第十一章:記憶の波紋
教室の窓から差し込む光が、いつもより冷たく感じられた。
アオイは、昨日もらった薬を飲めずにいた。ミナのことはよく知らないし、彼女の目的も分からない。
ただ、メモに書かれていた「あの日の記憶が消される」という文字に、何とも言えない真実味を感じてしまったのだ。
怖さはあった。でもそれ以上に、胸の奥に渦巻く違和感を、無視できなかった。
——何かが、おかしい。
休み時間、いつものように騒がしいクラスメイトたち。
だけど、声が遠く感じる。
顔は知っているはずなのに、誰もが仮面をかぶっているような違和感。
ヒロが話しかけてきた。
「顔色悪いぞ」
昨日のこともあって、心配そうに見てくる。
だけど——目の奥がとても冷たく、まるで感情が抜け落ちたかのような。
ふと、アオイは気づいた。ヒロの視線がわずかに揺れた。
アオイの机のあたりを、ほんの一瞬だけ。
その瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。
「……うん。大丈夫だよ」
ぎこちなく返しながら、背筋に冷たいものが走った。
(ヒロも……何かを知ってる? それとも……)
昼休み。
アオイは旧校舎に向かった。
無意識だった。気づけば、あの場所へと足が動いていた。
誰もいない。立ち入り禁止のテープが巻かれている。
遠くで、チャイムの音が小さく鳴っていた。
> ——ミナは、ここで何かを言ってた。
……私に……何を?
頭がじん、と疼いた。
視界が揺れる。
地面が遠くなって、代わりに浮かぶ光景。
——泣いている少女の背中。
——そして、誰かの腕がそれを抱きしめていた。
「忘れないで。アオイ。あなたは——」
その声が、確かに耳元で響いた。
「……ミナ……」
思わずつぶやいた瞬間、背後で足音がした。
振り返ると、そこに立っていたのは、ヒロだった。
「……何してるの? こんなとこで」
アオイは答えなかった。
ただ、胸の中で確信に変わりつつあるものがあった。
——私は、何かを奪われている。
——ヒロも、それを知っている。
風が吹いた。
今度ははっきりと、あの声が聞こえた。
> 「記憶は消されても、真実は消えないよ」
アオイの手の中で、メモの紙片がそっと揺れた。