第八章:ノイズの記憶
アオイは拾った紙をポケットにしまった。
“C-7”
リオがいたあの場所に、ひらりと落ちていた小さな白い紙。 誰のものかも、何を意味するのかもわからないけれど、手放すことができなかった。
アオイの足は、自然と旧校舎へ向いていた。 「今日で最後」というその建物の空気が、心の奥をざわつかせていた。
(……あの時、ちゃんと話を聞けなかった。私、怖くて……)
会いたい。でも、会わせる顔がない。 けれど、確かめたい。せめて、もう一度だけ。
旧校舎に入り、足を運んだのはミナと出会った音楽室。
ドアを開けると、冷たい静寂が出迎えた。 埃っぽい空気の中、楽器はすでにどこかへ運び出され、がらんとした空間が残されている。
(やっぱり、もう誰もいないか……)
ふと、ドアの内側の古びた鉄板に目が留まった。 擦れて消えかけた文字。
> C-5
(……C-5?)
アオイはポケットから、あの紙片を取り出した。
“C-7”
まるで番号をふるような、統一された記号。
(この校舎の部屋には、そういう分類があるの? だとしたら、C-7って……)
目を凝らして周囲を見渡すと、音楽室の奥、備品棚の裏に小さな扉があるのに気づいた。 半開きのそれは、暗く、地下へと続いているようだった。
息をのむ。 けれど、今度は逃げなかった。
そっと扉を開けて、一歩、踏み出す。
階段を下りるごとに、空気がひんやりと変わっていく。 突き当たりの壁に取り付けられたプレートに、
> C-7
と刻まれているのを見たとき、アオイの鼓動が一段と強くなった。
その先に、彼女はいた。
「来てくれると思ってました」
ミナの声。
あの日と同じ服装、同じ表情。けれど、どこか安心したような色がそこにはあった。
「……あの時、ごめん」
「謝らないでください。誰だって最初は怖いんです」
ミナは微笑んで、小さなレコーダーを差し出した。
ノイズ混じりの音声が流れる。
> ……あおく、ない。 ……そら、は……まちがってる…… ……しってた、のに……しらないふりを、した……
その声に、アオイは凍りついた。
「誰の、声……?」
「たぶん——アオイさん自身の、幼い頃の記録です」
「そんなの、覚えて……」
「“覚えていないように”作られているんです」
何かが、軋む音がしたような気がした。
——自分の中で、ずっと黙っていた“誰か”が、少しだけ目を覚ましたような。