日直
今回のお話は何気ない日常の一部を切り取ったお話です。
もしかしたら似たようなことを経験したことがある人もいるかもしれないです。自分はそんな高校生活は送っていなかったので自分で書いておきながら、この物語の登場人物が少し羨ましい気持ちもあります。
今回も過去の自分を見返すように温かい目で読んでくださると嬉しいです!
「優斗ー次体育だぞー」
「うん!先行ってて!」
お昼休みがまもなく終わろうとしている木曜日の教室で、僕は慎介に声をかけられた。
僕は今日、日直当番の日なので黒板を先に消さなければいけない。そのため慎介には先に更衣室に行ってもらうことにした。
すると、一人教室に残っていた飯田さんが僕の方に歩いてきた。
「私も手伝うよ」
「え、でもさっき飯田さん消してくれてたよね?」
「ほら次体育じゃん?時間ないし大丈夫だよ」
「いいの?ありがとう」
「その代わり帰りの日誌手伝ってね」
「もちろん」
基本的に日直は二人ずつで毎日入れ替わっていく。ペアは隣の席の人となるため、僕のペアは飯田さんということになる。日直の仕事は授業の合間の黒板消しと一日の最後に書く、日直日誌の二つのみ。黒板消しは休み時間ごとに交互にやることにして、日直日誌は飯田さんが引き受けてくれた。その日直日誌を手伝ってほしいと言われたのだが、それほど面倒でもない上に親切をしてもらったので当然やるべきだろうと思う。
「体育男子も女子も体育館なんだってさ」
飯田さんが黒板を消しながら話しかけてきた。
「外、雨降ってきちゃったもんね」
「私あんまり運動できないからあんまり見ないでね」
「そう言われると見たくなるよ」
「いじわるだなあ」
黒板を消しながらだったので顔を見てはいなかったが、飯田さんの声色から少し困りながら笑う顔が想像できた。
「よしっ。じゃあ私達も着替えに行こうか」
「ほんとに助かったよありがとう」
「どういたしましてー」
僕たちは自分の机から着替えを持ってそれぞれ更衣室に向かった。
更衣室に到着して扉を開けた時には、もう既にほとんどのクラスメイトが着替えを終えていた。扉から一番近くのロッカーにいた慎介がこちらに気づいたようで振り向いた。
「遅いよ優斗ー。もう授業始まるぞー」
「悪い悪い。急いで着替える」
「小林いいなあ、、、飯田さんと一緒に日直なんて」
僕と慎介の会話を聞いていた武藤が会話に入ってきた。
「ただの日直だよ」
「その日直こそが俺の中ではビックイベントなんだよお!」
「そ、そうなのか」
相変わらず武藤は飯田さんへの愛が強い。しかし、出会ってまもない人のことをここまで一途に好きになれるところは尊敬に値すると思う。
今日の体育は男子がバスケットボール、女子がバレーボールを行う予定で、コートを半分ずつ利用することになっている。体育館はそれなりの広さがあり、クラスの人数が特別多いわけでもないので、男女兼用で体育館を使用しても窮屈に感じることはない。
準備運動や基礎的なパス練習などを行ったあとは、すぐに五対五のミニゲームが始まった。チームは予め先生が決めており、身長差や、所属部活なども考えてバランス良く作られていた。
僕はさっそく最初に試合をすることになった。入学してから何度か体育の授業はあったので、なんとなく全員の運動神経は把握しているが、バスケットボールの実力などはさっぱりわからないので少し緊張していた。
クラスで一番背の高い同じチームの生徒があっさりとジャンプボールに勝利し、同じチームの武藤の方にボールを落とした。武藤と僕を中心にパスを回していき相手の隙を窺っていると、ゴールの近くにフリーの生徒が見えた。僕はすぐにその生徒にシンプルなチェストパスでボールを渡した。その生徒は軽やかに体を反転させ、シュートを放った。手を離れたボールは綺麗な放物線を描き、ゴールに吸い込まれた。この授業初めてのゴールという事もあり、体育館は盛り上がっていた。自分の陣地に戻る途中、ゴールを決めた生徒に「優斗、ナイスパス!」と声をかけられ、少し嬉しくなった。
その後もチャンスを確実に仕留め続け、僕自身もゴール数でかなり貢献することができた。同じチームに運動神経の良い子が多かった事もあり、チームは十点差以上の差をつけて勝利した。
次の試合は僕は休憩だったので、一息つきながら大きな体育館を見回していた。ネットを挟んで反対側のコートでバレーボールをしている女子の試合が目に入った。
一般的な女子の体育のバレーボールにしてはかなり形になっていて、しっかりとラリーが続いている。その中心には莉子がいて、運動神経の良さが垣間見えている。味方をカバーしたり、自分で味方が返しやすいトスをあげたりしている。一方で反対側のコートにいる対戦チームもバレーボール部を中心にかなり形になっている。
そして、ふと教室での会話を思い出し、飯田さんを探してみた。
するとそのタイミングで…
「みんな上手だよね」
「うわ!びっくりした。いつからいたの」
「えーずっとここにいたよー」
「全然気づかなかった」
女子の試合を見ていた僕は、隣にいた飯田さんにネット越しに話しかけられた。全く気づかなかった。
