ジェットコースターランデヴー
まず初めに、第11話まで読んでいただいてありがとうございます。そして、12話を開いていただいてありがとうございます。
私がこの作品で1番気をつけていることは登場人物の感情表現です。
私はどんなに小さな出来事でも、必ずその瞬間に芽生える感情はひとつではないと思っています。
その複数の感情の中で1番大きな感情が声に出たり、自分の行動に繋がったりしていると思います。
例えば夜中にお腹が空いてしまった時に、「食べたい!」という感情と「太るしやめとこうかな…」という感情が同時に出る人は少なくないと思います。そしてそこから、「太るけど我慢できないから食べよう」という人と、「今回はやめておこう」という選択に行き着く人が多いと思います。これはどちらの感情が大きかったで決まると考えています。
この夜中行動などは、3次元の自分たちが自らの本能に従って行っていることなので、特に難しいことではないのですが、小説の中の登場人物には作者がそれを吹き込んであげる必要があると考えており、場面場面で登場人物が心で思っていることを考えて、それを言動や行動に移してあげる必要があります。
それを考えることが、小説を書く上で私が1番大切だと思っていることであり、同時にとても楽しく、難しいものだと考えています。
駅のホームに入ってくる電車は乗客と共に、その季節ごとの風を運んでくる。
夏は体にまとわりついてくるどこか粘性すら感じる熱風を、秋は寂しいくらいにカラッと乾いた木枯らしを、冬は体中がチクチクと痛むような冷たい空気を。
そして今、春の季節は時間の流れがゆっくりに感じる暖かい穏やかな風を連れてくる。
四季のどの風にもしっかりと息があって性格がある。一年の中で何度も形を変える風を、朝の駅のホームは特別強く感じるような気がする。
仕事に向かうために電車を待っている人、どこか遠くの街に一人で出かける人、そして友人と待ち合わせをしている人——
受ける風は同じでも、一人一人それぞれ違う捉え方をして、違う感情を抱くのだと思う。
飯田さんとの待ち合わせのために、駅のホームに座りながらそんなことを考える僕は、少しの緊張と約束された素敵な一日を迎えることができる心地良さが両立していた。
約束の時間より少し早く到着した僕は、あまり人のいない駅のホームの真ん中辺りにあるベンチに座っていた。
もちろん慎介に選んでもらった服を着て——
遊園地で乗り物酔いしてはいけないと思い、昨晩はいつもより早めにベッドに入ったのだが、僕もかなり楽しみにしていたのか、なかなか眠りにつくことができず、結局いつもと変わらない時間になってしまっていた。だが幸い、眠りが深かったのかすっきりと目覚めることができた。これなら睡眠不足を心配する必要はなさそうだ。
「小林くんおはよ!」
僕は声に反応してすぐに振り向いた。この時間にこんな場所で僕の名前を呼ぶ人は今日に限っては一人しかいないので、顔を見る前に声の正体はわかった。
「おはよう飯田さん」
「小林くん早いね」
「今来たところだよ」
ほんとは楽しみで早く家を出てしまい、三十分前からここにいることは秘密にした。
「そっかよかった!思ってたよりも冷えるね。朝だけかなあ」
そう言った彼女は羽織っていたダークブラウンの上着を肩にかけなおした。
この前スーパーで会った時と同じナチュラルなメイクと遊園地ということで前のようなワンピースではなく、白のニットにショートパンツを合わせている。本当に彼女は自分に似合う服をよく理解しているのだと感じる。
「それじゃあ行こっか!」
「うん。ちょうど電車も来たね」
これから僕たちは電車に一時間ほど揺られて、海の近くにある遊園地に向かう。ありがたいことに電車を乗り換える必要はなく、目的地も終点のため乗り過ごす可能性もない。
「飯田さんは昨日はよく眠れた?」
「楽しみで全然寝つけなかったよー」
「僕も早めにベッドに入ったんだけど全然寝れなかった」
「今日は楽しもうね」
「うん楽しもう」
飯田さんの笑顔はまるで幼い子供のように無垢で、そこからは純粋なワクワクしか感じなかった。飯田さんの笑顔を見ていると、こっちまで自然に頬が緩んでしまう。
その後もたわいもない話をしていると、いつの間にか外の景色に海が入り込んできていた。
「小林くん観覧車が見えてきたよ!」
「飯田さんほんとに遊園地が好きなんだね」
「昔はよく家族で行ってたんだ。最近は行けなくなっちゃったから久しぶりなんだ!」
「そうだったんだね」
どうして行けなくなったのかはわからなかったが、彼女のほんの一瞬だけ曇らせた表情を見て、なんとなく踏み込んではいけないものがあるような気がした。だから僕は、何も聞かなかった。
