これからもずっと
少し時間がかかってしまいました。
土日は基本的には自宅でゆっくり過ごすことが多い。一週間の寝不足を取り戻すために、基本的に土曜日は正午近くまで寝るのが習慣になりつつあるが、今日は珍しく午前中に起床した。
というのも、今日は午前中から予定があるのだ。
布団を出た僕は身支度を済ませ、昨日の夜の残り物である豆乳鍋を温め直して朝食として食べた。
現在の時刻は午前の九時四十五分。予定は十一時からのため、まだ少し時間がある。
僕は食事を摂ったテーブルのすぐ背中側にある、リビングのソファに座りテレビの電源を入れた。新しい環境が始まる時期ということもあり、どのチャンネルも入学式を終えた親子や、新社会人へのインタビューがほとんどだった。元気にインタビュアーの質問に答えるお母さんや、その横で照れくさそうに見ている学生。新社会人の同期で盛り上がっている男性グループなど、毎年この時期にテレビで見るような当たり前がそこには映されていた。
中学の入学の時以来三年ぶりに僕も「そちら側」の人間になったわけだが、やはり自分も当事者となると共感する部分は多く、僕の目にはテレビの中の人達が去年とはまた違った映り方をしていた。
その後も適当に時間を潰し、十時半頃に家を出た僕は、集合場所の味花高校へ真っ直ぐ向かった。
入学式の時よりも桜の木は少しだけ花が開いているが、昨日の雨で少し落ちてしまっているものもある。
人間と違って、桜は春夏秋冬ずっと同じ姿で生きていられるわけではないのだから、せめてこの時期だけは綺麗な花を咲かすことを約束されていればいいのにと感じることもある。一年間春を待った結果、雨で落ちるなんていうバッドエンドが人間にもあったら、僕は多分耐えられないと思う。そう思うと自然環境の変化に左右されやすい植物は本当に強い生き物だと感じる。
僕はそんなことを考えながら、今まで環境を言い訳にして、色々なことから逃げてきた自分と植物を比べていた。僕には選択肢があったはずなのに。常に正解を選べずに何かを傷つけてきてしまったのだ。
そんな自分を恥ずかしく思いながらも、歩みを止めることはなく、僕は味花高校の正門に到着した。集合場所に行くと、約束の相手は既に到着しており、正門に背中を預けてスマートフォンを触っていた。
「慎介ごめんおまたせ!」
「おっおはよ!全然時間通りだよ」
高校で再会を果たした僕と慎介は、水曜日のお昼休憩の時間に久しぶりに二人で遊ぼうという話になっていた。最短で二人の予定が空いている日がこの土曜日という事だったので、ここより少し都会の隣町に電車で移動してランチをしようということになっている。
僕たちが向かう駅は、高校を南西方向に十分ほど歩いた場所にある。ここは味花高校の最寄り駅でもあるため、平日は学生で賑わうが、土日になると乗降客は一気に減り、一日を通して閑静な雰囲気が漂っている。
駅の改札に繋がる階段を上ると右側に改札があり、左側にはコンビニがある。このコンビニも平日は学生で賑わうが、今は人も少なく、入口の自動ドアが開く気配は全くない。
今の僕たちはコンビニには用がないので真っ直ぐ改札がある方向へ向かう。定期券を持っているため、切符の購入が必要のない慎介に待ってもらい、普段電車を利用しない僕は、慣れない手つきで隣町への切符を購入した。
改札を通り、二人揃って階段を降りると、タイミング良く隣町行きの電車がやってきたので僕たちはそのまま乗り込んだ。
僕たちが乗り込んだ車両は人が疎らで、僕たちを含めて五、六人しか乗車していなかった。
「こうやって二人で電車乗るの初めてだよな」
慎介から発せられた言葉は、僕には色々なことを思い出しながら出てきた言葉のように感じた。
「そうだね。一回も電車乗ったことないね。小学校の遠足も違う班だったしね」
「懐かしいな〜遠足!優斗お弁当落としたよな」
「あの日めちゃくちゃ母さんに怒られたんだよ」
「優斗のお母さん懐かしいなー。また会いたいわ」
「今度遊びにおいでよ」
久しぶりに二人きりで会う彼はあの時と何も変わっていなかった。仕草も表情も、僕のペースに合わせてくれる話し方も。
僕は怖かった。もう一度会っても彼に受け入れられないことが。今彼がどんな事を思い、考え、僕と二人で電車に揺られているのかが僕には分からない。分かりたくもないとすら感じた。
なぜなら隣で笑っている彼が、小学生の時の二人で過ごしたあの時のように、あまりにも自然に見えたから。あんなことをした僕と、久しぶりの二人きりで自然でいられるはずがないのに。
だけど僕は、あまりにも純粋な彼の表情を見て、本当は彼が今何を思っているのかを知りたいと考えていた。
僕たちは隣町の駅に到着し、ランチを予約しているお店まで歩き始めた。僕たちが住む町とは違い、大きなビルが並び、いわゆる都会の街といえるこの場所は、基本的には平日よりも土日の方が混雑している。今日は土曜日ということもあり土曜出勤のサラリーマンや、オシャレをした学生が駅で重なり、少しよそ見をしたら、すれ違う人とすぐにぶつかってしまうような混雑状況だった。
