桜の花の咲く頃に
「帰して!!元の世界に帰してよ!!」
合格発表の帰りに、突然足元が眩しく光ったと思ったら、開いた大きな穴に引きずり込まれ
気がつけば、見たこともない部屋にいた。
周りには、全身黒い顔が隠れるローブを着た怪しげな人や、中世ヨーロッパ時代の貴族のような格好をした人、騎士のような鎧を着た人もいた。
彼等の中で一番偉そうな人が、どうして私がここにいるのか、何のためにこの世界に召喚されたのかを説明した。
それに対する私の第一声が冒頭である。
「ごめん。この召喚は片道だけで帰る方法がないんだ。元の世界には帰せないけれど、君のことは僕が必ず幸せにすると誓う。
だから、この世界のために魔王を倒してくれないか」
この国の王子様だと紹介された彼が、薄っぺらい誓いを述べる。
それに一体どんな価値があると言うのだろう?
窓から見える景色に目をやると、この国にも桜があるようだ。
私の大好きな叔母さんの名前が桜子だったので、我が家は毎年必ず家族で花見に出掛けた。
窓から見える桜を見ながら、私は遠く離れた日本に心を馳せた。
3歳の時に交通事故で両親を亡くした私を引き取ってくれた、まだ学生だった叔父さん。
血の繋がらない私を、本当の娘のように可愛がって育ててくれた、当時は叔父さんの恋人だった桜子さん。
結婚前からいきなり母親になってしまってごめんねと言ったら、そんな事、子供は気にするなと豪快に笑ってくれたっけ。
その桜子さんが病に倒れたのが、私が中学2年生の時。私が成人するのを見届けたいと言っていたのに、結局私の高校生になる姿も見れなかった。
桜子さんのような若くして亡くなる人の命を1人でも多く救いたいと、必死に勉強して、医者になる道を選んだ。
そして無事医大に合格し、これから叔父さんや桜子さんに恩返ししようとした矢先の事だった。
全く恩もない、見ず知らずの世界の人間を救うために、この世界に召喚された。
私にとって、何の意味があると言うのだろう?
私の意思とは関係なく、私は王子様の婚約者になった。
そして、あの召喚の時もあの場にいた、国一番の実力者だという魔術師、聖騎士、治癒師と共に魔王を倒す旅に出た。
「本当は君と一緒に行きたいけれど、この国の皇太子である僕はここを離れることが出来ない。例え離れていても、心は君と共にあるよ。
せめて僕の代わりに、この僕の瞳の色をした指輪を身に着けていて欲しい」
と、やたらとゴツい石のついた指輪を渡された。
華奢な私の指には、全然似合わない指輪だ。
魔王の住まう魔王城にたどり着くまでに、様々な魔物や魔獣との戦いがあり、私たちは各地で歓迎された。魔王の力が強くなると、動きが活発になった魔物や魔獣が村にも溢れ出す。それを倒しながら進むからだ。
魔物や魔獣との戦いの間、私は何もしない。この前まで単なる女子高生だった私が、そんなのと戦えるはずがない。
私の役割は魔王を倒すことだけ。
逆に魔王は、異世界から召喚された私にしか倒せないので、私が魔王と戦う間は、他の人達は魔王城の前で待つしかないらしい。
そのせいなのだろうか?村人達の態度も私と他の人達で差がある。
何か視線に他の人を見るような熱意が感じられないとか、飲み物がお酒は沢山種類があるのに、それ以外は水しかないので、まだ成人してない私は水しか飲めないとか、体が小さいからと、食事の量が少ないのは分かるとしても、そもそもの中身も違うとか、部屋に明らかに格差があるとか…。
誰が見ても分かることなのに、魔術師も聖騎士も治癒師も何も言わない。
どうしてこんな人達のために、私は恨みも何もない魔王と戦わないといけないのだろう…。
そして長い旅を経て、魔王城に辿り着いた。ここからは本当に誰も付いて来てくれない。応援の声も掛けられない。
それが当然の事であるかのように、送り出される。
私は1人魔王城の扉を開け、中に入って行った。
無事魔王を倒し、いま私達は王城の謁見の間にいる。ここに来るまでに、満開の桜を見た。
あれから丁度1年が過ぎたようだ。
「皆のもの、よく無事に帰った。ミヒロも魔王討伐大儀であった」
そう迎える王様の横には、少しバツの悪そうな顔をした王子様と、何か勝ち誇ったような顔をした綺麗だけど、意地悪そうな女の人がいた。
「ミヒロ、お帰り。よく無事に戻ってくれた…」
隣の女の人に袖を引っ張られて、何か言いづらそうに話してくるのが面倒なので、こちらから突っ込んでみた。
「アーノルド王子、そちらの女性は誰ですか?」
「私はアーノルド様の正妃のミネルバです」
ミネルバは私のつま先から頭の天辺まで、値踏みするように眺めてから、何でもないことを告げるように言った。
「アーノルド王子は私と婚約したのでは無かったのですか?」
「すまない。あの時はちゃんと告げられなかったけれど、僕には幼い頃から決められた正妃のミネルバがいる。君は側室となるけれど、例え側室でも約束通り幸せにするよ」
本当にこの世界の人達は、建前ばかり。
適当に言い繕えば、異世界の小娘なんて上手いこと動かせると思っているのだろうか?
