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近くの彼女は遠い人  作者: へーまる
第1章 僕と高校生
7/14

はるのささやき 1

あけましておめでとうございます!2025もよろしくお願いします!

四月十八日の放課後、僕はいつも通り、野村さんと一緒に家までの道を歩いていた。


「優斗くんさー。最近武藤くんと仲良いよね」


「武藤?最近すごいペースで話しかけてくるね」


図書室での一件の後、武藤は暇さえあれば僕の席に訪れ、会話をするようになった。友達と話すのは好きだし、武藤も良い奴だと思っているのですごく嬉しいのだが、僕はどうしても他に目的があるとしか思えない。


というのも、僕との会話中、口を開くのと同じくらいの頻度で僕の隣の席をチラチラと見ているからだ。


「野村さんは仲のいい友達とかできた?」


「もちろんー!友達作るのは得意だからね〜」


「そんな感じするよ」


僕とは違い、誰にでも笑顔で接する事ができる彼女の周りには、自然と人が集まっていく。入学してからまだ一ヶ月も経っていないが、休み時間には彼女の周りに、数人のクラスメイトが集まっている光景をよく見る。


「ねね。今日この後時間ある?」


「あるけどどうかした?」


「おー良かった!ちょっと付き合ってよ!」


「いいけどどこ行くの?」


僕がそう言うと、彼女はカバンの中から何かを取りだした。


「ここ!」


取り出したのは、前に慎介と行ったカフェの近くにある展示会のチケットだった。一年を通して何度か展示会の内容は変わり、今回は楽器の歴史を身近に感じられるというコンセプトの展示会だった。僕も数年前に、一度家族と訪れた事があるが、その時は海中生物についての展示をしていたので、かなり幅広いジャンルで展示を行っているようだった。


彼女が取り出したチケットは二枚だった。 一枚は彼女のものだとして、もう一枚はおそらく誰かを誘うつもりで学校に持ってきていたのだろう。しかし、ここまでもう一枚のチケットを使用する相手が見つからず、最終的に僕を誘うことになったのだろう。


「あんまり興味なかったかな?ごめん」


「あ、いや考え事してた。僕で良ければ一緒に行ってもいいかな?」


「お!ほんと!ありがとうー!今日一日誘うタイミングなくてさー」


「誰も行けなかったの?」


「ん?どーいうこと?」


「誘った人が全員予定があったから僕を誘ったのかなって」


「最初から優斗くん誘うつもりだったよ?優斗くん今日ずっと休み時間寝てたからタイミングなかったんだよ」


彼女からのまさかの一言に、自分の心臓がはねる音がした。鼓動が早くなり、体が芯から熱くなっていくのがわかる。


どこかで感じたことのある、自分の心の中の〝なにか〟が僕を操っているような感覚だ。




━━━━━━━━━久しぶりの感覚だった。





中学の頃、突然女の子に映画に誘われたことがあった。彼女の名前は村田桜子(むらたさくらこ)といい、少し高めに作られたポニーテールが特徴のごく普通の女の子だった。名前に入っている桜の明るいイメージとは違い、全体的に穏やかな静かな子で、何に対しても控えめな性格な彼女は桜というよりかは紫陽花のような花が似合う子だった。


当時、彼女とは席が隣だったということもあり、仲が良かったのですごく嬉しかったことを今でも覚えている。しかしそれと同時に、思春期特有の照れのようなものを感じていたように思う。


映画の当日は普段見ることの出来ない彼女の私服や、慣れない異性との休日に僕は緊張してしまい、まともに話すことが出来なかったのを覚えている。そして彼女はおそらく僕以上に緊張していて、声が朝からずっと震えていた。


それでもその日の最後、夕食を食べる頃には二人の緊張も徐々に和らいでいき、普段通り会話をすることができた。そして僕たちはその日の帰り道に次の遊ぶ予定を立てることができた。


そして二週間後、予定通り二人で仲のいい友達として遊園地に出かけた僕たちは、各々の家に帰る頃には恋人という関係に変わり、一日を終えた。


遊園地の帰り、既に日は暮れようとしていたと記憶している。夏の溶けてしまいそうなくらい熱いアスファルトは僕たちを外側から熱し続けていた。それでもどちらともなく手を繋いだ僕たちはその手を離すことなく、家の近くまでゆっくりと歩いた。


当時、夏の燃えるような暑さと恥ずかしさで内外両面から熱を吸収していた僕は、脳がショートしているようで、しっかりとその心の〝なにか〟を考えることはできなかったが、今野村さんと歩く、ほんのりと暖かい春の昼過ぎの道で、僕はしっかりと、僕を操る感情の正体を心の底から引っ張り出すことが出来た。








その感情は〝期待〟だ。


僕はきっと何かに期待している。







何に期待しているかは、今の僕にはまだ分からない。二人きりで行く展示会に期待しているのか、その先の野村さんとの関係に期待をしているのかもわからない。少なくとも、僕はこの一ヶ月で野村さんを恋愛対象として好きと感じたことはないと思っている。


けれど、その奥底にはまだ僕が気づいていない感情があるのかもしれないと思った。だから今は難しく考えすぎずに、これからのイベントを楽しもうと思う。



「優斗くんどうしたー?」


「あ、ごめん。僕なんかした?」


「ううん逆。何もしてないから気になって。優斗くんよくぼーっとしてるよねー。いつも何か考え事してるような顔してるよ」


頭の中で考えていた事は、口に出さない限り彼女に気づかれることはないが、今この瞬間に何かを考えていたという事実は少なくとも彼女には伝わってしまっていたので、僕はこの後はなるべく自然でいようと思った。


「まあ、優しい人は色々考えるみたいだからねー。私はすごくいいと思うよ」


「優しいのは野村さんの方でしょ」


「嬉しいこと言ってくれるね!優しくなれるように頑張るよ」


きっと彼女はたくさんの人から信頼されているのだと思う。こうやってほとんど毎日話しているとわかってくるが、常に謙虚で決して人の心の触れてほしくない部分には踏み込んでこない。だけどそれは相手に興味がないわけではなくて、しっかりと相手の心を見て、入り込むべき部分と引く部分を理解しているのだろう。


そして全てを理解した上でゆっくりと相手との時間を紡いでいる。そんな彼女になら気を許そうと思う友人が増えるのもごく当たり前のことだと感じる。実際僕もその中の一人になりかけている。


そんな会話をしながら歩く僕たちは、いつの間にかスーパーカワセミの近くまでたどり着いていた。夜が少し遅くなる可能性があった僕たちは一度家に帰って、制服から着替えてから、スーパーカワセミの前に三十分後に再集合するという話になった。

学校からの帰り道は学生生活の毎日の中でもすごく大切な時間だと思っています。仲のいい、いつものメンバーとお喋りしながら帰ったり、部活動のメンバーと暗くなってから帰ったり、気になっている子が後ろから歩いてくるのを、話しかけることができるわけでもないのに意味もなくゆっくり歩いて待ってみたり、学校の帰り道にはいろいろな思い出があると思います。僕もあります。そういうことも、もうできないと考えると少し寂しくなります。

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