第十三章:仮面の距離
夕方。部活動の声が遠くで響くなか、アオイののはひとり図書室にいた。
机に広げたノートには、何も書かれていない。心が追いついていなかった。
(ミナは、本当は学生じゃなかったの……?)
(でも、わたしに“何か”を伝えようとしてた)
その「何か」は、きっと大切なものだった。
なのに、もうミナには会えない。彼女の存在は跡形もなく消されてしまった。
アオイは無意識に制服のポケットを探る。
そこに、小さく折りたたまれた紙片が残っていた。
> 「——記憶は消されても、真実は消えないよ」
誰かの声が、心の奥で繰り返す。
ふと、視線を感じて顔を上げると、廊下の奥に誰かが立っていた。
「……ヒロ?」
彼はすぐに視線をそらし、廊下を曲がって姿を消した。
何かを探っている——そう感じた。
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一方その頃、ナツキは屋上の鍵を手にして、静かに扉を閉めた。
ポケットから取り出したのは、小型の端末。画面に映るのは、複数の監視対象の名簿とログ。
(アオイ……まだ干渉は浅い。正規ルートでの制御ができればいいけど……)
指先が止まる。
その中に、“ヒロ”の名前があった。
記録上では「監視員」として識別されているが、ナツキは彼の顔を思い浮かべ、ゆっくりと画面を閉じた。
(彼は……何も知らない。利用するつもりもなかったけど)
ナツキの瞳には、一瞬だけ迷いの色が浮かんだ。
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夜。自室に戻ったヒロは、思い切ってデータ端末を起動し、禁止されているシステムに潜り込んだ。
そこで見つけたのは、ある文書の断片。
> 「感情制御対象リスト/第4群《A》:アオイ・ナギサ」
「第2段階:不適合時は削除処理を検討」
一瞬、目を疑った。
(アオイは、実験対象……?)
信じたくなかった。けれど、今までの違和感すべてが、そこに繋がっていくような気がした。
(俺は……何を見逃してた?)
そのとき、ドアの外で物音がした。
振り返ると、モニターの画面が急に消えた。
そして、通信端末から聞こえてきた、無機質な声。
> 「対象の逸脱を検知。行動ログを送信しました。対応を確認します」
ヒロの背中に、冷たい汗が流れた。
(俺はもう、ただの“監視員”じゃいられないかもしれない)
彼の中で、何かが静かに崩れはじめていた。