僕と慎介はそんな人の波を、はぐれないように近くを歩き続け、なんとか人の流れが穏やかな場所までたどり着いた。ここまで来れば、目的のお店までは五分もかからない。僕たちはスマートフォンの地図アプリでお店の場所の確認をして、その後すぐにお店に辿り着いた。
僕たちが昨晩見つけたカフェは、ピザやパスタを中心としたイタリアンのレストランで、お昼時は女性客で賑わっている。ヨーロッパの国を連想させる三色のテントの柄や、雰囲気の良いテラス席が特徴で、店内にはサラダバーなども設置してある。僕たちは予約した店内の窓側の席にすぐに案内され、二人で座りながら一息ついた。
 
僕は今日、彼に絶対に伝えたいことがあった。伝えなければならないことが。
あの日のことを謝りたい。彼の引越しの当日、笑顔で送り出すことすらできなかった自分自身の情けなさや醜さを全てさらけ出して、謝りたい。ただの自己満足かもしれないけど、それでも僕は絶対に彼にしっかりと謝る必要があると思った。彼が引っ越したあとも何も出来なかった僕は、運命的に同じ高校に通うことになり、もう一度チャンスを貰えたのだから。
そして、わがままを言うならば、またあの時のようになんでも話せる親友を一からやり直したいと思っている。
「慎介」
「どうした?かしこまって」
慎介は数秒戸惑った顔をした後、何かを察したようにすぐに柔らかい表情になった。
「優斗。先に俺から話してもいいかな?」
「え、でも。僕、慎介に言わなきゃいけないことが…」
「わかってる。けど、ごめん先に話したい」
僕はこれまで一度も見たことがない真剣な彼の目を見て、静かに頷いた。
「まず最初に優斗。ごめん」
「なんで…」
「言えなかった」
「え?」
「五年生で引っ越すこと、ほんとはずっと前から決まってた。四年生の夏くらいには。けどどうしても言えなかった」
僕は彼にかける言葉が見つからず黙り込んでしまった。
「俺にとって優斗は本当に心から友達と思える唯一の存在だったんだよ。だからこそ優斗に伝えたら全部無くなっちゃうと思った。今まで仲良くしてくれた事とか、楽しかった思い出とか全部消えちゃうんじゃないかって」
僕は黙って彼の話を聞き続けることしかできなかった。
「でも、今はめちゃくちゃ後悔してる。俺が引っ越す時、優斗全然笑ってなかった。傷つけたと思った。でもあの時の俺は笑ってさよならしないと耐えられなかった。全部こぼれ落ちそうで…ごめんほんとに」
慎介は両目に涙を溜めて、僕にしか聞こえないような消え入りそうな声で振り絞りながら話していた。
何をやってるんだよ僕は。なんで慎介が謝ってるんだよ。おかしいだろ。
何か言わなきゃいけないのにら言葉が詰まって出てこない。
「違う…ごめんを言わなきゃいけないのは僕なんだよ」
僕は必死に伝えたい単語を繋いで言葉に出した。
「ううん。ごめん。大切に思ってるならもっと早く伝えるべきだった。あんな短期間で優斗の心の準備ができるわけないのに」
違う。絶対に違う。悪いのは僕だ。僕が子供すぎただけだ。もう謝らないでくれ慎介。お願いだから。
「俺、あの夜めちゃくちゃ泣いた。後悔で潰れそうだった。何も失いたくなくて取った行動が、逆に全てを失うかもしれない選択になってたんだから」
僕はその言葉ではっとした。彼も泣いてたんだ。僕が後悔で泣いていたあの夜に、遠く離れた場所で同じように。
僕はやっと言うべき言葉がわかった気がした。慎介の顔を見ると大粒の涙が頬を伝っていた。僕は震える唇を必死に止めながら口を開いた。
「慎介聞いてほしい。僕はあの時慎介にほんとに酷いことをしたと思ってる。寂しい思いとか悔しい思いがごちゃごちゃになって、わけが分からなくなって、慎介に酷い態度を取った。一番辛いのは慎介だったのに。本当にごめん。それと…」
僕は一度口を閉じて、深呼吸をした後もう一度口を開き直した。今度はしっかりとした言葉で伝えたかったから。
「それと…慎介、ありがとう。本当にありがとう」
慎介はさっきよりも大きな粒の涙を流しながら、また、僕が今まで見たことのない顔をした。
それは僕が知っている誰よりも大きくて、優しい笑顔だった。
「優斗俺さ…また親友やりたいと思ってる」
「うん!もちろんだよ」
数年前に二人の小学生が抱えた思いは、雨に落とされて咲くことができなかった桜が、咲くことを許されたように大きな花を広げ、やがて満席になったカフェをほんの少しだけ優しい空間にしていた。
最新話読んでくださってありがとうございます!
今回のお話は前回までとは打って変わって友情を中心としたお話になっています。彼らの町に咲く綺麗な桜と、二人の友情を照らし合わせながら楽しんでいただけたら嬉しく思います!




