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近くの彼女は遠い人  作者: へーまる
第1章 僕と高校生
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オハイアリイ

この物語を書きながら、人の心の不器用さに改めて気づきました。大切にしたい人が目の前にいるのに素直になれなかったり、喉まで出かかっている言葉がつっかえて出てこなかったり、ほんの少し踏み出すことがとても怖かったり。


だけど、人は誰かとつながりをもっていたいと願ってしまうものだと思います。


何気ない一日の中にも心が大きく動く瞬間があって、誰かのたった一言で、たった一つの笑顔で世界の色が変わることがあります。


もし、人との距離や自分の心との向き合い方がわからないと思った時に、このお話がそっと寄り添える存在になってくれたら嬉しいです。

時刻は十六時になろうとしていた。


決して高身長とは言えない私でも少し背伸びをすれば海を一望できそうな場所に位置する『オーシャンランド』を満喫していた私たちは、一日中歩き続けて疲労がたまった脚の休息と、実際には背伸びしても見ることのできない海を眺めるために観覧車に乗ることにした。


真昼に比べると少しだけ光が少なくなってきた空には雲ひとつなく、まもなく今日の仕事を終える太陽だけが西の空を下っていた。


私は小林くんのことが好きだ。

もうこの気持ちを偽ることはできない。


だけど今はそれを彼に伝えたいとも思わなかった。


もちろん、彼にこの気持ちを知ってほしくないのかと言われたら嘘になるけど、それ以上に今は毎日が本当に心地よくて楽しくて、きっと私はそれを崩すのが怖いんだと思う。


小林くんはもちろん、莉子ちゃんや武藤くんがこんな私と仲良くなろうとしてくれている。それが何よりも嬉しい。だから今はこんな毎日を変えたくないと思っている。


正面を見ると小林くんがじっと遠くの海を見ていた。この顔は学校で窓の外を見ている時と同じ顔だ。





──────私ってけっこう小林くんのこと普段から見ちゃってるのかな。





外の景色を見る小林くんもきっと何かを考えているとすぐにわかった。小林くんを見ていると時々鏡に映った自分を見ているような気分になるときがあって、それは小林くんがこんなふうにどこか遠くを見ている時に感じることが多い。


私が遠くの景色を見る時は決まって自分の未来のことを考えている。そして過去を振り返っている。そんな時間が増えれば増えるほど、私は今を生きていないんだと感じて、「あの時に戻りたい」とか「こんな未来がいいな」などとどんどん妄想を膨らませてしまうのだ。


けれど、そんな時間は最近の私の生活からは少しずつ減っていて、今この瞬間を楽しむことができるようになった。もちろん、家族のことを思い出して叶うかもわからない未来を想像することが全くなくなったわけではないけれど、それでも確実に少しずつ、私は今を生きていけるようになっていた。


「綺麗な景色見てるとなんでも話せちゃいそうになるよね」


遠くの景色を見たままの小林くんが声だけを私に届けた。


「僕さ。昔慎介にひどいことしちゃったんだ。けどそれを慎介は全部許してくれてさ」


彼はゆっくりと話を続ける。


「自分の情けなさとか誰かの優しさとかそういうの全部含めて、自分って毎日生きてるんだなって感じたんだよね」


私はただ彼を見て話を聞き続けていた。そんな私に彼は顔を向け、少し微笑んでから話を続けた。


「僕って自分のことずっと強い人間だと思ってた。けど、それは弱い部分を出せる場所が無かっただけで、僕の弱い部分を全て受け止めてくれる人に出会ってやっと自分が弱い人間だってことに気づけたんだよね」


私は彼の話に聞き入ってしまった。


「そんなふうに考え始めると自分がほんとに情けなく感じちゃってさ。今日だって僕と出かけて楽しいのかなとかずっと考えてた」


彼は再び微笑みながら「つまんない話聞かせてごめんね」と呟いた。


彼の話にこたえる言葉を私はなかなか口から出すことができなかった。悩みはお互い違えど、自分のことを自分で理解することができない辛さを私はすごく共感することができたからだ。


けれど彼は今、自分で自分を弱いと理解し、そんな自分を受け止めて今こうして目の前で笑っている。そんな彼の優しい微笑みが私にはとてつもない安心感を与えていた。


そして、今彼の話を聞いて私は一つ気がつくことができた。


私はいつもどうやったら毎日がいい方向に進んでいくのかだけを考えて、過去の自分を恨んだり、崩れていく家族の辛い未来のことを考えていたりしたけど、私に必要だったのはどうやったら辛くなくなるかではなくて、単純に今の自分を認めてあげること。そして辛いことを置いておける『場所』を見つけることだった。そうすれば、いろんな感情と共存することができると思った。


基山くんの存在が小林くんになにかを与えたように、私は小林くんに大きなギフトをもらった。


だから私はそっと口を開いた。ありのままの私を彼に知ってもらうために。


私は小林くんに家族のことを話した。観覧車を降りてからも近くのベンチに二人で座って、私は話し続け、小林くんはそれを最後まで私の目を見て聞いてくれた。


誰にも知られたくない。知られるのは恥ずかしい。みんなと違うのは嫌だ。そんな感情が常に頭を巡っていた私は話し始めこそ声を震わせていたが、段々と心の錆が落ちて、自然に話せるようになっていった。


「話してくれてありがとう」


きっと三十分くらい話していたように思う。私にはとても短い時間に感じた。小林くんは優しい言葉をかけてくれたけど、ただただ黙って私の話を聞き続ける時間になってしまった。少し申し訳ないことをしたと思う。けど、そのおかげで私の心はこの三十分という時間の前と後とでは何倍も軽くなっていた。


