【Interlude】
朝の六時半過ぎ。
ミナの端末がかすかに震えた。
「また、コードE-22……」
寝起きの目をこすりながら画面を見ると、件名の下に表示されたのは――
「対象:アオイ・ナギサ」
ミナは一瞬、固まった。
知らない名前のはずなのに、どこか引っかかる。胸の奥に小さく、ぬるりとした感情が残った。
(……誰?)
この通知は、監視ネットワークからカラフルに送られてくる極秘の報告。
ごく稀にしか届かない、特別なアラートだった。
「認知フィルターの異常」――すなわち、チップが正常に作動していないということ。
普通は絶対にあり得ない。全国民に埋め込まれ、思想を同一に保つはずのチップが、何らかの理由で破綻している。
けれど、ミナたちはそれを待っている。
“色”がぶれた瞬間を。
組織の管理からわずかに外れた、仲間となる可能性の芽を。
それなのに。
今回だけは――どうしてだろう。
数字でも名前でもない、映像の一部でもない、
ミナの中に、妙なざわつきが残った。
(この子……)
気づかないふりをしようとしたけど、できなかった。
その日の午後。
ミナは便箋を取り出し、ペンを握った。
内容は決まっていた。何人もに送ってきた最初の合図。
> 《君は“本当の空”を見た。私たちは味方だ。心配しないで。》
いつも通り、手書きで。
封筒に入れ、制服の内ポケットにしまう。
放課後、人気のない時間を見計らい、昇降口へ向かう。
ローファーの名前を何度も確認しながら、
小さな封筒を押し込んだ。
足早にその場を離れ、ミナは一度だけ空を見上げた。
灰色の、それでもどこか気になる空だった。