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花嫁

 森の中に聳える、背の高い岩壁。そこをくり抜き造られた住居が、白狼の一族の住処である。入り組んだ迷路のような造りだが、優れた鼻を持つ白狼たちは、道を間違うことはない。

 ユキ、ソンロウ、ガンジュはその最奥へと迷いない足取りで向かった。

 

「父さん!」

「来たか」

 

 ユキが室内に飛び込めば、上座に父が胡座をかいて座っていた。常ならば、「族長と呼べ!」と一喝しているところなのに、難しい顔で黙り込んでいる。

 

(こりゃ、ただごとじゃないぞ)

 

 ユキがソンロウを振り返ると、彼もまた肩を竦めていた。ソンロウに床に下ろしてもらい、ガンジュがまろぶように族長の側に控える。族長は、ソンロウにちらりと視線を送った。

 

「ソンロウ、戻ってきたか……此度も行商の任、ご苦労だったな」

 

 白狼の一族のなかでも、最も腕の立つ者たちは、森の外へと行商に行く。行商の役を持つ狼は、魔獣の囲みを抜け、大事な商品を金に変えて帰る。村の命運を担う、誉れある役目であるため、狼たちの憧れだった。

 ソンロウはまだ少年の時期から、行商に行くことを許され、一番多くの成果を集めていた。

 

「今夜、帰還を祝う宴を開こう」

 

 ソンロウは笑って、族長に対し礼をとる。

 

「は。ありがたき幸せ。成果の報告は、また後ほどさせて頂きます。――それより、若君に大事な話とは?」

「うむ……それよ」

 

 族長は唸り、顎髭を指で撫でた。心は決まっているが、言い出しにくく思っているときのくせだ。ユキは、ずいと身を乗り出した。

 

「父さん、大丈夫です。おれは族長の息子、なにを言われようと受け止めてみせます!」

 

 跪き、にっこりと笑ってみせる。すると、族長はそんな息子を眩しげに見つめ、重々しく口を開いた。

 

「……父さん?」

「わかった、話そう。実はの――百年に一度の婿入りの儀のことなのだ」

 

 婿入りの儀とは、白狼の一族に伝わる大切な儀式だ。百年に一度、族長の直系の娘が花嫁となり、一族の雄狼から婿をとる。どうしたことか、この儀式を執り行うと、その後の百年が平和になるとされていた。

 今年が、その百年の節目の年だったのだ。

 

(けれど……父さんには、娘がいない。おれと、弟達だけだ)

 

 その上、ユキの母は三年前に病で亡くなっていた。白狼の一族は愛情深く、生涯で愛するのは番ただひとり。つまり……族長が後妻を娶ることはありえず、ユキに妹ができることも無いのだった。

 ユキは、ずっと取り沙汰されてきた議題に、しゃんと背筋を伸ばした。

 

「その件でしたか。やはり、此度はどこかの家から養女を貰うことになったのですか?」

 

 年頃の娘を持つ家を、すでにいくつか候補として挙げていたことを言う。族長は、頷いた。

 

「うむ……しかし、やはり前列のないことだからな。一度、ババ様にお伺いを立てておこうと思って、訪ねてきたのだ」

「ババ様に……では、ババ様はなんと?」

 

 身を乗り出したユキの肩を、族長ははっしと掴んだ。そして、真剣な顔で言う。

 

「他家から、養女は貰わん。今代の花嫁は……ユキ、お前だ!」

 

 父の大声が、岩壁中に響いた。

 ユキは固まってしまう。

 

(え……?)

 

 おれが、花嫁に……?

 

「えええええっ!?」

 

 ユキは、素っ頓狂な声を上げた。自分を指でさし、わなわなと震えながら問う。

 

「おれが、花嫁になるっ? どういうことですか、それ!」

「言葉の通りだ……ババ様は、お前が花嫁となり、婿入りの儀を行うべきだと仰った。さもなくば、村に繁栄はないぞ、と」

「そ、そんな……しかし、おれは雄狼ですよ!? どうやって婿が来るんです?」

 

 白狼は、一生にひとりしか番を持たない。その大切な存在を、わざわざ男の自分にしたいとは誰も思わないだろう。

 ユキがそう訴えると、族長とガンジュは目を見合わせた。

 

「そこは……まあ、そなたなら何とかなるであろう。小さくて、むさ苦しくはないしの」

「ひどい! 気にしてるのに」

 

 床に突っ伏したユキの背に、大きな手が乗った。ハッとして顔を上げれば、ソンロウである。

 

「族長。もう、決まっちまったんですか?」

「うむ……ババ様に言われては、仕方あるまい。婿入りの儀は、ユキが行う。そうふれを出してしまうつもりだ」

 

 族長は、不本意ではあるものの、致し方なしといった体だった。ユキは、あまりの事態にぐらぐらと地面が揺れているような気さえした。

 

(こんな……こんなことって。おれが、花嫁? 一族の中から婿を取れだなんて……)

 

 族長の息子として生きてきて、そんな人生設計は無かった。天地がひっくり返るような事態だ。

 しかも、ユキをよそに話は決まってしまっているようだ。

 

「話はそれだけだ。婿入りの儀は、すぐに執り行う故、それまでに心の準備を決めておけ」

 

 

 

 族長の室を出た途端、ユキはへたり込んだ。その体を、がっしりとした腕が受け止める。

 

「先生……」

「大丈夫か?」

 

 ソンロウの黄褐色の目に見下され、ユキの目に涙が滲んだ。

 

「先生……! おれは一体どうしたら……」

 

 縋る気持ちで言えば、「ははは」と笑われる。

 

「どうもこうも、あるまい? 婿入りの儀は、行わなきゃならん。族長の息子のお前に出来るなら、こしたことはねえ」

「……そうですが……」

 

 さっぱりと背中を押され、ユキは複雑な気持ちになる。

 

(先生は、良いのだろうか。おれが花嫁となっても……)

 

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