第一章:違和感の輪郭 (後編)
その日は、少しだけ空気が澄んでいた。
アオイは早く目が覚めてしまい、誰もいない校庭に一人、ベンチに座っていた。時計は朝の6時半。空はまだ淡い色をしていて、雲がやさしく流れていた。
(あれ……?)
ふと、視界の端がざらついた。
風が吹き、頭の奥で「カチリ」と何かがはじけるような音がした気がした。
次の瞬間——空が、変わった。
……青じゃ、なかった。
金色。
いや、金だけじゃない。
オレンジ、ピンク、うす紫、そしてそれが滑らかに混ざりあって、まるで絵の具を水でにじませたみたいな、柔らかくて、切ない、そして言葉にできない色。
視界が痛いほど眩しくて、美しすぎて、息が止まるかと思った。
「なに、これ……」
呆然と立ち尽くすアオイの目に、涙がじわりとにじんだ。
そのとき、ポケットの中で「ピッ」と電子音が鳴った。
制服の名札の内側に仕込まれた、個人端末の警告音。
画面には見慣れない赤い警告文字が浮かんでいる。
> 【視覚異常検知】
【矯正信号エラー/対応班へ通知済】
(矯正……? なにそれ……?)
頭が真っ白になった。
“対応班”って、なに? どうして“異常”って言われるの?
今見た空が、どうして「いけない」ことになるの?
そう思った瞬間、背後から校舎の自動扉が開く音がした。
振り返ると、真っ黒な制服に身を包んだ大人たちが、無言でこちらに歩いてきていた。
「アオイ・ナギサさんですね。ついてきてください。簡単な検査です」
表情のない声。
けれど、その目は、何かを“処理”する機械のように冷たかった。
足が動かない。心臓がうるさく鳴っている。
アオイは咄嗟に後ずさった。そして、走った。全力で。
背後で誰かが無線を叫ぶ声。
「異常行動」——その言葉が聞こえた気がした。
でも、そんなことはどうでもよかった。
(あれが……あれが、本当の空……!)
胸の奥が熱くなる。恐怖よりも、なによりも、
今この世界が“作られていた”という確信が、アオイを動かしていた。