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「――――おい、無事か」


 知らない人に助け起こされてから、自分が床に倒れ込んでいたことに気付いた。

 ヤバい、十秒くらい記憶が飛んでる。

 車内には低いどよめき、呻き声。みな低く腰を落とした乗客たち。電車が動いていない。

 急ブレーキをかけたんだ。電車の床は何だか砂っぽくて、口を拭ってか腰を上げる。

 遅れてスピーカーが車掌からのアナウンスを吐く。特異点が結構近くにも出現したとかなんとか。安全が確認できるまでこの場で缶詰め状態になりそうな予感がした。


「あの、さっきはありがとうございまし……」


 恩人さんにお礼しようとしたら、その人、なんとドアの隙間に指つっこんで、左右にこじ開け始めたんだ。すげえな、あなたそこまでして遅刻したくないのか。

 見た感じ、よその学校の生徒っぽい。黒系ブレザーの、切れ長の瞳でちょっとカッコよさげな背の高い男子だった。でもなんでこの人、七月に入っても冬服着てるんだろう。

 見ちゃダメですみたいな空気になって、視線を泳がせてしまう。車内はそれどころじゃないから、みんな注目する余裕なんてない。

 何人か、窓を開け始める人たち。送電中断の関係で冷房が止まってるんだ。むっとし始めた車内の熱気を、ねっとりした夏風が押しやっていく。

 壁際を見ると、いつの間にか自動ドアの手動解除レバーが作動してた。彼が開けたんだ。


「そだ。おまえさ、あとでこれ閉めといてくれないか」


「……………………はい?」


 こっちが凝視してたのに気付かれたのか、返ってきたのはそんな奇妙な注文。うわあ、典型的な声色もやる気も思いやりも低い系男子じゃん。

 とにかく否応なし。このひと僕の目の前で、半分くらい開いたドアの隙間から飛び降りてしまったのだから。

 仰天して彼を追う。電車の先ではもう、停車駅のホームが陽炎に揺らいでいた。

 彼はというと、隣の線路を早歩きでホーム側に向かっている。どさくさの無賃乗車ってわけでもなさそう。

 と、思いもよらぬ光景を目撃してしまった。彼が両手を上着のポケットに突っ込んだ。すぐにポケットから抜いた両手が握りしめていたのは、二つの黒い塊。

 心臓が跳ね上がる感覚を味わった。あんなの、拳銃にしか見えないじゃん。

 どうしてだろう、僕は別の何かに突き動かされる。

 そして振り返ることなく、ドアの向こう側へと一歩踏み出していた。

 着地した線路の砂利につまずきそうになってから我に返る。何だろう。あれは犯罪のにおいというより、物語を感じたんだ。

 思えば呪いめいた何かが、昨日のうちに僕の胸深くに穿たれていたのかもしれない。


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