純一君の悪戯
その日の夕方、まだ小学ニ年生の純一君は、一人で遊んでいた。誰といって、遊び相手のいなかった彼は、家の近所の田んぼ道で、道端に一人しゃがんで、その辺にいる生き物を探していた。純一君は、暇だったのだ。そろそろ、夕暮れである。日の光も紅く染まって、辺りを真っ赤に染めている。しかし、探している生き物がなかなか見つからない。それで、純一君は、諦めて、場所を変えてみようと考えた。それで、素早く立ち上がると、駆け出していく。どこへ行こうか?走りながら、純一君は、考えていた。やがて、純一君の頭に、近くの堤防がひらめいた。そうだ、あそこまで行ってみよう、と心に決めて、彼の足取りは、早くなった。細々と住宅が立ち並ぶ住宅街を抜けて、やがて、畑道を超えて、向こうに白い堤防の壁が見えてきた。純一君は、堤防のコンクリートの階段を一気に駆け昇る。登り終えると、果てしなく続く灰色の堤防道が一望できた。その堤防道を横切って、純一君は、どぶ河のある、草のぼうぼうと生えた斜面まで降りていく。気を付けないと転んでしまう。ゆっくりと降りていく。
ゲコゲコゲコと、どこかから、蛙の鳴き声がする。何の蛙だろうか?降りきると、そこは、どぶ河沿いの細い道だ。純一君は蛙の声が気になって、とりあえず、どこかに蛙はいないものかと探してみることにした。それで、堤防の斜面を再びのぼって、ぼうぼうに生えた草むらの中にいないものだろうかと、ゴソゴソとやってみた。しかし、なかなかに見つけられるものでもないらしい。それで、仕方なく諦めて、今度は、斜面を降りて、どぶ河の中を見てみることにした。純一君は、靴と靴下を脱ぐと、それを河沿いの道端に置いて、裸足になり、河の浅瀬の中に足を突っ込んだ。ひんやりとして、気持ちよかった。そして、しばらくはなにもしないで、その場にしゃがみ込んで、様子を見ていた。しばらくしただろうか、純一君のそばのあたりで、川面が揺らめいたと思う間に、一匹の大きな蛙が、河の上に顔を覗かせた。しめた!見つけたぞ!と、純一君は、必死になって、両手を使って、蛙を押さえ込みにかかった。何度か、しくじった末に、ついに、純一君は、大きな蛙を両手のひらのなかに、捕まえることができた。純一君は、心の中で、喝采を上げて喜んだ。それは、背が茶色で、まだら模様をした大きな蛙だった。
しばらく、純一君は、手の中から覗いている蛙の愛嬌のある顔を眺めて過ごしていた。しかし、だんだんと、それにも飽きてきた。それで、純一君は、裸足のまま、河沿いの道に上がると、試しに、そばの草むらの中へ、その蛙を放してみた。それでも、蛙は、動こうとしないで、じっとしている。まるで、蛇に睨まれた蛙のようである。
その時だった。急に、淳一君の心の中に、ちょっとした悪戯心が芽生えたのである。彼にとっては、悪気のあることではなかった。ちょうど、そばの地面に、1本の太く大きな釘が落ちていた。
純一君は、その釘を拾い上げて、眺めてみた。茶褐色に錆びて、ボロボロの釘だった。すると、純一君は、その長い釘を片手に握りしめて、その錆びた先端を、草むらの中で、じっと動かない蛙の柔らかな背中にぶつりと突き刺した。簡単に刺さった。そして、力を込めると、やがて、釘は、蛙の身体を突き抜けて、白い腹から、錆びて尖った先端が突き出た。串刺しである。
やがて、蛙は動き出した。腹に釘を串刺しにされたままで、重そうな感じで、ピョンピョンと跳ねている。でも、どこか、動きがぎこちない。
そのうち、だんだんと、純一君は、串刺しの蛙に飽きてきた。何だか、思ったほどに、つまらない。それで、蛙をそのまま捨てておいて、靴下と靴を履き、堤防の斜面を昇っていく。もう、辺りは暗くなってきた。うちへ帰ろう。そう決めて、堤防から、住宅街の方に向かって、純一君は帰っていく。あっという間に、その小さな背中が、住宅街の中へと消えていった。
堤防の草むらの中では、まだ蛙が、重い身体を引きずって、跳ね回っていた。やはり、串刺しの釘は、重たそうであった...............。