やがて電車は目的地に到着し、他の乗客の流れに乗って僕たちは遊園地の入口に向かった。
僕たちが向かっている『オーシャンランド』は広大な土地に中央のプールを囲うようにアトラクションが設置されている。パーク内には大きなショップや飲食店がいくつもあり、さらに園外にも複合型商業施設が隣接されているため、丸一日あっても遊びきれないこの場所は、老若男女問わず人気がある。
チケットを購入した僕たちは、間もなく開園するゲートの前に並んでいた。
「思ったよりも混んでないね」
日曜日ということもあり、混雑状況が懸念ではあったがこれなら特にストレスを感じることなく遊ぶことができそうだ。
やがて午前十時半の開園と同時にゲートが開き、僕たちはあらかじめ決めておいた、パークを左回りするプランで進むことにした。
「小林くん最初なに乗ろうか?」
「じゃあ一番近くにあるしこれにする?」
僕は入口で手に取ったマップに書いてある、ライド型のアトラクションを指差した。
「いいね!最初に丁度いいかも」
入口に到着すると、まだ他にお客さんは来ていないようで、僕たちが今日初めての客だったようだ。
僕たちが最初に選んだのは真っ暗な室内型のアトラクションで、二人乗りのライドはゆっくりと進んでいき、西洋風の世界観で様々なキャラクターが歌って踊る世界をまるで彼らと体験しているかのような気持ちにさせてくれる。
ライドに乗るとやがて動き出し、アトラクションが進んでいく。すると想像していたよりも世界観がしっかりとしており、ついつい見入ってしまった。
ふと我に返って飯田さんの方を見てみると、彼女も同じようにアトラクションの世界に入り込んでおり、僕の視線に気づいていないようだった。僕は視線をアトラクションの方に戻し、アトラクションの世界を最後まで目に焼き付けた。
やがてアトラクションが終わり、僕たちは係の人に促されて出口に向かった。
「なんかすごかったね」
「私びっくりしちゃった。音楽もすごい素敵だったし、最初にこれに乗って良かったよ」
「ほんとにそうだね。僕もそう思う」
「あーなんかさらに今日楽しみになっちゃったなあ」
「たくさん楽しもうね」
一つ目のアトラクションを出た僕たちは、引き続き園内を左回りで歩き始めた。
「そういえば小林くんジェットコースター乗れる?」
「ジェットコースター好きだよ」
「おー!じゃあすぐそこにあるみたいだから乗っちゃおうか」
「いいね乗ろうか」
僕たちは先ほどの穏やかなアトラクションとは打って変わって、絶叫コースターに乗ることにした。
数十メートルの高さから一気に落下し、かなりのスピードで滑走する通称『ドルフィンスキー』はその名の通り乗り物自体がイルカの形を模しており、レールが真っ白という特徴もある。そのため、まるでイルカがスキーを滑っているように見えるということからこの名前がつけられたそうだ。
今回は少しだけ並び列があったが、十分ほど並んだ後、すぐに僕たちの番が来た。
「最前列だね…」
「最前列だね…」
直前になり少し緊張していた僕が一人言のように呟いた言葉に、同じく顔が引きつっている飯田さんが同じ言葉で返してきた。
二人横並びで乗車し安全バーを下ろした。安全確認を終えたあと、すぐに乗り物は動き始めた。
ゆっくりと高度が上がり続けるジェットコースターの上で、安全バーで顔は動かせないものの、隣にいる飯田さんの緊張感は伝わってきた。下で見た時よりも長く感じるこの時間はやがて終わりを迎え、僕たちの視線の矢印は雲ひとつない空から、これから進んでいくレールだけが見える下方向へと変わった。そして瞬く間にコースターは加速し、長い時間をかけて上がってきたレールを一気に滑り落ちていった。
「きゃーー!!!」
「うわっ!!!」
想像以上の速度で体中に力が入り、僕は手元のバーをぎゅっと握った。
ものすごいスピードで進むジェットコースターで口の中は乾いて、心拍数もあがっている。
そして、繰り返しコースターが落下する中で『なにか』が僕の右手を上から包んでいることに気がついた。その『なにか』からは機械的な硬さや冷たさは感じられず、この風で飛んでいってしまいそうな軽さと、その中にあるほんの少しの温かさだけを感じとることができた。
そのあと、しばらく激しい動きを繰り返してからジェットコースターは減速していき、やがて乗り場に戻った。
第12話読んでいただきありがとうございます!
今回から遊園地のお話が数話続きます。この遊園地のお話は、私が高校生の時に『近くの彼女は遠い人』という作品を思いついた時、初めて考えたイベントのひとつです。
なので、今後もこのお話は軸になる部分です。
長い物語の中で、このお話を第1チェックポイントと考えて読んで頂くのが分かりやすいかなと思います!
次もよろしくお願いします!




