第四章:音楽室の扉(前編)
放課後の静かな廊下、アオイは一人、足音だけが響く中を歩いていた。周りの生徒たちは、すでに帰る支度をしているのか、次々と教室を出ていく。教室のドアがパタンと閉まる音が遠くで聞こえ、アオイはその音に少しだけ心を乱される。彼女の耳には、普段なら気にならないはずのすべての音が、妙に大きく響くようになっていた。
――あの手紙。『味方』。一体誰が、こんなものを送ってきたのか。
その手紙が、アオイを奇妙な方向へと引きずり込んでいった。彼女の心の中で、あの文字がぐるぐると回り続ける。『味方』が本当に味方なのか、それとも、ただの罠なのか?その真実が知りたくてたまらない。でも――その一歩を踏み出すのが怖かった。
そう思いながら歩いていると、前方からヒロの姿が見えた。アオイが少し歩調を早めると、ヒロもそのことに気づいたのか、こちらに向かって歩いてきた。
「おい、アオイ。」
ヒロの声が、ちょっと不安げに響く。いつもなら軽い冗談を言ってくる彼の声が、今日はどこか真剣だった。
「ヒロ?どうしたの?」アオイは、わざと明るい声を出す。けれど、その声が少しだけ震えていた。
ヒロはしばらく黙ってアオイを見つめ、その後、まるでため息をつくように言った。
「お前、最近、なんか元気ないな。顔色も悪いし、なんか変じゃないか?」
アオイは、その言葉に一瞬、固まった。確かに最近、心が重くて、どこかすっきりしない。ミナからの手紙がずっと頭から離れない。それに、あの空の色――すべてがアオイを曇らせていた。
「別に、そんなことないよ。」アオイは、無理に笑顔を作って肩をすくめた。
しかし、ヒロはその笑顔にすぐに気づいたようだった。彼は一歩、アオイに近づいて、じっと見つめる。
「隠さなくていいんだぞ。俺、ちゃんとお前のこと見てるからな。気になるなら、いつでも言えよ。」
その言葉に、アオイは心が揺れた。ヒロは本当に優しい。いつもアオイのことを気にかけてくれる。でも、今のアオイには彼に話すことができなかった。何もかもが、ヒロには言えないことばかりだったから。
「本当に、何でもないから。」アオイは、力なく笑ってみせた。
ヒロは黙ってその笑顔を見つめていたが、結局は小さくため息をついて、肩をすくめた。
「分かった。でも、無理しないでな。お前が辛いとき、俺に頼ってくれよ。」
アオイはそれを聞いて、少しだけ心が軽くなる。ヒロの言葉に、確かに支えられている気がした。でも、それと同時に――彼に頼ることができない自分がどこか切なかった。
「うん、ありがとう。」アオイは軽くうなずくと、歩き出す。
「気をつけろよ。」背後からヒロの声が聞こえる。それを聞きながら、アオイは何となく胸が苦しくなった。ヒロには話せないことが、まだたくさんある。
そして、彼女は旧校舎に向かって足を進めた。ミナとの約束を果たすために。