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近くの彼女は遠い人  作者: へーまる
第1章 僕と高校生
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はるのささやき 3

野村さんとのお出かけ会もこれで最後です!最後まで読んでくださると嬉しいです!

美術展を開催している施設内に入ると、すぐ正面に大きなオブジェが現れた。四メートルほどある木製人型のオブジェの周りには、同じく木製の魚の群れのようなものが張り付いており、その姿は魚が群れの中に人を飲み込もうとしているようにも感じられ、美しさと奇妙さが両立しているようなオブジェだった。前に来た時にはこんな大きなオブジェは無かったと記憶している。


二階まで吹き抜けになっているホールの中心にそのオブジェがあり、その両サイドに上り下りそれぞれのエスカレーターが設置されている。オブジェの後ろにはエレベーターもあるが、僕たちはエスカレーターを使って二階にある美術展入口に向かった。


エスカレーターを降りると、すぐに、たくさんの楽器の絵が描かれた大きなパネルが現れた。そこには「楽器の歴史展」と白文字で書かれており、そのパネルのすぐ横にチケット売り場と入口があった。


僕たちはチケットを持っているので、チケット売り場には行かず、そのまま入り口の方へ進んだ。入り口のゲートを通り、展示会場までの道を歩いている時に、僕は野村さんにずっと気になっていた事を質問した。


「ところで野村さんそのチケット自分で買ったの?」


「あー違うよ!お父さんがこの展示会を主催してる会社で働いてて、それでチケット貰ったの!」


「そういうことだったんだね」


「うん!だからほんとは自分で行きたくて買ったわけじゃないんだよね」


心のどこかで、僕とこの展示会に行くためにわざわざチケットを購入したと考えていた部分もあったのだが、よくよく考えればそんなことをする理由なんて一つもないのだ。少し浮かれていた自分が恥ずかしかった。


「でもさ…」


自分を恥じていた僕に彼女ははさらに言葉を重ねた。


「元々展示会に興味があったわけじゃないけど、優斗くんと遊びたいって思ってたからよかったよ!」


この子はわざとなのか無自覚なのかわからないが、たまに男子高校生が一瞬で盲目になってしまうよな言葉を投げかけてくる。僕からするとその言葉を軽く受け止めるだけで精一杯なのだ。


「あ、ありがとう」


「んー?なんかめちゃくちゃ緊張してる?」


彼女がが少し悪い顔をして僕をからかってきた。

気を緩めすぎないようにしないと、学校の人気者を目で追い始めるのも時間の問題になりそうだ。




通路を抜けた先はかなり開けており、正面にいきなり大きなオルゴールがお出迎えしてくれた。オルゴールは僕たちよりも少し背が高く、僕が知っている小さな箱型のオルゴールと同じ楽器とは思えないサイズだった。


どうやら彼女も同じ感想だったらしく、隣を見ると目を丸くしてオルゴールを見つめていた。数秒の間の後、僕の視線に気づいて小さな声で「すごいね」と呟いた。


その後も僕たちが見たことのない珍しい楽器や、サイズが大小様々なもの、実際に自分の手で触れて体験出来るものなど、年齢問わず楽しめる展示会を僕たちはたっぷり二時間ほど楽しんで会場を後にした。


「凄かったね!なんか思ったより楽しくて興奮しちゃったよ」


「そうだね!野村さんピアノ弾けるんだね。かっこよかった」


途中のピアノを触れるスペースで、彼女がいきなり誰でも知っているようなクラシック音楽を弾き始めた時はさすがに鳥肌が立った。


「いやそれを言うなら優斗くんギター弾けるのは凄すぎるって!」


「野村さんほど上手じゃないよ」


高校受験が本格化する前まで十年ほどギター教室に通っていたため少し心得があった。当時はほぼ毎日ギターを触っていたのだが、ギター教室を辞めてからは一度も触っていなかった。しかし今日久しぶりに触ってみると、意外と体が覚えているようでそれなりに弾くことができた。


「ううん。ほんとにかっこよかった!」


「ありがとう」






日も完全に沈みかけたオレンジと黒が混ざる夕暮れの空は、頬を赤らませた二人をうまくお互いから隠していた。


そんな僕たちを見兼ねたのか、神様が僕たちがカフェに到着するまでの時間をほんの少しだけ早く進めてくれたように感じた。






幸いカフェには空席があり、僕たちは気持ちのいい外の風を感じるためにテラス席に案内してもらった。


メニュー表としばらくにらめっこした後、僕と野村さんはそれぞれオムライスセットとカルボナーラセットを注文した。


「楽器展楽しかった。今日は誘ってくれてありがとう」


僕はオムライスが口から無くなったタイミングで今日のお礼を伝えた。


彼女の方を見ると、タイミングが良いのか悪いのか丁度パスタを口いっぱいに頬張った所だった。彼女は頬をフグのように膨らませたままニコッと微笑んだ。やがてパスタを飲み込むと彼女も口を開いた。


「私もほんとに楽しかった!改めて一緒に行ってくれてありがとね」


「どういたしまして」


食事を終えた二人は、その後、さらにデザートまでしっかりと平らげた。


カフェを出る頃には時間は十九時を回っており、あまり遅くなると野村さんの両親に心配をかけてしまうので僕たちは最寄り駅に向かうことにした。


帰りの電車で野村さんはすこしウトウトしていた。学校が終わってから一度も休んでいないので無理もない。もう少し休憩を取ってあげるべきだったかもしれないと今更ながら少し後悔した。


最寄り駅に到着した僕たちはそのまま改札を出て、それぞれの家に向かう分かれ道に差し掛かった。


「じゃあ野村さんまた学校でね」


「うんまた学校で!」


僕は体の向きを変え、自宅のある方向へ一歩進みかけた。そのとき、後ろから僕の名前を呼ぶ声がした。


「莉子でいいよ」


「え?」


「呼び方!莉子でいいよ!」


数秒の沈黙のあと、僕は口を開いた。


「わかった。莉子またね」


彼女はそれからは何も言わず、僕に軽く手を振って自宅の方向へ歩いていった。




家に帰った僕はすぐにお風呂に入り、家族と特に言葉を交わすことなく自分の部屋のベッドに入った。


今日はすごく疲れた。けれどそれ以上に充実していた。毎日が億劫だった頃もあったが、今は明日を楽しみと思える。


「いい友達に恵まれたな」


瞼が閉じかかった僕は眠りにつく合図のように一人つぶやき、まもなく深い眠りに落ちていった。

三話構成のお出かけ会も読んでくださってありがとうございました。この三話を書くにあたって、いろいろな事を自分の中で思い出しながら書きました。時には優斗になりきってみたりして、「自分が優斗ならこう言うかな」と考えて書いたりもしています。0から全部作ることの出来る人間ではないので、今までの人生のいろんなものをヒントにしています。

これからも「近くの彼女は遠い人」をよろしくお願いします!

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