アレス・フォン・シュテルンの初陣は、味方の被害、シールド30%(かすり傷)。
敵の被害、フリゲート艦1隻(艦橋大破・戦闘不能)、2隻(無傷・投降)。
戦いは、アレスの、完璧な「勝利」で終わった。
領主館の作戦司令室では、シエラが、その場にへたり込んでいた。
『……勝った……。本当に、勝っちゃった……』
彼女は、アレスの、常軌を逸した指揮と、その結果に、ただただ、呆然としていた。
宇宙港に、『アルゴス』が、鹵獲したフリゲート艦二隻(と、大破した一隻を牽引しながら)が、ゆっくりと帰還した時。
シェルターから出てきた領民たちは、何が起こったのか、理解できなかった。
だが、彼らは、見た。
自分たちを襲ったはずの、恐ろしい海賊船が、ボロボロになって、降伏の旗を掲げているのを。
そして、その先頭に立つ、古いが、なぜか、とてつもなく力強く見える、領主の艦『アルゴス』の姿を。
「……海賊が……負けた……?」
「……あの、オンボロ船、一隻に……?」
「……男爵様が……あのアレス様が、やったのか……?」
やがて、一人が、そして、また一人と、万雷の拍手が、宇宙港に響き渡った。
「「「うおおおおおーーー!!!」」」
「男爵様、万歳!」
「シュテルン家、万歳!」
『アルゴス』の艦橋で、その予想外の「歓迎」に、アレスは、目を丸くしていた。
「……なんだ? この騒ぎは」
隣で、ガンツが、静かに、涙を拭っていた。
「……アレス様。あなたは、この星の、絶望していた領民たちに……」
「……『希望』を、お示しになられたのですぞ」
こうして、辺境の貧乏貴族アレスは、その初陣において、惑星崩壊を食い止めるための「初期資源」と、何よりも代えがたい「領民の信頼」という、二つの戦利品を、同時に手に入れた。
「シュテルン家の神童」
その名は、この日、単なる「噂」から、確かな「希望」の光となって、赤字惑星の闇を、照らし始めたのだった。




