第七章:風の通る声
放課後の昇降口。人の流れが落ち着いた頃、アオイはゆっくりと上履きを履き替えていた。
ふと、視界の端に立つひとりの女生徒が映る。
リオ・ミナト。 クラスメイトの中でも、少しだけ“特別”な存在だった。
目が大きく、まつげが長い。 黒髪は肩よりも長くて、手入れが行き届いている感じがする。
誰かとつるむこともなく、でもひとりぼっちでもなく、 教室ではいつも、達観したような面持ちで静かに席についている。
アオイにとっては、“話せば普通に返してくれるけど、仲良しグループというわけではない子”。 挨拶はするし、たまに美術の課題のことで話すこともある。
けれど今、この放課後に昇降口に立つリオは、 普段よりも“何かを知っている人”のような雰囲気をまとっていた。
アオイが軽く頭を下げると、リオはほとんど微笑みもしないまま、ぽつりと口を開いた。
「……行かないの? 旧校舎、今日で最後なんだよ」
「え……あ、うん、でも……」
口ごもるアオイを見ても、リオは何も言わない。ただ少しだけ、視線を向ける方向に重ねるように目を細めた。
「行くかどうかは自由。でも…… たとえば、誰かに“会いたい”と思ってるなら、行ってみるのも、悪くないかもね」
言い終えると、リオはアオイの返事を待たずに昇降口を出て行った。
その背中は、なんとなく風と一緒に消えていくようだった。
アオイがふと足元を見ると、誰かが落としたような小さな紙片がひらりと舞っていた。
拾い上げると、白い紙ににじんだ文字でこう書かれていた。
> C-7
アオイはしばらく、それを手の中で見つめていた。
旧校舎。
今日で、最後。