第一章:違和感の輪郭 (前編)
教室の窓から見える空は、今日も変わらず「青」だった。
そういうことになっている。先生も教科書も、テレビも絵本も、誰もがそう言う。空は青。これは絶対で、疑う必要なんてない——はずだった。
だけど、アオイは最近、この「青」がなんだか嘘っぽく感じていた。
まるで、誰かが用意した“正しい答え”を、ただ覚えているだけのような……。そんな気持ちが、胸の奥でくすぶっている。
「ほら、アオイ。スケッチブックに空、塗らないの?」
美術の時間。隣の席のカナが話しかけてくる。
机の上には、色が整然と並んだペンケース。「空用」の青は、一番左端、誰もが同じ色を使うのが決まりだった。
「うん……今、雲の形描いてるとこ」
アオイは笑ってごまかした。実際は、塗る気になれなかっただけだ。
この青で塗ると、何かを間違えてしまうような、そんな気がしていた。
放課後、校舎の屋上に上がる。立ち入り禁止の札は風でめくれ、誰も気に留めない。アオイにとっては、ここが数少ない“自分の空”を感じられる場所だった。
ビルの隙間から覗く空。雲がのんびり流れて、光がその輪郭を照らしている。
……けれど、やっぱり「青」だけじゃない気がする。白でもない。黄色にも見えるし、ほんの少し、紫が滲んでいるような。
ふと、頭の奥に鈍い違和感が走った。
ぐらりと視界が揺れる。何かがノイズのように弾けた気がして、アオイは思わず目を閉じた。
(まただ……)
最近、ときどきこんなふうに、目の奥がジリジリすることがある。病院で検査を受けたが、「異常はない」と言われた。けれどそれ以来、妙に「色」が気になるようになった。
帰宅途中、通学路のポスターや看板の色が妙に“整いすぎて”見えるのも、気のせいじゃない気がする。
友達と話していても、「見えているもの」が本当に同じなのか、不安になることがあった。
「ねえ、お母さん。昔の空って、今と同じ色だったの?」
夕飯の準備をしている母に、ふと聞いてみた。
すると母は包丁の手を止めて、少し笑った。
「なにそれ。空の色なんて、昔も今も変わらないわよ。ずっと“青”に決まってるじゃない」
その「決まってる」の言い方が、アオイにはひどく不自然に聞こえた。
(誰が、いつ、決めたんだろう……)
“空は青”。
それは常識なのに、どうしてこんなに疑わしく思えるんだろう。