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病院の屋上に出た僕たちを、待ち構えていた人がいた。
扉を開けた先は、映画なんかでよく見る光景。ここは患者向けにちょっとした中庭みたいに整備されていて、高いフェンスが四方を取り囲んでいる。
九凪君との最初の出会いのように、やっぱりこの人とも引き合わされるものがあるのだろうか。待ち受けていたのは九凪君の上司、手負いの左内さんだった。
よかった、左内さんも無事で。こっちに気付いて立ち上がろうとする。ベンチに立てかけられた松葉杖に、自身も包帯でグルグル巻き。九凪君が慌てて制止して駆け寄る。
「待っていたよ。お前たち、復活したら絶対に出しゃばってくるって読めていたからな」
その口調はウンザリとしていたけれど、好意的なものにも聞こえた。
「そりゃあどうも。でもさ、出しゃばるつもりなんてないですよ。僕はこれからダアトの本拠地に行きます。そして必ず、Ⅳさんも七月先輩も助け出す!」
言いながら、青空に視線を上げる。澄み渡る群青に押しやられ、沈殿したみたいに横たわる入道雲。エンジンの中で視たあの逆さまの天空都市は、今は影も形もない――いや、あれはこの現実界ではなくイ界側にだけ存在するんだって、エンジンが教えてくれていた。
ダアトの結界を越えてイ界まで辿り着ければ、きっとあそこに天空都市がある。イデアールバーストの影響でイ界と現実界の境界が曖昧になり始めてる今なら、空想魔術で必ず乗り越えられるはずだ。
「――私たちのような大人は、お前たちクソガキを守るのが仕事だ」
「でもセンセ、俺たちは……」
悔しげに視線を落とす九凪君に、しかし左内さんは言葉を続ける。
「まあ待て馬鹿者。このまま宇佐美の好きにさせれば、彼も命を落とすやもしれん」
僕が、死ぬ。それは、ダアトというリアルがこれまでに見せつけてきたものを顧みれば、あり得る未来の結末だった。
「……その未来、お前は受け入れられるか、宇佐美」
左内さんの眼光が一直線に僕を射止める。
似たことを前にも九凪君から問われたことがあった。悩まされ、僕は行く先を見失いかけた。その先には、七月絵穹がいつものように忽然と立っていた。
答えなんて、とうの昔に選んでいたはずだ。
「僕はそんな未来、受け入れません。絶対に受け入れてやるもんか」
呪縛を振りほどくように、拳を強く握りしめる。真っ向から左内希梨佳の視線を受け止めてやる。
「未来なら、僕がこの手で切り開きます。〝呪い〟なんてものが邪魔するなら、僕が〝奇跡〟に変えてみせる。僕は死なない。Ⅳさんも、ちいさなⅤも、七月絵穹も、他のみんなも、誰も失わせない。だからそこをどいてください、左内さん」
僕は決意を言葉に変えて、言葉を強く、楔のように心へと記述する。そしてまだ届かぬあの空を仰ぎ、厨二力を強く、強く高めた。
その剣幕に、左内さんの眼が大きく見開かれる。そして彼女を支える九凪君が吼える。
「よし、行け宇佐美、ダアトのところへ! あいつらを助け出すんだ! そして俺らの分まで思う存分暴れ回ってこいっ!!」
「ああ、わかってる。覚悟しろよダアトども。〝俺〟がガキのころからネットで培った、本物の情強の『本気』を見せてやる。そのへんのにわかごときには一生到達不可能な、『人類史上最大最凶の中二病』をこの俺が全世界に見せつけてやる!」
心配してくれたのにごめんね、Ⅴ。でもお願い、君の力をもう一度だけ僕に貸して。
「我は――――」
これはいつかの〝俺〟にとっての呪詛――中学時代の負の思い出がはらんだ、一種の〝呪い〟でもある。
「――我は裁き、斃し、屠る者」
それでも〝彼女〟の想いに応えるため思い描き続けた、あのころの空想。それらを次第に紐解いていくと、それが確かに自分を形づくってきたすべてだと思い出す。
ようやくわかったよ、先輩。
こんなにも呪われた世界でも、僕たちの胸の中には燦然と輝く未来がある。
――それこそが〝奇跡〟、僕達の降り立つ未来なんだって。




