第十二章:見えない線
「……ナギサ・ミナさん、欠席……?」
朝の出席確認で、担任の声が少しだけ引っかかった。
昨日まで普通にいたはずのミナが、名簿上からも消えていた。先生が小さく眉をひそめ、パソコンを操作する音が妙に大きく響いた。
「……出席番号が、ありませんね……?」
教室内がざわつき始める。アオイは机の下で拳を握りしめた。
ミナはもう、"ここにいない"ことにされたのだ。
(ほんとうに……消された?)
隣の席でナツキが小さくつぶやいた。「へんなの、ね」
笑っているが、その目は揺れていなかった。
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放課後、ヒロは資料室の端末を前にデータを確認していた。
“ミナ”の記録がシステムから削除されていること。
昨日までは確かに存在していた出席記録が、今日の時点で空白になっていること。
(これが……“操作”か)
彼は教室内の異常や、生徒たちの変化を監視する役目を持っている。
といっても、下っ端の自分に与えられる情報は限られている。
“何か”が起きている、そう感じても、それ以上に踏み込むことはできない。
(ただの消去じゃない……記憶の改ざんも含まれてる……)
ヒロは、ある生徒に目を向けていた。ナツキだ。
彼女はこの数週間、妙にアオイと距離が近い。
(アオイに影響を与えてる……それとも……偶然?)
ヒロはナツキを“監視対象の一人”としてマークしていた。明るく、社交的で、成績も問題ない。ただの生徒――
……のはずだった。
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その夜、ヒロは一人、学校の屋上にいた。
冷たい風が吹く中、耳に通信が入る。
> 「観測範囲内に異常なし。引き続き対象群の動向を監視せよ」
「了解」
ヒロは答える。けれどその目は、組織の意図を読みきれないもどかしさを宿していた。
(“カラフル”という言葉を耳にしたのは、つい最近だ……何かの隠語か? それとも……)
正体の見えない“何か”が、確実にこの学園内に存在している。
その中心にいるのは、アオイ。
だが彼女を囲む人間たち――ミナ、ナツキ、そして他の生徒たちもまた、ただの“クラスメイト”ではない可能性がある。
(……何が始まってるんだ)
ヒロの胸に、じわじわと疑念と不安が広がっていた。