はるのささやき 2
お久しぶりです!諸事情で投稿が遅れていましたが、お話はこれからも続くのでよろしくお願いします!
一度家に帰った僕は、外出しても恥ずかしくない程度の服に着替えた。集合時間は三十分後だが、特に準備することもないので、少し早めに家を出ることにした。
「優斗、どこか行くの?」
「うん。ちょっと遅くなるかも」
「夕飯は作っておく?」
先に帰宅していた母に夕飯のことを聞かれ、そこでようやく気がついた。夜が遅くなる可能性があるからと、わざわざ着替えに帰ってきたのに、野村さんと夕飯のことについて何も話し合わなかったのはなぜだろう。遅くなるなら外食の可能性も十分考えられるのに、そこまで頭が回らなかった。
とはいえ、学校以外で初めて会うのだから、そこまで気が回らないのも無理はないだろう。とりあえず後で野村さんと相談するとして、母には「あとで連絡する」と伝えた。
「ところで、誰とどこに行くの?」
母が少しからかうような表情で聞いてくる。
「友達と展示会に行ってくる。何年か前に家族で行ったでしょ?」
「あら、懐かしいわね! 帰ったら話を聞かせてね」
「うん、了解」
家を出た僕は、さっき通った道を引き返すように歩き始めた。
集合場所には十分ほど早く到着した。特にすることもないので、スマートフォンで読んでいる途中の漫画を開く。
この漫画は中学時代に彼女に勧められて読み始めたものだ。別れたあとも、新刊が出るたびに読み続けている。よくある男女の学園恋愛ものだが、物語の進み方がゆっくりで感情移入しやすく、登場人物の気持ちを丁寧に理解しながら読むことができる。
ところで、この漫画を勧めてくれた彼女は、今も読んでいるのだろうか。そんなことを考えていると、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「優斗くん、お待たせ! 早かったね、待った?」
「ううん、今来たとこだよ」
「よかった、よかった」
私服姿の彼女は、少し明るく見えた。おそらく、軽くメイクをしているのだろう。学校では校則でメイクが禁止されているので、僕が彼女の化粧した姿を見るのはこれが初めてだった。
淡い赤色ベースのトップスに、シンプルな白のスカートのセットアップ。目元には、目立ちすぎない赤のアイラインが入っている。全体的に暖色系がよく似合う子だと感じた。
「どしたの? そんなにジロジロ見ちゃって……え、もしかしてタグでもついてる?」
「いや、違うよ。赤い服、すごく似合ってると思って」
「あ、え、ありがとう」
一瞬、彼女の顔が赤くなった気がしたが、赤系の服のせいだと自分に言い聞かせた。
そのまま僕たちは横並びになり、スーパーの南側にある最寄り駅へと向かう。先日慎介と利用した駅からは、目的地をゴールとするなら一駅手前にあたる。
駅までの道を歩きながら、僕は野村さんに夕飯の相談をした。連絡が遅くなると母に申し訳ないので、忘れないうちに決めておきたかったのだ。
「私はどっちでも大丈夫だけど、せっかく都会に出るなら、何か美味しいもの食べる?」
「賛成! 野村さん、苦手なものとかある?」
「昨日の夜ラーメン食べたから、それ以外ならなんでも!」
「じゃあ、知ってるイタリアンカフェがあるんだけど、そこでもいい?」
「え、ほんと? 行こ行こ!」
頭に浮かんだのは、慎介と行ったカフェだった。つい最近行ったばかりだが、前回はあまり味わう余裕がなかったので、もう一度行きたいと思っていた。それに、初めて遊ぶ相手と行ったことのない店に挑戦して、もし失敗したら気まずい。今回は安全策を取ることにした。
僕たちは駅の構内に入り、そのまま改札へ向かった。
この駅は、高校近くの駅とは違い、コンビニなどはなく、最低限の設備が整えられているだけだ。改札、切符売り場、駅長室、そして自動販売機とトイレ。その程度しかない。
長居する理由もないので、僕たちはまっすぐ電車の到着するホームへ向かった。普通列車しか止まらないこの駅では、平日でも電車の間隔は十五分に一度ほど。田舎の一時間に一本しか来ない電車や、一日数本のバスに比べれば恵まれているが、駅のホームで待つ十五分は長く感じる。
「私さー、電車でまっすぐ立つの苦手なんだよね」
「どういうこと?」
「電車って揺れるじゃん? すぐ転びそうになっちゃうんだよね」
「ちょっとだけ脚を開いて立つとバランス取れるかもよ?」
「ほんとー? じゃあ試してみる!」
約五分後、電車が到着した。車内を見回すと、乗客はまばらで、すぐに座ることができた。野村さんのバランスチャレンジはまたの機会にお預けとなった。
目的の駅で降り、改札を出た僕たちは、僕の記憶を頼りに歩き始める。やはりここまで来ると、おしゃれな人やサラリーマンが多く、社会の流れを間近に感じることができた。
「平日でもそこそこ人多いね」
「確かにね。野村さんは、ここよく来るの?」
「たまーにね。友達と買い物したり、ご飯食べたり。そのくらいかなぁ」
「じゃあ美味しいお店とか知ってる?」
「ちょっとだけなら! 今度は私の知ってるところ行こうよ!」
「うん、そうしようか」
ん? これって、また一緒に遊ぶことがあるかもってこと?
突然の誘いに驚きながらも、自然に返事ができた自分に少し驚いた。野村さんと出かけるのはもっと緊張するかと思っていたが、意外と女性と話す最低限のスキルは持ち合わせていたようだ。
まあ、今まで彼女と二人で出かけた経験もあるし、それくらいはできて当然かもしれないけど。
そんなことを考えているうちに、僕たちは美術展の会場に到着していた。
美術展って何回行っても飽きないんですよね。友人とお話するには不向きなので、美術展はそういうのが好きな友人と行くようにしています。




