生き霊再降臨ーーーーー “儚げ美女、夕顔たん登場!絶対に誰も死なせねえ——”(前夜)
俺は源氏 光。
ひょんなことから、この世で一番嫌っていた『源氏物語』の光源氏に転生してしまった。
なんだかんだあって、庵から紫の上を保護(※ほぼ拉致)し、正妻から鉄拳制裁を受けつつも、
少しずつ紫の上も俺に懐き始めて、平穏な日々を送っていた——
……はずだった。
が、六条御息所の生き霊による怪奇現象が起こり始め、
その魔の手が、紫の上にも伸びようとしていた……!
てかなんだよ六条御息所の生き霊って!
俺、何もしてねえだろ!?
確かに、
転生前の光源氏がやたらアプローチしてた挙句、
なんか知らん間に朝チュンしてたけど!!
俺、記憶ねえし!?不可抗力だろーーー!!!
……でも。
紫の上に、危害が加わるかもしれないとなった以上、
放っておくわけにもいかない。
どうすりゃいいんだ、マジでーーーー!!!
と、生き霊(六条御息所)をどうにかしなければと思いつつ、具体的な対応策が出せないまま数日が過ぎた。
その日は政の帰り道だった。
とはいえ、俺がやってたのは「うんうん、なるほど」って頷いてただけだけど。
中身は八割寝てた。
だって退屈なんだもん、貴族の会議。
時刻は夕方、空はもう暮れかけてて、
しとしとと降る雨が
まるで空が泣いてるみたいに街を包んでた。
軒先からぽつ、ぽつって
雫が落ちる音しか聞こえない。
まるでBGMもSEも消された世界だ。
そんな中だった。
ふと朽ちかけた板塀の向こうに──
白い、小さな花が咲いてるのが見えたんだ。
……夕顔の花だった。
ぼんやりと、でも確かにそこに咲いていた。
薄闇の中、
白だけがぽうっと浮かび上がって見えて──
でも俺の目が奪われたのは、
その隣に立つひとりの女のほうだった。
傘も差さず、雨に濡れたまま、
じっと門の前に立ち尽くしてる。
まるで時間が止まってるみたいに。
動かないその姿に、
なんか……変な言い方だけど、
“生きてる”って感じがあんまりしなかった。
でも確かにそこにいた。
色素の薄い長い髪。
その濡れた髪が頬に張り付いてて、
着物は雨に濡れてしっとりと身体に沿ってる。
その顔には──
どこか、哀しげな、
諦めにも似た静かな眼差しがあった。
なんていうか……
花が人の形になったみたいだった。
いや、むしろ逆か。
彼女がそこにいるからこそ、
あの花が咲いているようにすら思えた。
そして俺は、完全に見入ってしまってた。
「やべ、これは関わっちゃいけないやつだ」
って頭では思ってんのに、
足は勝手に止まってて、視線は勝手に吸い寄せられてて──
おいおい、もしかしてこれが……運命ってやつなのか?
いやダメだ、
この家に咲いている白い花は夕顔ーーー
つまりあの女の人は、
原作では光源氏と関係を持ったせいで
六条御息所の生き霊に殺されてしまう夕顔本人だ。
俺が関わるとこの人は死んでしまうーーー
その場を見なかったことにして、
過ぎ去ろうとしたーーー
……しかし、
どうしても雨に濡れたままの彼女が
気になって、気がついた時にはーー
「んっ!」
と、となりのトトロのカンタかよ!
ってくらいの勢いで
傘を差し出してしまっていた。
彼女は、驚いた表情で身を見開き、
そのあと少し、花が開いたように微笑んで
「………ありがとう。……優しいのね………」
と言った。
その一言が、雨音の中にやけに静かに響いた。
声も、目も、仕草も──
全部が、俺のなかの“何か”を妙に揺らしてくる。
ヤバい。
これは、完全に“来てる”やつだ。
やたら感傷的で、
どこか現実感のないこの空気。
雨、夕暮れ、花、儚げ美少女。
これ、フラグしか立ってないじゃん!!?
俺は心の中で何度も「ダメだ」って叫んでた。
でも足はまだ止まったまま。
傘を持つ手も下ろせない。
「でも……あなたも濡れてしまうわ……どうして…?」
そう言って、彼女が小さく首をかしげた。
「いや……えっと……」
言葉に詰まる。どう言えばいい?
“君があまりに儚げで美しくて、放っておけなかったんです”
とでも言うのか?バカ正直すぎるだろ俺。
「……俺、その、通りかかっただけで。俺傘たくさん持ってるし、なんか……つい」
「…ふふっ
……変わった人ね」
また、花が開くように、彼女は微笑んだ。
あかん、その笑顔ほんま反則だって!!!
てかおい、なんだよこの既視感。
この展開、俺知ってるぞ。
原作の光源氏も、
まさにこんな感じで夕顔と出会って──
それでどうなったかって?
生き霊(六条御息所)の嫉妬で、
夕顔はあっけなく死んでしまうんだよ!!!
だからダメなんだ。
絶対にこの子と関わっちゃダメだ。
「……あのさ、気を悪くしないでくれ。俺、今ちょっと複雑な事情があって……だから、今日はこれで……!」
逃げるように言って、傘を手渡して離れる。
「……えっ、あなたは? 傘は?」
「俺は濡れて帰る。だいじょぶ、慣れてるから!」
慌てて背を向け、足早にその場を離れた。
心臓が、どくどく鳴っている。
息が浅い。頭のなかが妙にざわつく。
「ダメだって……あれは“運命”なんかじゃねえ……“死亡フラグ”だ……」
でも──
歩きながら、ふと後ろを振り返ってしまった。
門の前に、まだ彼女は立っていた。
差し出した傘の下で、俺のことを見送るように、静かに微笑んでいた。
……その笑顔が、どうしようもなく胸に残っていた。
次回、生き霊再降臨ーーーーー
“揺れる想いと、薄暮の邂逅”(中夜)
↑予定。
まさかのシリアス展開に、筆者もびっくりだよ。
夕顔たん、このあとどうなっちゃうの!?
そして流されまくりの主人公、大丈夫か?
次回、ついにあの“生き霊”が再降臨。
果たして、紫の上は? 夕顔たんは? 主人公の運命やいかに!?