まるで、長い梅雨の時期が終わり、暗くて重い雲が去り、明るい空だけを映しはじめる時のように。


まだ、私の中の長い梅雨が完全に終わったわけではない。







━━━━━━━━━━━━━━━だけどね小林くん



「私に雨宿りする場所をくれてありがとう」


彼は一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐにいつもの優しい顔に戻って微笑んだ。





その笑顔で私はまるで「もう大丈夫だよ」と言われているような気がした。






私はただただ雨に濡れ続けていた。ジメジメと身体にまとわりついてくるようなタチの悪い雨だ。そんな真っ暗な空からの雨に降られ続けていた私に彼は大きな傘をさしてくれた。





「小林くん!もう一回ジェットコースター乗りたい!」


真剣な話で少し空気が重くなってしまったので、私は勢いよく立ち上がっていつもより元気な声で言った。


「えーあれ怖かったよ」


「いーの。次は小林くんが私の手掴んでもいいよ」


「いざとなったらそうするかも」


小林くんはよし行くかと言わんばかりに立ち上がり隣を歩き始めた。





「小林くん目閉じてる!!」


ジェットコースターがまもなく頂上を迎える時に風に負けないくらい大きな声で私は叫んだ。


「閉じてないよ!気のせい!」


そう言うと小林くんは薄く目を開いた。


「今開いたじゃんー!あ、落ちるよ!」


「うわーーーーーーーー!!」


「きゃーーーーーーーー!!」


朝やったことをそのまま繰り返しているだけだが、さっきと今の私は全てが違う。ジェットコースターの経験も楽しみ方も、そして何よりも夕暮れの遊園地を大好きな人と何も考えずに楽しめるという心からの幸せを感じることができている。


ジェットコースターを降りて、併設している複合施設に入った私たちは約束通り海鮮丼のお店に入ることにした。


小林くんは海鮮丼を、私はサーモンイクラ丼を注文した。


「大盛りにしなくてよかったの?」


「僕あんまり食べないんだよね。高校男子のくせにって感じだけど」


「えー私大盛りにしようか悩んだのに。危うく恥かくところだったよ」


「全然頼めばよかったのに。飯田さん細いんだし」


「男の子にはわからないこともあるんだよー」


「え、なにが?」


「秘密」


今日一日で彼とはかなり仲良くなった気がする。これからは学校でももっと話せるようになるかもしれない。来週席替えだけどね。


来週の始めには席替えがあるとあらかじめ告知されている。つまり隣の席の小林くんとは離れてしまう可能性が高いのだ。逆に言えば席替えする前に遊園地で仲良くなれてよかったのかもしれない。委員会の仕事では引き続き会えるし、全く会話がなくなるわけではないと思うが、それでも少し寂しい気もする。


席替えするということは莉子ちゃんとも離れてしまうことになる。また近くの席になれるといいな。


綺麗に盛られた新鮮な海鮮丼をあっという間にたいらげた私たちは、朝乗ったものと反対方面の電車に乗り込んだ。電車の中には遊園地帰りの家族やカップルがまばらにいる程度で、一組一組の会話が聞こえるような混雑具合だった。


初めは会話をしていた私と小林くんも、さすがに一日中歩き回っていたこともあり、段々と口数が減っていき、気づくと私は眠ってしまっていた。


小林くんの声で目が覚めた時には既に見慣れた景色が車窓から見えており、まもなく最寄り駅に到着するというところだった。


行きと違い、最寄り駅は終点ではないので二人で乗り過ごしてしまう可能性があったのだが、同じく疲れているはずの小林くんはきっと起きててくれたのだろう。


帰りは家の前まで小林くんが送ってくれた。私には今日必ずしておきたいミッションが一つだけある。チャンスは家に着くまでの時間しかない。


家にまもなく到着するという時、ようやく私は勇気を振り絞って何度も頭の中で繰り返したセリフを言葉にすることができた。


「小林くん!渚でいいよ!呼び方」


彼は一瞬ビックリしていたけどすぐに返事をくれた


「わかったよ渚。今日はありがとう。ほんとに楽しかった。よかったら僕のことも優斗って呼んで」


「うん呼ぶ!絶対呼ぶ!こちらこそありがとう。楽しかった!送ってくれてありがとう」


私は一度だけ優斗の方を振り返って手を振り、小走りで家の中に入った。家の扉を閉めたあと大きく深呼吸をして呟いた。


「やればできるじゃん!」


私の長いようで短い一日が終わった。たくさんのものを得た今日という日を私はきっと忘れないだろう。この先どんなことがあっても。

今回のお話はこの物語の最初のビックイベントと言ってもいいと思います。普通、恋愛小説の遊園地といえばもう少し仲良くなった男女がさらに親睦を深めるために行く場所というイメージがあるかもしれません。では、なぜ物語序盤に遊園地のお話がきたかというと、飯田さんと小林くんの二人の性格には共通点があり、それはかなりの奥手という点があるからです。これは恋愛感情に限らず、自らの気持ちを尊重して行動することや自分のために動くこと、それらがあまり得意ではない二人なので自分自身をさらけ出せる『環境』が必要だと思います。そのため、一種の吊り橋効果のような、「自然に自分を出してしまうような場所」という点で遊園地が選ばれ、これは二人の「本音で話してみたい」という本能レベルの思いが働いた結果だと思ってもらえれば大丈夫です。


今後のお話も気長に楽しみにして頂けると幸いです。ありがとうございました。

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