「飯田さんは試合入らないの?」
「私はあんな風にできないからね。見てる方が楽しい」
「運動苦手なの?」
「なんにもできないよー。小林くんは大活躍だったね」
「え、見てたの?」
「しっかり最初から最後まで!たくさんゴール決めてたね。パスもたくさん回してたし」
「たまたまだよ」
「たまたまじゃあんなに上手にできないよー。かっこよかったなあ」
「ありがとう」
莉子もそうだが、最近の女子はこういう言葉がサラッと出てくるのか?こんな世界では僕の心がもたない。
そんなことを考えながら、僕はふと飯田さんの見た目に変化があることに気がついた。
「髪の毛切った?」
「すごいタイミングだね。髪型変えただけだよー」
「今やっと気がついたよ」
「気づいただけ偉いー。武藤くん毎日話しかけてくれるのに、髪の毛のことまだなんにも言ってきてないよ」
武藤は恐らくというか確実に気づいているが、言う勇気がないだけのように感じる。それより、目が合うだけであんなに動揺していたのに、今では毎日話しかけていることに感心した。その成果なのか飯田さんがからかってくれるようになっている。成長したな武藤。
その後もしばらく会話をしていると、いつの間にか男子の試合は終わっていた。そしてほぼ同時に女子の試合も終わり、飯田さんは僕に軽く別れの挨拶をして女子の輪へ戻っていった。
体育の授業を終えて、教室に戻ろうかというタイミングで先生が体育館の鍵を返しに行くように頼んできた。少し面倒だったが、日直なので仕方ないと割り切り、体育館を出た。
体育館から本校舎への連絡通路を渡っていると、僕の前を友達と歩いていた飯田さんが後ろを振り返り、こちらに小走りでやってきた。
「どうしたの?」
「日直の仕事?それなら私も行かなくちゃ」
「別に大丈夫だから着替えておいでよ」
「ううん。早く行こ」
「わかったありがとう」
入学してからしばらく飯田さんを近くで見てきたが、彼女はこの手のことにはかなり頑固で、人への親切に関しては一切の妥協をしない芯の通った人であるとわかった。本来そうあるべきと考えながらも面倒と思いがちなことを、必ず行動に移す彼女の姿は他の模範ともいえる。だが、あまり目立たないキャラクターなだけに、しっかりと評価されないのがもったいないと感じることもある。
「ところでずっと聞きたかったんだけど」
声に反応して僕は飯田さんの方を振り向いたが、彼女は真っ直ぐに伸びる廊下から目線を外さずそのまま話し続けた。
「莉子ちゃんとどっか出かけたの?」
いつの間にか呼び方が変わっているのはともかく、これはなんと答えるのが正解なのだろうか?もしかしたら莉子は僕と出かけたことを誰かに知られたくないかもしれない。けど、もしかすると莉子からもう話は聞いた上で僕に聞いてきているのかもしれないので、ここで嘘をつくのも違う気がすると感じた。
「うん。美術展に行ってきたよ。莉子がチケットくれたんだ」
「莉子?!いつのまにそんなに仲良くなってるの二人とも!」
「どうして出かけたこと知ってるの?」
「んーーー。なんとなく」
何かを隠しているのか本当になんとなくなのか全くわからないが、後者の場合これから飯田さんには隠し事ができないような気がした。
「いいなあ。私も遊びたいなー」
「誘ったら遊んでくれそうだけどね」
「莉子ちゃんもだけど小林くんとも遊びたいよー」
「僕と?」
「私、学校で仲良い人そんなに多くないから、誘ってくれる人もいないんだよね」
「意外だよたくさん誘われてそうなのに。じゃあ今度遊ぼうか」
「やった!行きたいところたくさんあるんだよねー」
「どこでも行くよ」
「言ったね?絶対だよ」
「うん」
職員室に鍵を返した僕達はすぐに更衣室で着替えて、六時間目の授業を受けた。体育で張り切りすぎたせいか、とてつもない睡魔に襲われて、何度もうとうとしてしまった。特に後半の内容はほとんど覚えていないので帰ったら復習することにした。
全ての授業が終わり、みんなが帰ったあと日誌を書いている時に、飯田さんに眠くてコクンコクンしていたことをからかわれた。隣でクスクス笑っていたらしい。次からは、寝ていたら起こしてもらうように頼んだ。それから僕たちも先に帰った生徒を追いかけるように正門まで歩き、それぞれの帰路についた。
その際、以前莉子と遊んだ時に、連絡先を知らないことで少し不便があったのでさっき別れる前に飯田さんとは連絡先を交換しておいた。これでいざ遊ぶ時も心配はないだろう。
一人で歩く帰り道は、心地いい暖かな春の空気と、これもまた心地よすぎるくらいの穏やかな風が僕を包んだ。まだ涼しさの残る季節だが、周りを見渡せばだんだんと春の花が夏の花へ主役を譲り始めており、五感に休息を与えてくれるこの空間を僕は一歩一歩しっかりと感じながら家に向かった。
高校生の時に頭の中で考えていた物語を少しずつ少しずつ形にしていき、去年ようやく投稿を始めることができました。自分なりに丁寧に考えた物語は今回で十話を迎えます。まだまだ通過点ではありますが、これからもどんどんお話を投稿していきたいと思います!よろしくお願いします!
 