ちゃんと私の望みを聞いて、約束してくれたのは彼だけだ。
「もう結構です。あなたの側室にしていただかなくても構いません」
言い切る私に、ミネルバは分かりやすく嬉しそうな顔になり、王子様は焦った顔をした。
私と言うよりも国民に対し、心優しい王子様ヅラをしたい彼としては、魔王を倒すために召喚した異世界人をそのまま放り出したとしては、外聞が悪いからだろう。
徐に指から似合わない指輪を外し、ミネルバに渡した。
「追跡機能付きの指輪なんて、いつも一緒にいる貴方には必要ないかもしれませんが、彼の色をした指輪は私には不要なので…。
それにどんなに優秀な魔術師でも、さすがに異世界までは追跡出来ませんからね」
私が笑顔で一歩下がると、足元が急に光り、魔法陣が広がった。
「あなた達を見習って、私も嘘つきになることを決めました。
『郷に入っては郷に従え』と言いますからね。
この世界で唯一人、信頼できる彼と私は取り引きすることにしました。
あなた達は帰れないと言いましたが、彼は可能だと教えてくれました。ただ莫大な費用と魔力がかかるだけで…。
だから私は、その対価としてこの世界を魔王に渡し、元いた世界に帰してもらうことにしたのです」
「「「「「「なっ…!!」」」」」」
驚愕の顔でこちらを見る人々。その中には、一緒に旅したメンバー達もいた。
「それでは皆様ごきげんよう。皆様の幸せを心より祈っております」
その瞬間、目を開けていられないほど眩い光が放たれた。
再び皆が目を開けた時には、異世界から来た少女の姿はなく、代わりに夥しい数の異型の魔物の集団と、恐ろしく美しい顔をした、でもその中で一番禍々しいオーラを纏った男がいた。
「では宴を始めようか。新しい魔界の始まりを祝う宴を」
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「ミヒロおめでとう!!さすが、僕と桜子さんの自慢の娘だ!!」
叔父さんは大喜びして、合格証書を持ち帰った私を、玄関先で抱きしめてくれた。
家に入ると、私と桜子さんが大好きな『パティスリーエッフェル塔』の苺タルトが食卓に置かれているのが目に入った。
その上には、『合格おめでとう!!』と書かれたチョコプレートまで飾られている。
あそこの苺タルトはとても人気商品なので、あらかじめ予約しておいてくれたのだろう。
「叔父さん、これで私が落ちていたらどうしたの?」
「僕達のミヒロが落ちるはずないから大丈夫さ!」
叔父さんは満面の笑顔で信じてくれていたようだ。
試験には受かったけれど、別のわけ分からない光る穴には落ちたけどね…。
「ミヒロから連絡あってから、ちょっと時間が掛かったようだけど、どうかしたのかい?」
「ちょっと寄り道しちゃって、ゴメンね。これ…」
私は後ろに隠していたピンクとブルーのカンパニュラの花束を取り出した。
感謝の思いを込めて、ピンクのカンパニュラは桜子さんの御仏前に、ブルーのカンパニュラは叔父さんに捧げた。
「今まで育ててくれて、愛情を注いでくれてありがとう。これからもよろしくお願いします。お父さん、お母さん」
「桜子さん、僕達の娘が優しいよ」
花束を受け取ったお父さんは、滅多に涙を見せたりしない人なのに、男泣きに泣いた。
引き取ってもらった時から、君の本当の親になりたいと言われていた。
けれど、2人には自分達の本当の子供が出来るだろうからと遠慮しているうちに、素直になれなくなって、お母さんが病気になって…とタイミングをなくし、結局叔父さん桜子さん呼びのままだった。
戸籍上はとっくに娘だったけど。
異世界に行って、もう会えないかもしれないと思った時、それが一番心残りだった。
だから、もう迷わない。
「お父さん、お母さん、ただいま」
異世界の桜も綺麗だったけれど、やはり私は日本の桜がいい。
大学にはもう少しで咲きそうな桜の木があった。
入学式に、お父さんとあの桜並木を歩くのが今から楽しみだ。
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お読みいただきありがとうございます。
アルファポリス様でも同じネームで恋愛一話完結もの、キャラ文芸で連載ものを
執筆中です。
誤字脱字報告ありがとうございます。
最後の部分、作者の感覚で書いてしまい、申し訳ありません。
桜子さんはミヒロが中3の時に亡くなられてます。叔父さん、ミヒロ、桜子さんはずっと3人で暮らしてきたので、桜子さん亡き後も、生前と同じように遺影に話しかけております。
誤解を招いてしまい申し訳ありません。